第四話 同期と動悸
お越し頂きありがとうございます!
ここまで赤字警告がなかったのですが、今回はヤバイ……ですかね?
いや、大丈夫。大丈夫ったら大丈夫!
アルカサス城を出て数時間、ようやく目的地についた優はその瞬間、自らの決断を悔いた。
「やられた」
優は領地に着くなり、そう口にした。優の領地、ウェルズ地帯は荒野ばかりでロクに産業もない土地だったのだ。
「これは武器の生産どころか、食料さえないんじゃ……」
人が住んでいそうな場所はまばらにしかない上、家屋は吹けば壊れそうな粗末なものばかり。せめて森でもあれば良いのだが、残念ながら、森と呼べるほど木が集まった場所は見当たらなかった。
「地下には鉱物資源が豊富にあります。固有武装の生産は可能です」
「その前に餓死しそうだが」
ハルシオンに乗り、上空から自らの領地を眺めながら、優はつぶやいた。こういう部分に気が回らないのは、魔道人形ならではというところか。
やがて、ハルシオンは大きな屋敷に着地した。ロウ賢者に渡された羊皮紙は一種の魔道具で、そこが歴代の領主が使っていた屋敷だと教えてくれた。
「お待ち申し上げておりました、新しい領主様」
二人を出迎えたのは落ち着いた印象の三十代くらいの男だ。だが、それ以上に優の注意を引いたものがあった。
「み、耳?」
目の前の男には猫のような耳がついていたのだ。いわゆる獣人というやつだろうか。
「マスター、彼は長跳族の獣人です。ウェルズ地帯は獣人が多く集められている場所の一つです」
銀髪の少女がそう言うと、優の脳裏にアールディアでの獣人の状況と立場についての知識が広がった。
(見下され、僻地に追いやられている……俺と同じか)
獣人達は百年くらい前までは差別されながらも高い身体能力を生かして傭兵や軍人として戦うことが出来たらしい。しかし、高速詠唱機が生まれると状況は一変。人間よりもマナが少ない獣人は国の中に居場所をなくし、居住に適さない場所へと追いやられているらしい。
「必要なものがあったらいつでも言ってくれ」
優は頭を下げる獣人にそう声をかけると、屋敷へと入った。
「意外と綺麗だな」
優は獣人の受けているひどい待遇から屋敷も粗雑に扱われているのではないかと思っていたが、彼の予想に反し、中はそれなりに綺麗に保たれていた。
「マスター、そろそろ夕食の時間です。食事にされますか、それとも入浴なさいますか」
「いや、それより先に君の名前を決めたい」
「それは正式な同期の後で問題ありません。それともマスターはまず私との正式な同期をお望みですか? 確かに同期の時に必要だと言われるマスターもおられると聞いていますが」
「???」
少女の説明はよく分からなかったが、優は譲るつもりはなかった。この少女を呼びたいときに困るというのもあるが、今のところ唯一の味方である彼女に名前がないというのはあんまりな扱いだと思ったのだ。
「いや、違う。何より先に君の名前を決めたいだけだ」
優は鼻先が触れ合いそうな距離まで近づく少女を押しとどめ、距離をとる。彼女の紫の瞳は不思議そうに優を見つめている。
「………」
そうは言ったものの、別に何かアイデアがあった訳では無い。優は何かヒントを得ようと少女をチラチラと見ていると、突然いい考えが閃いた。
「じゃあ、トワでどうだ?」
魔道人形=不死というところから連想される永遠からとった名前だが、そのはかなげな容姿が夜明け(トワイライト)を思わせるという意味もある。
「トワですね。了解しました」
銀髪の少女はそう言うと笑顔を見せた。もしかすると優が何よりも先に彼女の名前を決めたのが、嬉しかったのかもしれない。
※※
「さて、一段落したところで、明日はどうするかな」
自室と決めた部屋の中に引き取った優は、寝る前にそう呟いた。食事や入浴を終えるともう日は落ち、すっかり暗くなっているため、今日出来ることはあまりない。
が、明日の朝、出発するまでには少し時間がある。明日、スムーズに取りかかるために今のうちにすべきことを考えておきたいと思ったのだ。
「マスター、トワと完全な同期を行うことを推奨します」
いつの間にか部屋に入っていたトワは優の背中にもたれかかるように密着しながら、そうささやいた。その感触が妙に艶めかしいことに気づいた優はトワの着ている服を見て仰天した。
「トワ、そんな服をどこで!」
トワが身に付けていたのは薄手の生地で作られた丈の短いキャミソールだ。ちなみに上半身の露出度も高く、ほっそりとした綺麗な腕から肩にかけたラインは丸見えだ。
「布は館内で入手しました。トワには縫製職人としての機能もあります」
トワはやせ型の体型だか、胸はあるし、腰も見事にくびれている。優はネグリジェが惜しげもなくさらす女性的な曲線が自分の理性をゆっくりと浸食するのを感じ、本能的に狼狽した。
「そーじゃなくて!」
ゆっくりと距離を詰めるトワから後ずさりする優だったが、すぐに壁にそれを阻まれた。
「ハルシオンは完全な同期を行わないと機能が完全に解放されません。それとも……トワではご不満ですか?」
不満などあるはずがない。が、それが故に他の問題が生じている。さっきから尚子の顔がちらついてしょうがないのだ。
(もう関係ないだろ、尚子は!)
尚子が自分がクラスで孤立しないように画策していたことを思い出す。パニックになりかけた優の頭が怒りで少し冷静になった。
「違うよ、そうじゃない。そうじゃなくて、固有武装を」
「現段階では固有武装の生産は不可能です。まずは鉱物資源を採掘しなければなりません」
「そ、そうなのか。あ、でもハルシオンの燃料とかは」
「ハルシオンは大気中のマナを取り込み動力とする半永久機関、マナドライブを備えています。燃料等の心配は必要ありません」
「そ、そうか」
もちろん、こうした質問は意識化するだけで答えが浮かんでくる。それでもわざわざ口にするのは、単なる時間稼ぎだ。が、それでしのげるような状況でもない。
(ど、どうしたらっ!)
なおも時間稼ぎのように何かを質問しようとする優。すると、トワは少し身を引き、不意に悲しそうな表情を浮かべた。
「マスター、不埒な行為で汚されたトワでは駄目でしょうか」
まるで許しを請うようにそう言うトワを目の当たりにすると、優の記憶からロウ賢者にもてあそばれるように検査されたトワの姿が優の脳裏に浮かぶ。
事実は違うし、実際トワもそんなことは思っていないのだが、伏し目がちにしなをつくる彼女を見れば誰もがそう思い込んだだろう。
「そんなこと!」
今の今までトワの下敷きになりそうなくらいに押されていた優が一転、トワに向き合った。その拍子に優とトワの体との位置が入れ替わる。気がつけば、優はトワに覆い被さるような姿勢になっていた。
(ここまで来たらっ!)
実はトワにはへたれマスターを行為に誘う機能までついていたことを優は知るよしもない。
読んで頂きありがとうございました。
次話は明日の朝投下しますので、お付き合い頂ければ嬉しいです。