第十七話 今すべきことは
またまた感想を頂いてしまいました! ありがとうございますっ!
「おおおっ!」
ハルシオンが獅子の頭を持つ降魔の剣を突き出しながらセレネースに向かって突進する! しかし、すぐにセレネースの【静止の帳】が発動し、その威力と推力を減衰させた。
(来たぞっ!)
が、獅子の瞳が光ると何故かすぐにその効果は消え去り、ハルシオンは一瞬でセレネースを貫いた。
「【静止の帳】が……消えた!?」
「消えたんじゃない。喰われたんだ。俺の降魔の剣にな」
「まさか相手の魔法を喰う力を持っているとでもいうの?」
「さあな。そこまでは教えられないな」
「そう。でも……」
尚子がそう言うと、突如セレネースの姿が消える。だが、優はまるでそれを知っていたかのように後ろを向く。そこには先ほど貫いたはずのセレネースがいた。
「一度に全ての魔法を喰える訳じゃないのね。【静止の帳】は喰えても私の位置をごまかす魔法、【幻影】までは喰えなかった」
冷静にそう指摘する尚子に優は指を突きつけた。
「と、思うだろ?」
「!?」
尚子が慌てて優が指を突きつけた先を確認する。優美なカーブを描いていたはずのスカートの先端は今、何かに食い破られたような穴が空いていた。
「『黒獅子』は相手の魔法だけじゃなく、機体も喰う。そして、それを自分の力にする」
「自分の力……まさか!?」
「後は身を持って教えてやるよ、尚子っ!」
優がそう叫ぶと、降魔の剣の獅子もそれに合わせたように吼える。
「くっ!」
セレネースは突進してくるハルシオンを止めようと最大出力で【静止の帳】を展開する。それは半径五、六メートル内にある全てのものの動きを封じるほど強力なものだ。
が、そんな大規模な魔法も今や優の前では何の意味も持たない。ハルシオンは何の影響も受けずに突き進むと、セレネースの頭のすぐそばに降魔の剣を突き立てた。
「そう、やっぱり【幻影】も無意味なのね」
「ああ」
セレネースの姿が溶けるようにかき消える。それと同時に降魔の剣が突き立てられた場所にセレネースの頭部が現れた。
いや、違う。セレネースの頭部は初めから優が降魔の剣を突き立てた場所にあったのだ。
「でも、ただじゃ負けないっ!」
尚子はそう言うと、セレネースのスカートから詠唱従機が二つ射出され、ハルシオンを狙う。尚子はいざというときのために詠唱従機を隠し持っていたのだ。
「トワっ!」
「了解です、マスター!」
優の呼びかけに応じたトワが準備していた【反射光壁】を発動させる。ハルシオンの周囲に展開された【反射光壁】は尚子の詠唱従機の攻撃を反射し、それらを破壊した。
「そんな……まさか、最初から詠唱従機を破壊する手段もあったと言うの!?」
「そうだ。俺が考えたのは勝ち方だけだよ、尚子」
優が尚子にどんな勝ち方をしたかったのか。それは言われずとも尚子には伝わっていた。
優が目指したのは圧勝。尚子を心の底から屈服させるような勝利だ。
「ああ、私の負け。でも、何だか嬉しいわ、優くん……」
周りの景色が歪み、曖昧になっていく、セレネースが作ったエンゲージゾーンが消えつつあるのだ。
「お疲れ様でした、マスター!」
「ああ。体調はどうかな?」
「自機の周囲なら常時展開するのではなく、準備するだけで十分なので消耗は大きくありません。が……」
言語化されていないとは言え、流石にトワが何を言いたいのかは分かる。それに優にもトワの望みに異存があるわけでもない。
「まあ、使ったエネルギーは補給しなきゃな」
「はい!」
そんな会話をしながらも優の目はセレネースから離れない。大きなダメージは負ったはずだが、油断は出来ない。
(まだ詠唱従機を隠し持っている可能性もある。うかつには近づけない)
が、そんなセレネースから破砕音がして白煙を上がると、優の思考はそれまでとは一変した。
(尚子っ!)
優はハルシオンをセレネースに接近させると緊急開閉装置を作動させた。すると、再び破砕音がして尚子がコックピットから上空へ射出される。優は尚子を追って再び走り始めた。
(間に合えっ!)
日頃のトワとの修業の成果か、優は空からパラシュートで降下する尚子に追いつき、地上に落ちる前に抱きとめることに成功した。
「速いし、強い。優くんは変わったね」
「ああ、そうだろ」
「さっきは酷いこと言って御免なさい。でも体が【洗脳支配】に支配されると私の意思ではどうにもならなくて」
「気にしなくていい。事実だしな。それに今の俺はもう昔の俺じゃない」
「台詞も男前になったね」
そう言って笑う尚子の笑顔に優は思わず見とれるものの、それを尚子に気づかれたくなくてそっぽを向く。……が、それは愚策だった。
「でも可愛いところは変わってないかな」
優位が逆転したように感じる優だったが、ここでやり込められては格好がつかない。
「誤解するなよ。そんな格好してるのにあんまりジロジロ見る訳には行かないだろ」
「そんな格好って……あっ!」
尚子は普通の衣服ではなく、例によって高速詠唱機に乗るためのスーツを着ている。尚子の着ていたスーツはクローネのものよりは遥かに普通の服に近いが、それでも露出度が高いことにはあまり変わりがなかった。
「み、見ないで……恥ずかしい」
優は尚子を地面に降ろすと、羽織っていた上着を尚子に着せる。恥ずかしさのあまり顔を紅潮させて優の上着をきつく握りしめる尚子のことを優は素直に可愛いと思った。
(尚子がクラスの皆にあんなことを言っていたことを知った時には心底腹が立ったけど、あれも元はと言えば俺のせいだもんな)
何か心のつかえが取れたように急に優の思考が冷静になる。
(ここは異世界、アールディア。転生したわけじゃないけど
俺はここで生まれかわったんだ。なら……)
生まれ変わったのなら、アールディアに来る前と同じことをする訳にはいかない。
「尚子、俺達もう一度やり直そう」
優は元の世界で自分から何かを変えたり、進めたりしようとしていなかった。もしかしたら、誰かが何かを変えてくれるのを待っていたのかも知れない。そして、それが招いた結果がクラスメイトのあの態度なのだろう。
なら、ここでは自分から動かなければいけない。腹が立てばやり返し、欲しいものは自分で取る。今や優にはその力も意思もあるのだから。
「嬉しい……優くんからそう言ってくれるなんて」
尚子は笑顔を浮かべ、優に一歩近づいた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
尚子がそう言うと、優は彼女の肩に手を回した。
「そう言えば、キスがどうとか言ってたよな」
「え、あっ……んっ!」
尚子は優に何か言おうとしたが、優は唇を重ねることでその言葉を封じた。
「もう、乱暴なんだから!」
尚子はそう言ってそっぽを向くが、目は笑っている。優がそんな彼女に何か声をかけようとしたその時、上空に三機の高速詠唱機が現れた。
「私と偵察に出た高速詠唱機! 応答が途切れたから探しに来たんだ」
「尚子を探しに来たって訳だ。じゃあ、敵だな」
目の前の機体が、ファルス帝国と争っているリンガイア共和国のものだから敵だという訳ではない。尚子を優から引き離しに来たから敵なのだ。
「そのまま帰るならよし、そうでないなら倒す。それで構わないよな、尚子?」
「もちろんよ、優。残念だけど、私は手伝えないけど……」
尚子はそう言ってまだ白煙を上げているセレネースに視線を向けた。損傷の具合は分からないにしても、今戦えないことだけは明らかだ。
「トワ、エンゲージゾーンへの転移を頼む」
アルデバランの力で優の声はいつでもトワに届く。瞬く間に優達はハルシオンの作り出した戦闘空間に転移した。
「マスター、敵は三機です」
「分かってる。警告後、一機づつ速攻で潰す」
「了解です!」
読んで頂きありがとうございます。もう少し続きます。まだ、ロボものの定番であるアレを出せていないので(笑)
次回は朝七時に投稿します!