寝る前の紅茶は君の為に
王族は、寝る前にもお茶を飲むらしい。
私はユーリの淹れてくれた紅茶を飲みながら、こんな生活をする貴族って本当に大変だなって思っていた。だって、もう寝るだけなのに。お茶飲む必要ある?
「あるね。僕が用意した紅茶を君に飲んで欲しいんだよ」
「だからって、嫁入り前の女の部屋に、お茶持って入ってこないでよ」
「安心して。ちゃんと、嫁に貰う予定だから」
私はあえて音をたてて紅茶を啜った。
嫁になんか行くつもりありませんけど。
「僕はさ、君を守りたいだけなんだよ。君はたぶん一生気づかないと思うけれど、その方が都合がいいから気づかせないつもりだけど、ただ僕に愛されていればいいと思うよ」
「ひえ、それ今王都で流行ってるの?こわい」
「クラリス」
「なによ」
「これは真面目な話だ。明日は、この家から出ないで。お願いだ」
「明日、何があるの?」
私は妙に言葉通り、妙に真面目な口調で彼が言うものだから不安になった。
「僕もこの家から出ない。動くのは、影だ」
「え、どういうこと?わからないよ」
「嫌か?」
「だって、明日は湖に行くの。あそこでしか取れない材料があるから」
「そう。じゃあ、行けないようにしてあげよう」
意地悪く、ユーリは笑うと、急に私の腕を引っ張った。
うっかりカップを落としてしまい、シーツを紅茶で汚してしまった。
あああ、洗濯しないと…。落ち込みかけた、その時。
私はユーリに抱きしめられていた。
「………あの」
「うん?」
「何か?」
「………もしかして、足りない?」
「え?」
「首、ちょっと傾けて。こっちに」
トントン、と肩を叩かれて、私は言われるままそちらの方に首を傾けた。
何がしたいんだろう。家出して、ちょっとホームシックにでもなったのだろうか。そういうタイプには見えないんだけど。
「可愛いね、クラリス」
ユーリは私の首筋に、顔を埋めてきた。途端、ぴりっと僅かな痛みが走る。
「い、たい」
「ごめんごめん。ほら、もう終わったよ」
「何だったのよ今のは。もう、紅茶が零れちゃったじゃない!馬鹿!!」
「あはは。明日、ちゃんと洗濯手伝ってあげるから」
「当たり前よ!!はぁ、もう寝るわ。おやすみ」
「クラリス」
「はいはい」
「愛してるよ」
「はいはい、おやすみ」
ユーリは笑いながら部屋から出ていった。
私は彼の淹れた甘い紅茶の香りに包まれて眠ることになった。
明日、何があるんだろう。影って、護衛の人だよね。動くって言ってたけど、いったい何をするんだろう。
「ま、いっか。考えたって、わからないし」
私はすぐ眠りに落ちた。こういう時、賢くなくて良かったなって思う。
ちょっと能天気くらいの方が、案外生きやすいものよ。