第八話 俺がもっと強くならなきゃいけない
お越し頂きありがとうございますっ!
ブクマが遂に二桁に。正直読んで頂いているだけでも嬉しいので、感謝感激です!
トワと子ども達の応急手当てをした後、優は館へと戻った。本当は子ども達を家まで送って行こうかと思ったのだが、トワにやんわりと止められた。獣人と人間の溝は優が理解しているよりも深いようだ。
また、館へ戻った後、優は改めてトワの手当てをしようとしたが、既にトワの傷は完全に消えていた。しかし、優の中に生じたしこりは消えてはいない。
「トワ、今日は済まなかった。俺が油断したせいで」
「?」
トワは一瞬小首を傾げたが、すぐにきっぱりとした口調で優に返答した。
「マスター、何の問題もありません。トワの傷はすぐに修復できます。トワが多少損傷したところで、マスターやマスターが気にかける方々が無事ならそれで問題はありません」
トワの言葉は優の中の何かに引っかかる。気づけば、優は大きな声を出していた
「それは駄目だ!」
「マスターはトワの損傷を気にされるということですか?」
トワは紫の瞳で不思議そうに優を見つける。その眼差しに優は少し落ち着きを取り戻した。
「勿論だ。だけど、それだけじゃない」
そう言うと優は自分の考えを整理するために言葉を切った。優自身、自分が何に反応したのかを理解しきっているわけではないのだ。
「その、“俺が大丈夫なら自分の損傷は気にしない”って言うのは止めてくれ」
「……? トワは魔道人形です。損傷しても修復しますし、最悪大破しても代わりは用意できます」
「いや、違う。トワは俺の目の前にしかいない。代わりなんていないんだ」
自分でもつたない説明だと感じたが、優はどうにも自分の気持ちを上手く言葉に出来なかった。しかし、優についての情報を膨大に持つトワは彼以上にその思いを理解した。
「つまり、マスターはトワを道具ではなく、仲間として扱いたいということでしょうか? だから傷を負えば、それが些細なものでも気にすると」
「……! そうだ。そうなんだ、トワ」
「了解しました、マスター。トワは自衛を忘れず役割を果たすことが求められているのですね」
「そうだ。だけど、だとすると問題が一つある」
優は決意と共に自らの考えを口にした。
「俺がもっと強くならなきゃいけない」
「マスターは弱くないと思いますが……」
トワの言葉に優は首を振った。
「トワは良くやってくれてる。だけど、俺を守りながらじゃ手が回らないことも出てくるだろう。そして、そんな時、トワは自分よりも俺を優先するんだろ?」
「それは当然です、マスター」
「だけど、それでトワがケガをしたりするのは嫌だ。だから、強くなりたいんだ」
優はよく言えば平和主義者で、悪く言えばヘタレ。そんな優が自ら強くなりたいなどと思ったのは初めてのことだ。
「分かりました、マスター。トワには武術師範としての機能もあります。マスターが望まれるなら、武術をお教えしましょう」
「ありがとう、トワ」
優の言葉にトワは誰でも引き込まれそうな笑顔を見せる。そんなものを見せられれば、テンションが上がらない男はいない。
「じゃあ、まず何をしたらいいかな。素振り? 腕立て伏せ?」
優は今にも動き出しそうなくらいの勢いだ。トワはそんな優の腕を取って優と向き合うと、鼻先が触れ合いそうな位置まで顔を近づけ、そっとささやいた
「では、マスター。まずは、トワと一緒にお風呂に入りましょう」
「!?」
※※
(見るな見るな見るな~)
優は自制心を振りしぼり、自分の背中を流しているトワを振り返らないように前を向いた。
(トワのことを意識するから気になるんだ。そうだ! 浴室のタイルの数を数えよう)
が、視界に入らなくても背中に触れるトワの柔らかな手の感触を感じれば否が応でも意識はそちらに持って行かれてしまう。
(駄目だ、優。今、トワは俺の訓練プランを練っているんだ。変なことを考えたりしたら軽蔑されかねない!)
実はそうでもない──トワは最低でも数日に一回は同期をして優についての情報をアップデートしたいと思っている──のだが、まあ確かにエロいことを考えたり、やったりしていたら先には進まないだろう。
(トワが言ってただろ! これは検査。そう、検査なんだ!)
今、トワは触診により、優の筋肉量や筋肉の付き方を見ているのだ。
「マスター、次はトワの方を向いて下さい」
(今のトワと向き合う、だと!?)
流石にトワは裸ではない。しかし、バスタオルを巻いただけなので、豊かな胸元やスラッとした太股は丸見えだ。優はトワの方を向くなり、目をつぶった。
「何故目をつぶっているのですが、マスター?」
「理由は色々だ。出来たら早めに頼む」
「了解しました」
優には無限に思えた時間は実際は五~六分程度だ。トワは優を解放すると湯船に入るように促した。
「湯加減はいかがですが?」
「丁度いいよ」
「よかったです。では、少し失礼します」
そう言うと、トワはバスタオルに手をかける。何をするつもりなのかを悟った優は慌てて湯船の縁に足をかけた。
「待て、トワ! 俺は今出るから!」
そんなこんなでお風呂を済ませた次の日の朝から優の修業は始まった。トワの用意したメニューを朝から昼までこなした後は、通気孔を開けたりといった鉱物資源を掘り出すための作業だ。
大して鍛えていなかった優にとってはかなりハードな日課だったが、それよりも大変だったのが日課を終えた後の入浴だ。トワは修業の効果と優の肉体の疲労度を知る必要があると言い、毎日優と入浴すると宣言したのだ。
優としては拒む理由もないが、そんな状況で年頃の男子が自制心を保ち続けられるはずもない。全敗とは言わないものの、欲望に打ち勝った日がそれほど多いわけでもなかった。
「マスター、今日は実戦で試してみましょう」
トワがそう言い出したのは七日目の朝だ。それは優の動きが何となく形になってきた頃だった。常識的に考えてあまりにも習得が早すぎるように思えるが、これはトワが優の習得具合を適格に把握し、それに応じた指導を行ったからだ。
「実戦……??」
朝食後、トワに言われた通りにストレッチをしていた優は最初トワの言葉がピンと来なかった。何故なら修業の中ではトワと実戦形式で組み手をすることも多かったからだ。
「鉱物資源の採掘を行っている場所の近くにサンドウルフの巣があるようです」
「!!!」
サンドウルフと聞き、優の顔色が変わる。
「安全性の確保も兼ね、今日はサンドウルフの討伐を行うことを提案します」
「サンドウルフか。奴らにはまだやり返してないからな」
優はニヤリと笑った。やられたらやり返す。それがアールディアでの優の行動方針なのだ。
※※
優がアルデバランを振る度、サンドウルフが倒れていく。動き自体はサンドウルフの方が早いのだが、優はサンドウルフの動きを誘い、それにカウンターを打つように攻撃することでスピードの差を補っていた。
「マスター、流石です」
「いや、トワのおかげだよ」
トワがまるでサンドウルフを手玉を取るような戦いを見せる優を褒めちぎる。が、優はこうした会話の最中も敵から視線を外さない。
「マスター、サンドウルフが隠れます」
目の前のサンドウルフに止めを指している優にトワの警告がとぶ。優は落ち着いた様子でアルデバランを地面に突き刺した。
「【光波網】!」
優が詠唱すると、アルデバランから地面に光の波が放たれる。それは急速に広がり、地面に潜んでいたサンドウルフに襲いかかる。サンドウルフ達はたまらず地面から飛び出した。
「そこか! 【灯火】!」
優がそう詠唱すると、元の姿に戻ったサンドウルフに向かって白い閃光が飛ぶ。サンドウルフは悲鳴を上げながら倒れ、動かなくなった。
「マスター、今ので最後です。残った巣は焼いてしまうことをおすすめします。他の魔物が利用して繁殖する可能性もあるので」
「分かった」
そう言うと優は巣に向かって近づく。だが、巣に火を放とうとしたところで自分の方をうかがっている気配があることに気がついた。
「誰だっ!」
気配がした方にアルデバランの切っ先を向けると同時に悲鳴が上がる。優はその声に心当たりがあったため、すぐに警戒を解いた。
「君達はこの間の……」
優はアルデバランをしまい、何も持っていないことを示すように手を上げた。
「脅かして済まなかった」
「いえ、こちらこそ……」
獣人の女の子の方がそう答えた。かなり緊張した声色ではあるが、はっきりと聞き取ることが出来る声だ。
「もし何か用があるなら言ってくれ」
優がそう言うと、獣人の女の子と男の子は迷ったように顔を見合わせた。が、しばらくすると意を決したように優に向き直った。
「領主様、巣を焼かないで下さい」
「え?」
予想外の答えだったが、優は彼の言葉を否定せず、理由を話してくれるように頼んだ。
獣人の男の子の名前はキースで、女の子の名前はシルク。この場所は元々二人の秘密基地だったそうだ。しかし、最近サンドウルフが住み着いてしまい、困っていたらしい。この間、優と出会った時も自分達の秘密基地からサンドウルフを追い払おうとしていたとのことだった。
「それは悪かった。しかし、魔物がまた来たら君達が危険だな」
「マスター、もし巣の保全をお望みならこちらを」
優がそう言うと、トワが木片を差しだした。
「魔物を遠ざける香りを放つ香木、魔封樹の木片です。アールディアでは村の防壁にこれを使ったり、家屋を立てるのにこれを使って魔物を寄せないようにします」
ちなみに魔封樹は普通の木材よりは高いので、一般庶民の家屋には使われない。魔封木を使って家を作るのは貴族くらいだ。
「ありがとう、トワ。じゃあこれを。でも、危なくなったらすぐに言ってくれよ」
そう言うと、優はキースとシルクに木片を手渡した。
「ちなみにトワ、これをどこから?」
「館にストックがあります。館の修繕に使うので大きな屋敷には蓄えがあるのが一般的です」
「ああ、なるほど」
トワは説明を省いたが、彼女も優と同じようにアイテムボックスを使うことが出来る。おそらく、優の生活に使いそうなものはそこにしまってあるのだろう。
「い、いいんですか……」
キースが木片をおっかなびっくり受け取りながら、そう言うと、優は笑って答えた。
「言っただろう? 必要なものがあったら言ってくれって」
そう言うと優はサンドウルフの死体を片付け始めた。そのままにしておくと、病の元になったり、他の魔物を呼び寄せたりするからだ。
「あの、領主様。それは俺達でやります」
「え?」
キースの言葉に優は驚いて手を止めた。
「領主様には命を救われたばかりか、魔封樹の木片まで頂いて……こんなことで返せるとは思いませんが」
「恩とかは気にしなくていいけど……」
優が迷ったのは子どもに任せて良い仕事かどうかだ。ここで始末をお願いした方がキース達も気持ちも楽になるのだろうが、優にはあまり子どもにさせるようなことだとは思えなかったのだ。
「マスター、彼らにまかせましょう。サンドウルフは牙など有効に使える部位があります。私達が焼いてしまうよりも合理的です」
「そうなのか。分った。じゃあ、お願いするよ。牙とかは自由に処分してくれ」
優はそう言うとトワと共に屋敷へ向かった。
読んで頂いてありがとうございました。
本日中にもう一回更新出来たら良いのですが、厳しいかな……
明日の朝八時には更新させて頂きます。