第二十五話 その心は
今日もありがとうございます!
残り三話ですが、ストーリー的にはノンストップです!
「う、美しい……」
ヒルダはドレスアップしたトワと尚子を見た瞬間そう漏らし、即座に怒りで肩を震わせた。ヒルダにとって、最も美しいのは自分自身。したがって、ヒルダが他者の美しさを認めるなんてことは有り得ない。ましてや、見惚れるなんてことは決してあってはいけないことなのだ。
「何だ、あの存在感。若僧のくせに……っ」
ヒルダの隣でポルトロンは歯ぎしりをした。
「まるで今夜の主役が自分であることが当たり前だとでも言うような自信……許せんっ」
ポルトロンは優が大勢の貴族達を前に怯んだり、戸惑ったりするところが見たかったのだ。何故なら、かつての自分がそうだってたからだ。
些細なミスに陰口を叩かれ、そのことに傷つきながらも誇大な自尊心をもつことで耐えてきたのがポルトロンの人生。だから、かつての自分がつまづいた障害を易々と越えて見せた優が許せないのだ。
「「目にもの見せてやるっ!」」
お互いに相手がそう呟いたことに気づいた時、二人は邪悪な笑みを浮かべた。
※※
ファンファーレと共に入場した優の足どりは軽かった。
(トワの訓練のおかげだな)
トワは二人にダンスの練習だけでなく、こうした場面でのウォーキングについての指導も行っていたのだ。
(まあ、二人が隣にいるって言うのも大きいけど)
ドレスアップした尚子とトワは本当に美しかった。元々申し分ない容姿をしていた二人が着飾れば、もはや芸術品の域だ。そんな二人が隣にいることは優の気持ちを高揚させる。
完璧なマナーで三人が着席した時、誰が合図をしたわけでもないのに拍手が上がった。それくらい、彼らの入場は印象的だったのだ。
ちなみにファルス帝国では舞踏会にパートナーを二人同伴することは有り得ない話ではない。だが、通常正妻が嫌がるため、したくても出来ない者が多いのが現実だ。その意味でも、誰もが羨むような美女を二人も連れていることは優の力を誇示する結果となった。
「静粛に! 陛下から御言葉があります!」
皇帝が発言のために立ち上がっても拍手が鳴り続けるため、会場の警備や誘導を行う役人が声を枯らす。彼らの献身的な努力もあって、暫くすると会場は多少話し声がする程度には静まった。
「ウェルズ卿。ご苦労だった」
完全な静寂は期待出来ないと感じた皇帝は内心ため息をつきながら話を始めた。
「子爵に相応しい入場、見事だった。此度の宴の主役は其方だ。楽しんでいってくれ」
そう言うと、皇帝は杯を高く上げて、乾杯の合図をする。会場にいた皆がそれに合わせて乾杯した後、会場の貴族達はこぞって優の元に集まった。
「ユウ殿、今度は是非当家で開く晩餐会に参加して頂きたい」
「いやいや、是非私の屋敷へ。私の領地では葡萄が特産品でしてな。蔵には上質のワインが何百本とあるんですよ」
「ワインが何だ! ユウ殿、私の領地では狩猟に適した森がありましてな」
こんな調子で貴族達が口々にアピールをして優と友好関係を持とうとするのは、優の入場に感激したという理由だけではない。実はオースが取引をしている重鋼と赤白金はその品質の高さゆえに最近では奪い合いになっているのだ。
また、こうした事情に加え、優の将来性に注目して今から取り入っておこうとする輩もいる。優にとってはうっとおしい人ばかりだったが、幸いなことに優以上にこうした人々に危機感を持ち、素早く反応した者達がいた。
「諸君、気持ちは分かるが、私がユウ殿に挨拶をする時間までとって貰っては困るな」
そう言って割って入ったのはドレックだ。優ともっと強固な関係を作りたい彼にしてみれば、自分以外の人間が優に近づこうとするのが面白いはずもない。
同様に、尚子とトワに群がる貴族令嬢──流石に皇帝主催の舞踏会で他人のパートナーを口説こうとする貴族はいない──にクローネが声をかけた。
「おしゃべりが楽しいのはわかるが、ショウコ殿とトワ殿を困らせるのは関心しないな」
彼女達は主にドレスのことや美容法を聞き出そうとして集まっているのだが、中には親の意向を受けている者もいるのだ。
「クローネ様のお邪魔をするつもりは……」
元々整った容姿をしていることに加え、クローネは女性ながらに一人前の騎士であるという実力から社交界ではかなり人気がある。そんな彼女に声をかけられては、温室育ちの貴族令嬢がたちうちできるはずもなかった。
とは言え、ドレックやクローネがそうした行動に出ればかえって優に興味を持つ輩も現れる。そうした傾向はドレックよりも上位の貴族に多く見られたため、優達は多少煩わしい思いをしなければならなかった。
「おや、そろそろ舞踏会か。ではまた」
音楽隊がチューニングをし始めると優の前にいた大貴族達はそう言って自分の席に戻った。
「マスター、お疲れさまでした。完璧な応対でした」
「ありがとう。トワの訓練のおかげだよ。だけど、忙しすぎて流石に何喋ったかは覚えてないな」
「トワが覚えています。今後の領地の発展に有益な情報とコネクションが得られました」
そう言うと、トワは優にニッコリと微笑んだ。この芸術品のような笑顔の裏では今後の戦略が練られていると思うと、頼もしいというべきか、恐ろしいというべきか。
「えっと、トワ。本当に私からで良いの?」
尚子はダンスホールに集まり始めた貴族達を見ながらそうトワに尋ねる。確かに事前の取り決めでは最初に優と踊るのは尚子ということになっていたのだが、尚子はトワが自分に遠慮しているのではないかと気を遣っているのだ。
「勿論です、ショウコ。私はジーニアに会って様子を確認しなければならないので」
実はトワの要望で今回、変装したジーニアが彼らに同行している。ジーニアはトワの指示でアルカサス城の外である重要な役割についているのだ。
「分かった。ありがとう、トワ。じゃあ、優くん」
「ああ。後でな、トワ」
「ありがとうございます、マスター!」
トワはそう言って優の気遣いに答えると共に、手を振って二人を見送った。
※※
「やっぱりあれ、尚子さんだよな……?」
柱の影に隠れながら仁が呟くと、透もゆっくりと頷いた。
「あの美しさ、間違いない。けど……」
何故尚子もアールディアに来ているのかとかそう言う疑問もなくはないが、それ以上に気になるのは自分達が優にしたことが尚子に伝わっているかどうかだ。
「知ってるに決まってるよなあ」
烈がそう呟くと優の元クラスメイトは一斉にため息をついた。
「あの戦いでの褒美を貰って気分が上がってたとこなのにな……」
彼らはあの戦いを最後まで戦い抜いた英雄としてこの場にいる。なにせ、ファルス帝国の軍勢は優と彼ら以外全員撤退するか、やられてしまっていたのだから。
しかし、実際には彼らは英雄でも何でもない。ロクに戦いもせずに優のお荷物になり、最後は命まで助けてもらったという哀れな役立たずだ。
そうしたことを少しは自覚していれば、まだ救いはあるのだが……
「尚子さんに嫌われてたら生きていけない……」
透の呟きに一同は重々しく頷いた。今、彼らの胸にあるのは尚子にどう言い訳をしたらいいかということだけだ。
「あら、こんなところでどうなさったのですか?」
不意にかけられた声に仁達がびくっとして振り返ると、そこには若い女性の一団がいた。実は、彼女達はクローネに追い払われた貴族令嬢の集団だ。優に取り入ることが出来なかったので優の部下と思しき彼らに声をかけに来たのだ。
「や、反省会などを……」
「こんな場所でですか?」
「席では浮ついてしまいますので」
「まあ、真面目な方々ですのね」
そう言うと貴族令嬢達は驚きで目を丸くした。
(誤魔化せた、か?)
仁達が秘かにほっとしていると、会場の貴族達がばらばらと舞踏会の会場へ移動する足音が辺りに響き始めた。晩餐会は終わり、舞踏会がこれから始まるのだ。
「皆様は舞踏会には出席なさらないのですか?」
「いや、あ……行くよな、みんな?」
仁がそう言うと、皆は曖昧に頷いた。
※※
トワに仕込まれた優と尚子の優雅なステップは舞踏会でも目を引いた。そのため、二人が会場の端に設けられた休憩スペースに移動したときにはさっき以上の人に囲まれる羽目になった。
「お二人はどこでダンスを?」
「本当に息がぴったりですな!」
などといった声の中では休憩するどころではない。優と尚子を囲むサロンのようになりつつあった中、それは起こった。
「敵国の女をアルカサス城に入れるなど恥知らずにも程がある!」
その言葉に辺りの気温が一気に下がる。優はゆっくりと立ち上がり、その言葉の主であるポルトロンの方を向いた。
「尚子は元々リンガイア共和国とは関係ない。俺と同じ世界の人間だ」
「私達に被害を与えたのは事実でしょう。今さらそのことを許せとでも?」
ポルトロンの傍にいたヒルダがそう口添えをするが、二人は別にセレネースから被害を受けた訳では無い。
「別に俺はファルス帝国にいたいわけじゃない。尚子がここにいられないなら俺も出て行くさ」
優の言葉に周囲がざわつく。それが悲鳴にも似たものであることにポルトロンは気付かない。
「おお、是非そうしてくれ! 香水臭い共和国の人間など視界にいるだけでも不愉快だ」
周囲の混乱は更に高まった。優が戦線を離脱すれば、どうなるかは火を見るより明らかなのだ。
「だが、出ていく前にひと仕事終えないとな」
「仕事? なんだ、一回勝ったくらいでもう一端の戦力のつもりか!」
そう言い放ったポルトロンの鼻先に優は手袋を投げつける。すると、不意を突かれたポルトロンは思わずよろめき尻餅をついた。
「何だ、これはっ!」
「決闘の作法も知らないのか? 教えてやらないといけないことが多いみたいだな」
「知らない訳がないだろう! これは冗談ではすまんぞ」
「冗談ではすまない、だと?」
優の声が底冷えするような怒りを帯びる。
「尚子を侮辱した奴を俺が許すと思うのか? お前らがどれだけ取り返しのつかないことをしたのか、身を持って教えてやるっ!」
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