第二十三話 恩
今日も来て頂きありがとうございますっ!
領地に戻った後、ジーニアは早速オースのもとを訪ねた。サンジーバ草はオースが大量に確保していたため、何の問題もなかったが、顔を合わせたジーニアとオースは互いに驚くことになった。
「白兎族とこうして出会う日が来ようとは!」
「鉱石の採掘だけでなく、それを人と取引しているのですか!?」
驚くジーニアにオースは胸を張った。
「後ろ盾としてクローネ殿がついているから対等な取引が出来る。全てユウ様のおかげだ」
「信じられません……」
人を避け、ひっそりと暮らしていたジーニアにとって、オースの生活は信じられないものだったようだ。
「それより、ユウ様。お手数ですが、サンジーバ草を早く届けた方が良いかと思います」
「分かった。ありがとう」
オースにそう言われたこともあって、優達はサンジーバ草をオースから受け取った後、ジーニアの村へと急いだ。ハルシオンを洞窟の出入り口付近に隠した後、優とトワはジーニアに案内されて彼女の村へと向かった。
「ユウ様、トワ様。どうぞこちらへ。長が是非ご挨拶をしたいと申しております」
村に着くなり、優とトワは丁寧な応対を受けた。
「もっと警戒されると思ったけど」
「今回はジーニアが私達のことを理解してくれているからです」
「なるほどな」
そんなことを話しながら、案内に従っていくと程なく優達は周りより少し大きな家についた。
「長の家です」
そう教えられ、奥の部屋に通されると、そこには年を取った一人の獣人がいた。
「村長のグレタです、この度はっっっ! 大変ありがとうございましたっっっ!」
そう言うと、グレタは座り込み、床に額がめり込まんばかりに頭を下げた。
「い、いや、俺は大したことはしてないから頭を上げて下さい」
優はそう言うが、村長は頭を上げない。
「ジーニアに洞窟の奥へ行かないように言わなかったのは私の手落ちですっっっ!」
「あ、ああ。そうなんですか。でも、ジーニアが岩に腕を挟まれたのは俺のせいかもしれないし」
「あの磁場は我々の方向感覚を狂わせます。ユウ様がおられなければジーニアは帰っては来れなかったでしょうっっっ!」
「ま、まあ、助かったんだし、良いじゃないですか」
「全っっっくよくありませんっっっ! ジーニアは私の孫娘なのですからっっっ!」
グレタはただただ頭を下げるばかりで全く話が進まない。どうしたものかと頭を悩ませる優にトワはそっと耳打ちした。
「マスター、そろそろアレを渡しては?」
「ああ、そうか。そうだな!」
サンジーバ草を見せて、注意を病人の治療へと持っていこうという作戦だ。
「グレタさん、実はお渡ししたいものがありまして」
「ジーニアから聞いておりますっっっ! まっことに申し訳ないっっっ!」
優がアイテムボックスから取り出したサンジーバ草をみるなり、グレタの顔はあっけにとられた。何故なら優が差しだしたサンジーバ草は村人全員が飲んでもまだまだ余るくらいの量があったのだ。
「オースが“日持ちのする薬草だから多めにあった方がいいでしょう”って言ってたから多めに持ってきたけど……この量は迷惑かな?」
「あ、あ……」
グレタは薬師なのでサンジーバ草の価値を村の誰よりも理解している。“多めに持っていった方がいい”と言ったオースの言葉も、それに従った優もグレタにとっては神にも等しいものだった。
「そんな……まさか……このようなことが……」
「そ、村長っ!」
うわごとを口にしながら卒倒したグレタの元にジーニアが駆け寄る。すると、他の部屋からも白兎族が集まり、優がグレタの前に置いたサンジーバ草の山を目にすることになった。
「これは……まさかユウ様が我々に!?」
「き、救世主だ! ユウ様は我々の救世主だ!」
白兎族は次々と集まり、優に頭を下げる。予想外の展開に優は慌てた。
「いや、そんなんじゃないから! 別に大したことはないから!」
だが、そんな優の言葉も空しく、白兎族は次々と集まり、優を讃え続ける。残念ながら、優はしばらく居心地の悪い思いをせざるを得なかった。
※※
何とか白兎族をなだめた後、サンジーバ草は病人へと行き渡った。
「じゃあ、帰るか」
問題がなさそうなことを見届けた優が屋敷へ戻ろうとすると、ジーニアが彼を引き止めた。
「待って下さい、ユウ様。私を……あなたの元で働かせて下さい!」
いつも小声でためらうように話すジーニアからは考えられないくらい大きな声だ。
「サンジーバ草のことなら気にしないでくれ。俺はたまたま君と出会ってしたいことをしただけだ」
優は今までの経験から獣人達がかなり義理堅い性格だということを知っていた。だが、優にしてみれば、自分はたまたまジーニアと出会い、サンジーバ草を運んだだけ。あまり思い詰めて貰っても困るのだ。
「確かに恩を返さなくては、という思いもあります」
「だから、それは……」
「けれど………」
ジーニアはそこで何かを言いたげに口ごもる。すると、そんなジーニアの隣に村長が現れ、彼女の肩に手を置いた。
「どうか、お連れ下さい。孫娘はあなたの理想に憧れておるようのです。内気なこの娘がここまではっきりと自分の意志を言うなんて初めてのこと。どうか聞いてやって下さい」
何気に普通のテンションの村長と話すのは初めてな優だったが、そんなことを突っ込む隙も無いほどグレタの顔は真剣だ。
「そうか、でも……」
だが、相手が真剣であればあるほど安請け合いは出来ない。内気なジーニアを一人自分の領地へ連れていくのが正しいことなのかと優が悩んでいると、村長は再び優に土下座をした。
「是非お連れ下さいっっっ! ジーニアはこう見えて鋭い子ですっっ! 何かお役に立つかも知れませんっっっ! いや、必ずやお役に立ちますともぉぉぉ!」
「分かった! 分かったから、頭を上げてくれっ!」
という具合で優は村人の喝采を受けながら、ジーニアと共に領地に戻ることになった。
「いや、今日は色んなことがあったな」
領地に戻るともう昼をかなり過ぎていた。まだ明るいが、今日は朝から戦い、昼にはジーニアの村へと走るハードスケジュールだ。優は流石にもう活動する気になれず、屋敷に戻ることにした。
「これが俺の屋敷だから自由に使ってくれ」
優はジーニアにそう言うと、シルクに彼女の世話を頼んだ。
「優くん、トワ、疲れたでしょう? お菓子を作ってみたんだけど良かったら食べない?」
お茶の用意をした尚子が、一通り仕事を終えた優とトワを出迎えると、優はほっとした表情を浮かべた。
「これ、クッキー? アールディアにも小麦粉があるのか」
「近いものをオースさんが取り寄せてくれたの」
優がクッキーに舌つづみを打っているのを眩しそうに見ながら、尚子はそう答えた。
「この味、尚子が良く作ってくれたものと同じだ。なんか懐かしいなあ……」
それは優の何気ない感想だった。それ故に、続いて尚子から発せられた問いは優にとって予想外のものだった。
「日本に帰りたい?」
「!」
完全な不意打ちだ。しかし、にも関わらず、優は自分の中に急に問われた驚き以外の感情がないことに気がついた。それはつまり……
「どうかな……まあ、未練がないことはないけど」
「けど?」
「ここには尚子がいて、トワがいて、色んな仲間もいる。それにこの世界に来て色んなことに気づけた気もするし……少なくとも今すぐ帰りたくはないな」
「そうね。私ももう少し優くんと一緒にアールディアにいたい。もちろん、トワとも」
「ありがとうございます、ショウコ!」
尚子の言葉にトワは満面の笑みを浮かべた。
「良かったらトワも食べて。自分で言うのもなんだけど、結構自信作なの」
「頂きます」
トワは尚子が差しだしたクッキーを恭しく受け取ると口に運ぶ。
「これはっ!」
トワは夢中で尚子のクッキーを頬張る。普段クールなイメージがあるトワからは想像出来ない光景だ。
「はっ! つい!」
気づけばクッキーを全て食べてしまっていたトワは二人に頭を下げて謝罪した。
「申し訳ありません!」
「いいの、いいの。気にしないで。また作るし。ね、優くん?」
「尚子の言うとおりだ。顔を上げてくれ」
トワは再び席につき、尚子に勧められた紅茶をすすりながら気持ちを落ちつけた。
「ショウコ、この“くっきー”というお菓子をアールディアに広めるべきです。これはアールディアの進歩に繫がります」
「そんな大げさな……」
「そんなことはありません。今よりもはるかに高度な文明があった古代でさえ、こんなお菓子はありませんでした」
「ええっ……」
そう詰め寄るトワに尚子は若干戸惑いながらも、視線で優に助けを求める。だが優の注意はそれとは別のところに向いていた。
「待ってくれ、トワ。今、古代っていったか?」
「はい、マスター。高速詠唱機も詠唱機創造陣もアールディアの古代文明の遺産です」
「知ってたか、尚子?」
「知らなかった」
トワから聞かされた意外な真実に尚子も驚いた顔をした。
(古代文明は凄い力を持ってたんだな……あれ、じゃあ何で滅んだんだ?)
優はふとそんなことを考えたが、尚子から優へ嬉しい提案が飛んでくると意識はそちらに切り替わってしまった。
「ねえ、優くん。実は明日、オースさんが仲間と一緒に市場を立ち上げるらしいの。出かけて見ない?」
「おっ、いいね」
久しぶりのデートか!
と優のテンションが上がる。
「ではトワは工房で作業しています。ジーニアを連れて行こうと思うのですが、構いませんか?」
「そう言えば、まだ工房を見せてなかったな。宜しく頼むよ、トワ」
「了解しました。あと、ショウコ。夜はトワということで構わないですか?」
「?」
「ええ。そういう約束だもの」
「ありがとうございます」
「???」
話についていけない優を置いてきぼりにして尚子とトワの話し合いは終了した。
次の日。待ち合わせの場所で尚子を待っていた優の前に尚子が現れると、二人はにっこりと笑った。
「何だか懐かしいね」
「あの時とは逆だけどな」
何が可笑しいのかは分からないが、二人は声を上げて笑った。
「行こう、尚子」
優は尚子に手を伸ばす。すると、尚子は
「うん」
といって優の手に自分の指を絡めて歩き出した。
※※
「思ったより賑わってたな」
「でしょ? オースさんは“領主様がびっくりするような街を作ることがご恩返しだ”って張り切ってたんだから」
オースは重鋼や赤白金を売りつけると同時に様々な物資を買い付け、優の領地に持ち帰っていた。そして、屋敷から伸びる道を整備し、まるで城下町のような町並みを作っていたのだ。
ちなみに尚子がこうした裏事情を知っているのは、彼女がオースから街作りについての助言を求められたからだ。リンガイア共和国は文化が発展しているため、そこから来た尚子ならいいアイデアがあるのではないかとオースは考えたのだ。
「じゃあ、このカフェが元の世界のものに近いのは偶然じゃないのか」
「うん。ここは優くん専用の場所だって言ってたからいいかなって」
優と尚子は買い物を終えた後、見晴らしの良い場所に設置されていたカフェで休憩していた。飲み物やお菓子の用意はあるし、呼び鈴を鳴らせばすぐに誰か駆けつけるようになっているが、今は誰もいない。
「オースはえらく気をつかってくれるんだな。何か申し訳ないくらいだ」
二人で座るソファーの手触りは滑らかで、こういうものに疎い優でさえ高級品だと分かる。
「ふふふ」
「?」
急に笑みを浮かべた尚子に優は首を傾げた。
「ううん、あのね、今の言葉を聞いた時のオースさんの慌てた様子が目に見えるようで可笑しかったの」
「そうか? でも本当に大したことはしてないぞ」
「そう言うところは変わらないね」
そう言うと、尚子は隣に座っていた優の顔に手を触れ、そのまま優を慈しむように体を撫でる。すると、反射的に優の手は尚子の体に伸びた。
「んっ」
倒れ込むように重なる二人はしばらくそのまま二人きりの時間を過ごした。
読んで頂いてありがとうございました!
次回は朝の七時に更新します。




