第十八話 あちらこちらでの事後処理
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いよいよクライマックスが見えてきました!
尚子を追ってきた高速詠唱機を倒し、クローネの勧めで捕虜をアルカサス城へ送った後、優はトワと共に尚子にかけられた魔法、【洗脳支配】について調べていた。
尚、本当は尚子とセレネースも皇帝へ引き渡すべきだとクローネには言われたが、優には全くその気がなかったため、却下した。
「どうやら【洗脳支配】は術者の意思で発動するようです。発動時には術者が設定した通りの行動を取るように設定されています」
「解除できるのか?」
「解除自体は可能ですが、本人への負担が大きいことが予想されます。安全に解除するには術者の血が必要です」
「術者の血か……尚子、誰だか分かるか?」
「顔を見れば分かると思うけど、印象が曖昧で……赤いローブを着ていたことくらいしか覚えてないの」
「赤いローブか……それだけの情報じゃ、今すぐって訳にはいかないか」
優はそう言って考えこんだ。リンガイア共和国に所属する赤いローブの人物という情報だけでは相手を特定するどころか当たりをつけることさえ難しい。
「今、安全に完全な解除をすることは難しくても、その影響を減らす方法ならあります」
「教えてくれ、トワ」
「【洗脳支配】の上書きです。【洗脳支配】の元になっている呪印の上にマスターが呪印を施せば相手が【洗脳支配】を発動した時に対抗出来る可能性があります」
「それってつまり尚子を俺の奴隷にするってことか?」
「それはマスター次第です」
つまり、尚子を守るために【洗脳支配】の力を使うならそれは尚子を奴隷から解放したと言えるし、その逆なら尚子という奴隷を赤いローブの人物から奪っただけになると言うことだ。
「私は優くんに従うわ。だって私は優くんを信じているもの」
優の方を向く尚子に優は深く頷いた。
「よし、やろう」
「了解です、マスター!」
そう言うとトワは突然尚子の服に手をかけた。
「ちょ、ちょっと待って! 何をするの?」
尚子は慌ててあとずさる。
「トワには【洗脳支配】を使用する機能もあります。しかし、服の上からでは呪印の位置が分かりません」
「だからってこんな場所で! 優だっているのに!」
「【洗脳支配】にはマスターの血も必要です」
「そうじゃなくて!」
トワは尚子が必死に抗議をするにも関わらず手を止めない。これは別にトワがデリカシーがない訳でも空気が読めない訳でもない。【洗脳支配】が解除されていない状態では術者に尚子を通じて情報が漏れてしまう可能性があるからだ。
「ちょっ! 優くん、いつまで見てるの! 早く後ろ向いて!」
美少女同士のもつれ合いに思わず目が離せなくなっていた優だったが、尚子にそう言われると雷に打たれたように回れ右をした。
「ありました、マスター!」
トワは尚子の背中を指さした。優には尚子の滑らかな素肌には何の印も見出せない。が、トワが指を触れると不思議な図形が現れた。
「マスター、血を」
「ああ」
トワに促され、優は身につけていた小刀で指先を傷つけると、尚子の背中に現れた図形に指を押しつけた。
「あっ!」
急に触れられたことに驚き、体を震わせる尚子。しかし、トワはそれには構わず作業を続ける。
「っ!」
優は役目が終わった後、再び後ろを向く。尚子の艶めかしい声が聞こえる度に立ち上るムラムラした思いをおさえながらじっと立っているのはなかなかの重労働だ。
「終わりました」
トワがそう言うと、尚子は凄まじい勢いで服を着こんで顔を伏せた。恋人とはいえ、異性の前で半裸に近い格好にさせられたことが恥ずかしく、尚子の顔は真っ赤だ。
「マスター、確認して下さい」
トワはそう言うとアルテバランからステータス画面が現れる。そこには新たに『奴隷』という項目が追加されていた。
(これを見ろってことだな)
そこには尚子の名前があり、横には星が三つ書かれている。
「星はマスターの対象に対する支配力を示しています。元の術者の支配力は星二つでした。つまり、今は安全です」
「逆に相手の支配力が星三つ以上になれば危険というわけか。支配力を上げる方法はあるのか?」
「屈服させることで支配力が上がります」
「屈服……」
そう言われて優が思いついたのは尚子のセレネースを撃破したことだ。
「ショウコ様はマスターを信頼されているためあまり関係ないかもしれませんが、支配力を高めることは【洗脳支配】を用いる上で重要です。今後、赤いローブの男が何らかの手段でショウコ様に対する支配力を高めてくることも予想されます」
「つまり油断は出来ないってことだな。気をつけるよ、トワ」
トワは優の言葉にニコッと笑うと、おもむろに尚子の隣に体を横たえた。
「お手数ですが、次はトワの回復をお願いします」
「ここでか?」
正確には“尚子の前でか?”と言いたいところだが、流石にそこまでは言えない。
「問題があれば後でも構いませんが」
しかし、トワには優の戸惑いは通じない。どうしたら自分の窮地をトワに分かってもらえるのか、尚子に何と言い訳をしたらいいのかを考えるが、いくら考えてもいい手が浮かばない。優は仕方なく、アルデバランを変形させた。
「な、何?」
自分の見えないところで二人が何かをしようとしている気配を感じて不安そうな声を上げる尚子。しかし、彼女がそれを目の当たりにした時、不安は怒りに変わった。
「何やってるの、優くん!」
横になったトワの体に優が手を伸ばそうとしているのを見て、尚子は思わず大きな声を上げる。
だが、それに応えたのは優ではなくトワだ。彼女は淡々と尚子に説明した。
「先程の戦いでトワは消耗しました。補給が推奨される状態です」
「補給って?」
「マナウォーターを体に塗ります」
「マナウォーター……ってこれ!?」
トワの体に落ちた液体、マナウォーターを見ると尚子は一層顔を険しくした。
「優、まさか本気でやるつもりじゃないわよね?」
優は初めて見た彼女の憤怒に腰がひけるのを感じたが、ここで折れては今までと一緒だ。
「尚子、誤解だ。俺はやましい気持ちがあるわけじゃない。ただ単に必要だからやろうとしただけだ」
「……」
「トワは魔道人形です。なので、マスターが何をしようと問題はありません」
「あなたが魔道人形? 人間にしか見えないけど」
「トワは第十五世代型高速詠唱機、ハルシオンのガイドです」
そう言うと、トワは自分についての説明を始めた。最初は疑わしい眼差しを向けていた尚子だったが、トワの話を聞くうちにトワが特別な機能を持った魔道人形であることを理解し始めた。
「確かにリンガイア共和国にも魔道人形はいたけど、あなたみたいな魔道人形はいなかった」
「みたいだな。でも、トワは魔道人形でも俺の仲間だ」
つまり、優はトワをモノ扱いしないでくれと言っているのだ。
「分かってる。彼女が魔道人形でも人として、仲間として扱う」
優は安心したようにゆっくり頷いた。もちろん、心優しい尚子が魔道人形だからと言ってトワを雑に扱うとは思っていなかったのだが。
「だけど、それとこれとは別!」
「う゛」
優の口から情けない声が漏れる。
「人間じゃないから体を触るのがセーフ、なんて訳はないでしょ! マナウォーターは私がトワに塗る! いいよね!?」
「あ、ああ」
残念ながら優はそう言って部屋から出ることしか出来なかった。
※※
「あの不遇民が『リンガイアの凍姫』を撃破しただと!?」
リンガイア共和国の捕虜を目の前にクローネの部下から報告を受けた皇帝は驚きのあまり、大きな声を出した。
「ロウよ、どう思う?」
皇帝の傍らで胸中に広がる不安を押し殺しながら報告を聞いていたロウ賢者はゆっくりと口を開いた。
「クローネは勤勉な騎士です。報告に嘘はないでしょう」
「だろうな」
「そして、力があるのも確かでしょう。ドレックと引き分け、クローネを倒したというなら、我が国の最強戦力の一つと言えます」
「うむ」
ここまでは誰にとっても疑問の余地はない。問題は次だ。
「問題は『リンガイアの凍姫』との戦いでユウ殿の戦力がさらに増したということです。『リンガイアの凍姫』を鹵獲し、それを自身の戦力と出来れば帝国内で優殿に対抗出来る戦力はいなくなります」
「確かに。報告書には機体の補修とランナーを仲間として引き入れるよう説得するために手元に置くとあった。ユウが『リンガイアの凍姫』を自身の味方にする可能性はあるな」
「『リンガイアの凍姫』に被害を受けた貴族が反発しますぞ」
「見舞金を出す用意はしている。それに『リンガイアの凍姫』が戦果を上げない訳も無い」
捕虜を説得し、寝返らせるというのはアールディアでもよくあることだ。被害を受けた貴族達にとっては面白くないだろうが、セレネースが戦果を上げれば文句どころか、尚子を喜んで褒めたたえるだろう。なにせ、ファルス帝国は劣勢なのだ。
「強い味方は大歓迎です。特に今は戦争中ですからな。しかし、強すぎる味方は扱いに困ります」
「ふむ?」
首を傾げる皇帝にロウ賢者は秘かにため息をついた。皇帝は頭が悪いというわけではないのだが、物事を簡単に考えるきらいがある。
「自らの力を過信し、増長されては困ります。優殿はあくまでも帝国の臣下なのですから」
つまり、優には大人しく従って貰わなくては困るということだ。ロウ賢者が優に抱く不安はここにあった。
「確かにな……ロウよ、そなたはアレを動かせというのか?」
「まさか! 皇帝自らが動かれる必要はありますまい。私が思うに……」
皇帝はロウ賢者の話に耳を傾けた。
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