第二十二話 油断と落下
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「おわわわっ!」
突如地面に開いた大穴に吸い込まれるようにハルシオンは地下へと落ちていく。
(ん? 何だ、この空間……)
優が落ちていくのはまるで鍾乳洞のような空間。どうも先ほどまで戦っていた場所はかなり弱い地盤の上にあったようだ。
程なく下まで落ちた優は上を見上げた。
(地上まで上がれないことはないな)
決闘後のゴタゴタに気を取られて不覚をとったことに反省しながらも優は安堵した。
「マスター、この爆破は遠隔操作で機動された魔法陣によるものです」
「なんかロウ賢者を疑ってしまうが……アイツは何がしたいんだ?」
ハルシオンならものの数秒で地上に戻れるこの穴もファルス帝国の高速詠唱機なら他の機体に助けて貰わないと脱出不可能な深さだ。加えて、さらに厄介な点が一つあるのだが、それも含めて優とハルシオンには何の打撃にもならなかった。
「不明です。しかし、術式パターンは一致しました」
ロウ賢者は、優が誰かに助けて貰わなければならない場面を作ることで、他者の必要性をアピールしたかったのだが、目論見は見事に失敗した。
「ピンポイントで俺の足元を崩すって言うのは……ああ、そう言うことか」
優の頭の中に魔法陣についての知識が広がった。個人を狙うことは難しいが、指定したいくつかの場所に誰かが足を踏み入れた時に起動させることは可能らしい。
「俺に使うんじゃなくて敵に使えばまだマシな戦いになったんじゃねーかな」
まさしくその通りなのだが、ロウ賢者はまさかここまで戦力差があるとは予測してなかったし、総司令官であるメッチャの無能さでは臨機応変な対応は難しく、“とにかく発動させていれば文句は言われないだろう”という無茶苦茶な考えが精一杯。優がこのトラップにかかったのは様々な不幸が奇跡のように積み重なった結果だった。
「まあいいか。戻ろう、トワ」
優がそう言った瞬間、ハルシオンの計器が警告を発した。
「生命反応を検知!」
「他に誰か落ちてたか? そっちへ向かうぞ」
優にとって元クラスメイトの面々はもはや何の関わりもない人間達だが、それでも見殺しにする訳にはいかない。本来の用途通り光を拡散させた【灯火】で照らしながら反応のあった場所へ向かう。すると……
「えっ! 獣人?」
優の目の前にはウサギの耳を頭に生やした獣人がいる。髪を長く伸ばしているところを見ると女性なのだろうが、腕が岩の隙間に挟まって身動きが取れないようだ。
「さっきの爆破のせいか? 待ってろよ」
優はハルシオンを降りて、獣人達の元へ向かう。
「来ないで下さいっ!」
髪を伸ばした獣人は震えた声でそう叫ぶ。そんな彼女に優は手をあげて敵意がないことを示した。
「危害は加えない。ただ、君の腕を挟みこんでいる岩を破壊したいだけだ」
「う、嘘!」
彼女は反射的にそう叫ぶが、優に視線を向けた瞬間、驚きで目を見開いた。
「そ、それは……」
優はその視線から彼女が注意を向けているのが、自分が手首にまいているお守りであると察した。
「これか? これはシルク……世話になってる獣人が作ってくれたものだ」
優はそう言うと、手首につけていた飾りを外し、獣人の方に向けた。それはサンドウルフの牙を使ってシルクが作ってくれた者だった。
「温かなマナ……もしかしてこの獣人と仲がいいんですか?」
獣人の声は消え入りそうなほどか細い。
「ああ、色々助けて貰ってる」
「!!!」
「俺は領地にいる獣人達と協力して人も獣人も平等に暮らせる場所を作ろうと思ってる」
「人と……獣人が……平等?」
「信じられないかもしれないが、嘘じゃない。嘘じゃないから、とりあえず君を自由にさせてくれないか?」
「分かりました。お願いします」
岩を破壊した後、優は【応急処置】で獣人の傷を癒した。
「ありがとう……ございま……した。私は……ジーニアと言い……ます」
ジーニアは白兎族という珍しい種族でこの辺りに住んでいるらしい。他の獣人と比べ、身体能力は低いが代わりにマナの感受性に優れており、簡単な魔法なら使うことが出来るらしい。
「俺は優。とにかく、無事に助けられてよかったよ」
優がそう言うと、ハルシオンから降りてきたトワがジーニアに飲み物を手渡した。
「っ! 美味しい」
「オースさんが仕入れていたハーブティーです」
トワはジーニアにそう言うと、優にはコーヒーを出した。どちらもトワのアイテムボックスに保管されているものだ。
「あのう、その……“オースさん”という方も………ひょっとして……」
「俺が助けてもらってる獣人だ」
「………!」
予期していたこととはいえ、ジーニアはやはり驚いた。それと共に、優は少なくとも他の人間とは違うのだと確信した。
「それでジーニア、君は何でこんな場所に?」
「実は……」
ジーニアは少しずつ事情を話し始めた。ジーニアは自分の村に流行っている病に効く薬草、サンジーバ草を採りにこの洞窟を訪れたらしい。
「こんな暗くて広い場所で薬草を? 出来るのか?」
「白兎族は夜目が利きます。それに……これがあるので」
そう言うと、ジーニアは手荷物から手袋とブーツのようなものを取り出した。どうもこれは優の世界でいうパワーアシストのようなもので、これを使えば体力に劣る白兎族でも他の獣人に近い動きが出来るらしい。
「でも、急に動かなくなって」
「この辺りにはマナの働きを阻害する磁場があります。そのせいでしょう」
「そんなっ!」
「ジーニアは磁場のことは知らなかったのか?」
ジーニアは頷いた。
「なかなか薬草が見つからなくて、いつもより洞窟の奥を探していたら急に」
「入り口付近だと磁場は弱いですが、この辺りは磁場の中心に近いです。通常の魔道具を発動させるのは難しいでしょう」
ジーニアは途方に暮れた。
「一体どうしたら……」
「一緒に探そう!」
そう言った優に珍しくトワが反対した。
「待って下さい、マスター。サンジーバ草はこの時期、この地方ではあまり採れません。ここで探すよりもオースさんに頼んだ方が早いと思います」
「そうなのか?」
それはトワに対する問いだったのだが、応えたのはジーニアだった。
「はい。確かにこの時期に探すのは難しい……です」
サンジーバ草は元々もっと寒い地方で採れるもの。この洞窟は付近より気温が低いので時期によっては見つけられるが、今はその時期を大きく過ぎているのだ。
「どうする? 俺の領地に来てくれるなら、分けてあげられるかも知れないけど」
「お願いします、ユウ様」
ジーニアが魔法で村へ連絡を入れるのを待って、優は彼女を連れて地上に戻る。その後、事後処理を透に丸投げし、自分の領地へと向かった。
※※
「何とか勝ったか。結構、結構!」
アルカサス城でメッチャの報告を聞いた皇帝はそう呟くと、ロウ賢者は顔を引きつらせた。
「皇帝陛下、結果としてはそうですが、これはマズイことになりました」
「確かにもっとスカッと勝てるものかと思っておったが」
「そう言うことではっ!……いえ、確かにリンガイア共和国の戦力が予想以上に高いことには対策が必要ですが、問題はユウ殿です」
「何が問題なのだ? よく働いてくれたじゃないか」
「働きすぎなのです! 彼の活躍は目覚ましいものがあります。今後、ユウ殿はリンガイア共和国との戦いに欠かせないでしょう。しかし、ユウ殿にとって私達が必要かというとそうとはありません」
「ユウはファルス帝国の臣下だ。帝国が必要に決まっているだろう?」
ロウ賢者はそっとため息をついた。皇帝は能力がないわけではないのだが、物事を簡単に考え過ぎるところがある。
「ユウ殿はほぼ単機でリンガイア共和国の軍勢を追い返してしまったのです。つまり、極端な話、優殿はリンガイア共和国が攻めてきても困らないのです」
「だが、我々は困ると。なるほどな。だが、ユウの領地は荒野しかないウェルズ地帯。我々から様々な物資の供給を受けなければならんだろう?」
「それが言いづらいのですが、逆に我々の方が重鋼や赤白金の供給を受けています。量はまだ多くはないのですが、とにかく質が良く、戦力拡大には手放し難い存在です」
「なるほど。色んな意味で我々はユウを頼りにしているという訳か。しかし、ロウはそれを危惧して策を練っていたではないか」
皇帝にそう言われると、ロウ賢者は顔をしかめた。
「そのことなのですが、上手くいったとは言い難いのです、陛下」
その言葉に真っ先に反応したのは皇帝ではなくメッチャだった。
「何故ですか? ロウ賢者の指示通りトラップを発動させ、ユウ殿を地下に落としました。彼も周りの助けが必要だと感じるきっかけになったのではないでしょうか」
「自力で出てこれたら意味がないでしょう。あの洞窟はマナの働きを阻害する特殊な磁場があるため、高速詠唱機を動かすことさえ出来なくなるはずだったのですがね……」
ロウ賢者の話の最後の方はぼやきに近い。
「とにかくユウが欲しがるものを我々が提供できれば良いのだろう? 元々戦果を上げた者には相応のほうびを与える約束だ。存分に労ってやろうではないか!」
皇帝がそう言うとメッチャは“流石皇帝陛下!”とおだて、二人で褒美を何にするかを考え始めた。
「爵位はどうだ? 男爵……いやこの際、子爵くらいにしてやるか」
「おおっ! 誰もが泣いて喜びます!」
「この度の勝利を祝う晩餐会も開いてやろう!」
「なんという名誉!」
そんな会話を聞きながら、ロウ賢者は頭を抱えてため息をつく。何故ならロウ賢者の脳裏には爵位や名誉を鼻で笑う優の姿が目に浮かんだからだ。
読んで頂いてありがとうございました!
出来れば夕方六時に更新します。無理だったら、明日の七時になると思いますので、よろしくお願いします。




