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緑の乙女はなびかない  作者: たかむらかおる
3/4

彼のいる生活

 時の流れは早いものだ。そして、慣れというのはおそろしいものだ。

 ユーリはどうやら二階の父の部屋で寝泊まりしているようだった。

 というのも、彼は物凄く早起きで、私よりも後に寝るせいで休んでいるところを見たことがないからだ。

 いつも私が目覚めるとすでに一階のリビングにいて、優雅に紅茶を飲み読書なんかしている。

 そして私にも紅茶を淹れてくれる。こんな生活が当たり前になると、困るのだけれど。

「おはよう、クラリス。今日も素敵な寝癖だね」

「はいはい」

 軽口にもだいぶ慣れた。貴族様は毎日、心にもないお世辞を言い合うものなのだろう。きっとそうだ。 そう思うと、何だか気楽に受け流すことが出来た。

「今日の朝食は何かな」

「卵でも焼こうかな」

「それから?」

「パン」

「うん」

「以上だよ」

 ユーリはパチン、と指を鳴らした。すると、彼の背後からまたあの黒いフードの護衛の人が現れて、テーブルの上に籠を置いた。

「だと思って、フルーツを用意しておいたよ。君ね、一応女の子なんだからもっと栄養のある食事をとらないと」

「またこの人に買いにいかせたの?言ってくれれば私が買いに行くんだから、可哀想でしょう、あんたの我儘に付き合わせて」

「そう?」

「そうよ。すみませんね、いつも。あ、食事はいつものように隣の部屋に置いておくので適当にどうぞ」

 護衛の人は何と言うか、現状ユーリの小間使いのようなことをしている。主に、買い出しだが。

 突然現れるから初めはびっくりしたが、今は別の部屋に食事を用意すれば食べてくれるし、すぐにいなくなっちゃうし顔も見えないけど拒否はされてないような気がする。

「さあ、じゃあ用意をしてくれ」

「そう言われると面倒臭いんだよね、フルーツくらい剥いてよ」

「剣は得意だけど、ナイフはどうかな。やってみてもいいよ」

「えぇ、でもうっかり怪我でもさせたら怒られちゃうかな。一応こんなのでも王子だからね」

 卵を焼いてる間、買ってきてくれた林檎を剥く。籠には他にもブドウやオレンジがあったが、林檎が一番好きだからまずは林檎を剥くことにした。

「いい匂いね」

「普段から食べればいいのに」

「ここから店までは遠いのよ。野菜や小麦はここで作っているから、買いにいかなくてもいいし、卵だって森で採れるの。果物はぜいたく品よ」

「君が望むなら、食べきれないほど用意してあげる。僕と結婚しない?」

「嫌よ!しません!こういうのはね、時々だからいいの」

 つくづく、貧乏性だ。だけど、その生活をこれからも私は続けていきたいと思っている。王都や王族なんかと関わらなくても、私は十分幸せなのだ。

「さ、焼けたよ。どうぞ」

 切り分けたパンと一緒にユーリに渡す。林檎は切り分けて皿に乗せ、テーブルに置いた。

「いただきます」

「いただきます」

 ユーリは王族だが、本人の食事にはあまりこだわりがないようだった。マナーだってない方がらくだと、今だって手づかみで林檎を食べている。

「クラリス、今日の予定を教えて」

「いつも通りよ。午前中は洗濯をして掃除をして、終わったら畑仕事。午後は工房にこもって商品を作る」

「なるほど、わかった」

 ユーリはどうせ、読書だ。

 食事が終わったら私は洗濯物を抱えて川へ向かった。ここでは、洗濯用の川というのがあって(食材を冷やしたり洗ったりする川もある)そこで皆洗濯物を洗う。

 洗剤はないが、洗剤に近い成分を持つ木が森にあるので、その木を板のように加工した物に服を擦りつけて洗うのだ。

 これが中々重労働でいつも腰が痛くなる。

 二人分の洗濯物を抱えて川に向かうと、隣の家のスーおばさんがいた。

「スーおばさん、おはよう!今日も早いのね」

「おや、クラリスかい。今日は何だかよく晴れそうだったからね、早く干してしまおうかと思ってね」

「ふふ、そうね。でも午後から風が強く吹くみたいだから乾いたら早めに取り込んだ方がいいかも」

「そうかい、ありがとうねえ。……おや、クラリス。今日は洗う物が少し多いようだね。手伝おうかい?」

「えっ、そ、うかな?大丈夫大丈夫。これくらい!平気!」

 私は慌てて洗濯物を自分の後ろに隠した。

「何か大変なことがあったら言うんだよ。皆クラリスの味方だからね」

 おばさんはニコリと笑う。何かバレているような、バレていないような、そわそわした気分がするのは洗濯物の中に死んだ父の服があるせいだ。

 だって、ユーリってば着替えを持ってきてなかったんだもの。護衛の人に買ってきてもらってもよかったけど、田舎のこの町では若い男はとても目立つ。

 唯でさえ、外に行く時はあの金髪や碧眼を隠すために帽子やらフードやらかぶってもらっているのだ。その上、新品の綺麗な服なんて着ていたら、どこの貴族が忍んでるんだってすぐバレてしまう。若い女が一人で暮らす家に忍ぶ貴族らしい男って、なんか危ない匂いしかしない。そりゃ、おばさんも心配するよね。

「そうね、ありがとう。それよりおばさん、育ててる菜っ葉がそろそろ収穫出来そうなの。後で少し持って行くから食べて」

 私は早口でそう言うと、洗濯物を必死で板に擦りつけた。



 スーおばさんよりも先に洗濯を終えた私は家に戻り、洗濯物を干して家の中の掃除をした。

 ユーリはいなかった。森かな?時々、姿が見えなくなることがあるが、そういう時は大抵、森の中を散策しているらしい。

 私は掃除が終わると畑仕事に向かう。

 おばさんにあげる用の菜っ葉を収穫し別によけて置き、根菜は数日食べる分だけ収穫した。後は雑草を抜き、水をあげる。さっと済ませて家の中に戻る。

 

 今度は、昼食の準備だ。

 収穫した根菜を鍋に入れ、丸ごと茹でる。今まで一人分だったのに、三人分となるとやはり量は多い。 ゆで上がったそれはそのままだと味がないので、塩と砂糖を添えた。

「ただいま」

 と、ちょうど出来上がったところでユーリが帰ってきた。

「お帰り。また森?」

「そう。今日は湖まで行ったよ。まるでユニコーンでも現われそうな美しい湖畔だった」

「そうね。でも、知ってた?あの湖は、魚が一匹もいないの」

「あぁ、確かに。魚影は見えなかったな」

「昔、森の精霊と湖の精霊が喧嘩をしたの。それで、湖の精霊は怒ってどこかへ消えてしまった。湖の精霊が消えると、湖の恩恵も消える。だから、魚も消えてしまったのよ」

「なるほど、だからクラリスの作る食事は野菜ばかりなのか」

「だって、魚なんて私食べたことないもの。さ、出来上がったよ。お昼にしよう」

 ユーリは私が茹でた根菜をテーブルに並べるのを見て、もう一度「なるほど」と言った。




 食事の後、ユーリが淹れてくれた紅茶を飲みながらゆったりしていると、「クラリスの仕事が見たい」とユーリが言い出した。

 今まであまり興味なさそうだったのに、どうして?と思ったが、私はさっそく彼を連れて工房にやってきた。やってきたと言っても、家の地下が工房になっている。

 私は彼に適当に座るよう指示して、さっそく作業を始めた。

「今日は組み立てと、最後の仕上げをします」

 私はそう宣言し、籠に入れておいた木片を一掴み握ると、テーブルの上に置いた。

 そして、木片をじっと見つめる。

「……それは、何をしているのかな」

 私は彼の問いを無視して、続ける。小さな小さな木片たち。耳を澄ませて、目を凝らして、彼らの声を、姿を見る。

「ネックレスがいいかも!」

 私はそう叫ぶと、木の皮で作った細い紐に木片を通していく。色の薄い物から濃いものへ、グラデーションが出来上がる。やすりをかけて艶々の木片同士が、揺れてコロコロと可愛い音を立てる。

「ふふふ、きっとこれは年配の女性に似合うわ。何となく品があるもの。商家の大奥様が身に付けると、いい感じよ」

 というか、私が作る物は色鮮やかではないし、ちょっと渋いから、だいたい若い人よりも年上の人に似合う。

「最後にお祈りをして、っと」

 私は両手を組み、ネックレスに祈る。これは私のオリジナルだ。出来上がった品に、どうか素敵な人の元へたどり着けるよう、大切にしてもらえるよう祈りを捧げる。

 すると、不思議とネックレスがキラキラ輝くように見えるのだ。これは気のせいなのだが、何となくこの光景が好きで毎回行っている。

 ただ、最後の仕上げをするとどうにも疲れて、だからいつも工房でも仕事は午後にすることにしている。午前中にすると、その日一日疲れて何も手につかないのだ。

「出来上がりっと。あれ、どうしたの?」

「クラリス、君は………」

「なに?」

 ユーリは片手で口元を押さえ、何か考え込んでいる。

「いや、貴重なものを見せてもらった。ありがとう」

「いえいえ~。後は店に売りにいくだけよ」

「クラリス。これは真面目な提案なんだが」

「ん?なに?」

「僕と本気で結婚しないか。この方法でしか、僕は君を守ることが出来ない」

「嫌よ。守られなくても大丈夫よ、私は平民だし」

「平民か貴族かなんて書類上いくらでも、どうとでも出来る。君が、了承さえしてくれるなら、すぐにでも」

「えぇ、いらない」

「ここが好きか?王都に行きたくなければ、僕がここに住もう。それでもいい」

「は?そんなの聞いたことないわよ。王様は王都のお城に住むものよ」

「………僕のことを嫌いではないんだな」

「どうかな。あぁ、時々フルーツが食べられるのは、嬉しいよ」

「まさか、影の方が好みか?最悪、それでもいいが」

 ユーリはぶつぶつ呟いて、何やら悩んでいる。

 王族って大変。こんな辺鄙な田舎の町に住んでる女にも、お世辞を言わなくちゃいけないんだもの。

 王都の年頃の女の子もきっと、毎日毎日結婚しようって言われているんだ。

 すごいわ、王都。

 実際、結婚したい相手が現れたら、いったいどうやって口説くのかしら。

「ふう、疲れたな。夕飯、何にしようかな。何が食べたいですか、護衛の人」

 私は誰もいない背後に向かいそう聞いた。ユーリは自分の世界に入っていて、あれはもうしばらく駄目だ。

 何だか空気がふわふわ揺れたような気がして、私は「了解です」と元気よく答えた。


 夕飯は久しぶりに、小麦を使ったパスタを作った。パスタは麺を生成しないといけないので手間も時間もかかる。ひとり暮らしの時は、面倒で中々作る気になれなかった。

 けれど、今は3人なので、たまにはいいでしょう。

 ユーリは私が今まで作った食事の中で一番美味しいと絶賛してくれた。そりゃ、そうだ。今までのは、茹でたり焼いたりお手軽簡単料理ばかりだったから。

「明日もまた食べたい。作ってくれ」

 口いっぱいに頬張りながらそう言われると、何だか悪い気はしなかった。



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