第50話 (一杯引っ掛けながら)推理開陳
「やあ、よく来てくれた」
「広い部屋を取ったねえ……」
「そうか? 私が城にいた頃はもっと広い部屋で……」
「王女殿下の話は流しておいてくれ」
宿と王族の居室を一緒にしてはいけない。
ということで、宿で借りたテーブルを用い、そこに紙を広げる。
炭を使って簡単に絵を書いていくのだ。
「まずガットルテ王国の形がこう」
さらさらっと、記憶しているこの国の地図を再現していく。
ガットルテは、一部が海に面した形。
北を上にすれば、二等辺三角形に近い形をしている。
その上にあるまんまるな形の国がマールイ王国だ。
ガットルテとの間には、二つの余ったスペースが存在しており、両国ともこのスペースの所有権を主張して争っている。
「重要になるポイントにチェックを入れていくよ。これは俺の使う化粧用の紅」
「化粧なんかするのか」
イングリドが目を丸くする。
君がそれを言うのか。
「そのうち、正式に道化師をするかも知れないだろう。道化師たるもの、いつでもらしい装いを纏えるように用意してあるのさ」
紅を棒の筆の先につけて、ちょん、ちょんと地図の上に乗せていく。
「へえー、ぐるぐる巻きみたい三角な国の中を回ってくねえ。ちょいちょいはみだしてないかい?」
「鋭いね、ギスカ。この赤い点は、意味不明な依頼がされた場所だよ。中立地帯というか、緩衝地帯であるこの余りスペースからスタートしている。ということで、俺が思うに、あの腐敗神の司祭はこのスペースにいる……いたのだろうな」
「なるほどねえ……。赤い点がぐるぐると渦を巻いていくねえ。そしてその中心にあるのは……おや、王都じゃないかい」
「そりゃあそうさ。今回の腐敗神側は、まつろわぬ民の恨みに寄り添う形で作戦を立てている。見てくれ。これがジョノーキン村。そしてここが穀倉地帯の村。この二箇所を俺とイングリドに潰された」
「ふーむ……!!」
イングリドが鼻息を荒くした。
「どういうことだろう」
「分からないかあ」
ちょっとガクッと来た。
そこに、宿に頼んでいたルームサービスがやって来る。
俺たちが根城にする宿は、頼んでおけば酒や料理を部屋に届けてくれるのだ。
もちろん、運ぶために手間賃が掛かる。
人数分の酒を揃えて、ひとまずちびちびと飲みながら話を続ける。
「ジョノーキン村も、穀倉地帯の村も、この赤い点に含まれているということさ。だが、ここで彼らは目的を果たせなかった。この二箇所できっちりと仕事ができていれば、ジョノーキン村と穀倉地帯からまっすぐに線を引くと……王都に通じる。この形が二等辺三角形になってだな」
「あっ、ガットルテ王国と同じ形をしているじゃないか!」
エールを半分ほど一息に干したあと、イングリドは頭が冴えてきたらしい。
俺が言わんとすることを察してみせた。
「その通り! これはつまり、形を合わせることで国そのものに呪いをかける儀式だね」
「ああ、よくあるねえ、そういうの。鉱石魔法にもあるよ。よりスケールの小さい似た形のものを使うことで、大きなものに影響を及ぼす儀式魔法。こういうのはね、鉱山を広げるときに使ったりする大規模なものなんだけど……まさか、国そのものに対して使うなんてねえ……。とんでもないスケールだよ」
「全くだ。俺たちの前に現れたあの司祭があまりに無防備だったので、もっと小さな話なのかと思っていたが。まさか、国一つを揺るがすような陰謀だったとはな。ちなみにこの儀式は、俺とイングリドによって潰された」
「ああ、私たちがやったぞ!」
自慢気に、イングリドが胸をそらす。
そのまま、残るエールを飲み干した。
エールは壺に入ってお代わり分も来ているので、王女様は手酌でジョッキを満たし始めた。
なんという王女の姿だろうか。
これにはギスカも苦笑いする。
「あんたらが凄いってのはよく分かってるよ。しかしまあ、よくぞこんな、ピンポイントで重要な儀式を潰したねえ」
「そこは、イングリドの幸運スキルのお陰だね。その後、王都に潜んでいた侍従長を倒したことで、儀式の再開は不可能になった。ここで、別の方法をあの司祭は考えたのだろうね。それが、この渦巻きの儀式」
「ふんふん。不可解な依頼って言ったよね? あれの一つ一つは、臭いのする袋を道端に埋めるとか、村にずっと安置されていた変わった石を別の村に持っていくとか、そういうものだろう? ああ、分かってきたよ」
カップにいっぱいの蒸留酒を舐めながら、ギスカが目を光らせる。
「もしかして、渦巻きの始まりから終わりに向けて、少しずつ依頼のでかさが上がっていってないかい?」
「ご明察!」
俺は拍手をしてみせた。
ギスカは照れくさげに、「よしな!」と言ってそっぽを向いて酒を飲む。
「始まりは、ごく些細な依頼だった。草を結び、足を引っ掛ける原始的な罠があるだろう? ああいうものを円形に、決められた数を作ってくれというものだった。そこから、臭い袋を埋める、石を別の村に運ぶ、家畜を一頭買い付けて道端で殺す、規定本数の木を切り倒す、複数パーティで森近辺の土を掘り返す……」
徐々に規模が大きくなっていく依頼。
そのどれもが不可解で、しかし報酬はきっちりと払われるし、危険もない。
冒険者たちはこぞって、この不思議な依頼を受け続けた。
ギルドもギルドで、精査をしてないのかとも思ったが、ギルドの構成員が安全なまま、それなりに仲介料がもらえる依頼がどんどん来るとなると、受け入れてしまうだろうなと思える。
「冒険者ギルドも商売だからね」
俺の話を聞いて、ちょっと酔ってきたイングリドが半眼になって、ジョッキをテーブルに叩きつけた。
「けしからん! 悪事に加担するなんて、ギルドは何をしてるんだっ」
「これはまあ仕方ない。儀式をここまで細かく細かく解いて、たくさんの冒険者にやらせるなんて思ってもいなかった! あちらは本当に、今回の悪行を楽しんでやってることが伝わってくるよ」
あの司祭の性格は最悪だ。
これは間違いない。
「ということで、俺たちは一休みをした後、選択をすることになる」
「選択ぅ?」
「選択ってなんだい」
イングリドとギスカの声が重なった。
「俺たちもこの依頼を受け、あえて失敗させて儀式を邪魔するか。それとも、完遂させてから、発生する大本を王都で迎え撃つか」
選択肢は二つ。
さて、ラッキークラウンが選ぶのはどちらになるか。
俺はちょっと楽しくなって来ているのだった。
「ブックマーク」や「評価」をしていただけると嬉しいです
少しでも面白い、続きが早く読みたい、と思いましたら、
広告↓にある☆☆☆☆☆を★★★★★をつける評価があります
ブクマ、評価は作者の励みになります。
ぜひともお願いします。




