第十六話 だってあなたが……
お越し頂きありがとうございます!
僕としては書きたかったシーンなのでキター!という感じです!
「尚子さんっ!」
音もなく落下し、ガラクタのように地面を転がるロナセンの緊急脱出装置が作動し、クローネとリアが飛び出す。二人は顔を地面に埋め、お尻を突き出すという恥ずかしいポーズで気絶しているが、優がそれに目を止めることはない。彼の全ての注意は今、様子が変わった尚子に向けられていた。
「優くん、あなたにはがっかり」
「何?」
セレネースが優の方を向く。
「だっていつまでたってもキスもしてくれない」
「っ!」
「それどころか自分から私と手を繋いでもくれない。私はあんなに待っていたのに」
「だからか? そんな情けない俺だからクラスの奴らに俺と仲良くするように言ったのか」
「だって私はあなたのことが好きだから」
「……尚子っ!」
優の心に得体の知れない気持ちが満ちる。それは怒りかも知れないし、哀しみかも知れないし、あるいはもっと別の感情かもしれない。
(だけど、これから何をするかだけは決まってる)
優は体を震わせたが、それは恐怖や怯えのせいではない。
(アールディアでの俺はっ!)
優は拳を握り締め、大きく息を吸う。それからゆっくりと息を吐くと、再びセレネースの方を向いた。
「ここは異世界、アールディア。元いた世界でどうだったかはもう関係ない」
「そうね」
「俺の領地に無断で入ってただで住むと思うなよ、尚子!」
その瞬間、セレネースの瞳が光を発する。それを見たトワが優に警告を発した。
「エンゲージゾーンの展開を感知。対抗しますか?」
「いや、いい。尚子の手の内を見せて貰おうじゃないか」
光と共に視界が一瞬で入れ替わる。再び優が目を開いた時に広がっていたのは洞窟だ。しかも、行く手を遮るように天井まで伸びた岩があちらこちらに配置されている。
(この地形、そういうことか)
先ほどのセレネースの戦いを思い出し、優は尚子の狙いを一瞬で見抜いた。
「この地形で俺の動きを封じつつ、あのファン●ルもどきで攻撃するつもりだな」
「固有武装、詠唱従機です。マスター」
トワがそう補足する。何故かこの名前はトワがそう教えてくれるまで優の知識にはなかった。
「俺の知る尚子はこんなせこい手を使う性格じゃなかったが」
「マナを解析……セレネースのパイロットは現在【洗脳支配】の効果の影響下にあります」
「【洗脳支配】?」
【洗脳支配】とは端的に言えば人を奴隷にする魔法だ。その非道さと危険性から使用を禁止している国がほとんどで、今では【洗脳支配】を使用出来る者さえいない。ちなみにトワがドレックにかけている呪法もこれだが、拘束力は低く約束の遵守を強いる程度だ。
(魔法と言うか呪法だな。尚子はこれに? 一体誰が!?)
優がそんなことを考えている隙を突くように、ハルシオンの背後から氷の弾が襲いかかる!
「遅いっ!」
が、優の反応の方が一瞬速い。優は氷弾をかわしざまに【灯火】を放つが、既に詠唱従機はそこにはいなかった。
(面倒な武器だ。対策法はあるにはあるが)
優の頭の中には既に詠唱従機の攻略法がある。だが、それをするには二つ問題があったのだ。
「マスター、私は構いません」
「しかし……」
「前のようにして下さるならトワは嬉しいです」
「っ!」
極上の笑顔で殺し文句を言うトワに優のテンションが上がる。普段よりも弱ったトワの体をまさぐり、悶えさせるのは正直楽しい。勿論、そう感じる自分はどうなのかと思うくらいの理性はあるにはあるが。
「分かった。だが、今は使わない。尚子には俺の力を見せつけてやらなきゃいけないからな」
「もちろんです、マスター!」
そう言うと同時にトワは優の意を汲み、降魔の剣を呼び出した。
「行くぞっ!」
いつの間にか集まって来ていた詠唱従機がハルシオンの左右から迫るのを確認する。
(詠唱従機の位置は分かってる。なら、攻撃を回避する方向を変えればいい)
優は降魔の剣を構えた。
「まずは一機!」
詠唱従機が十字砲火を浴びせるよりも早く、ハルシオンが右側に動く。二機の詠唱従機が氷弾を吐き出すと同時に、ハルシオンの右側にいた詠唱従機は両断されていた。
「次は三機だ」
優は八機の詠唱従機が四方を囲むのを確認してそう言うと、先ほどのように詠唱従機の攻撃よりも先に動いて、三つの詠唱従機を破壊した。
(よし、行ける!)
詠唱従機は攻撃のパターンを変えてハルシオンへの攻撃を続けるが、コツをつかんだ優にはもはや通じない。優はほどなく全ての詠唱従機を破壊した。
「攻撃と回避を同時にする……あの優くんがこんな発想をするなんて」
そう言いながら尚子のセレネースが姿を見せる。
「まだまだこれからだ! 俺を怒らせたこと、後悔させてやるぜ、尚子っ!」
優の叫びと共にハルシオンが駆ける。セレネースはハルシオンの攻撃を防御しようと左腕を上げる。すると、左腕の周囲に生じた見えない障壁がハルシオンの斬撃を受け止めた。
「優くん、それじゃ駄目」
が、斬撃は実は囮だ。ハルシオンは受け止められた場所を中心にして背後へ回りこみ、セレネースの背中を蹴り飛ばした!
「“それ”ってどれのことだ?」
ハルシオンの蹴りでセレネースは下へと落ちるが、すぐに踏み止まり、地表に落ちることはない。だが、セレネースの上を取ることが優の目的だった。
「いくぜっ、【灯火】!」
セレネースに向けられた降魔の剣からがレーザーのような光線がセレネースに襲いかかる。しかし、セレネースが両手をかざすと、降魔の剣での攻撃と同じように防がれてしまう。
「あのバリアみたいなもの、魔法か?」
コックピットで優がそう呟くと、トワは頷いた。
「敵機からの攻撃を減衰させる魔法、【静止の帳】を常時使用しています」
「常時ってそんなこと出来るのか?」
優はドレックとの戦闘後にトワが倒れてしまったことを思い出した。あの時、トワはキースとシルクの周りに【反射光壁】を使い続けていたために疲労してしまったのだ。
「【静止の帳】もセレネースの属性も水です。自分の属性の魔法は発動も維持も比較的容易です。したがって、高位者であれば不可能ではありません」
トワの説明と同時に魔法やマナの属性についての知識が蘇る。
大気や生物に宿るマナと呼ばれる不思議なエネルギーはアールディアを構成する力そのもの。それを用いて、望む奇跡を生み出す技が魔法と呼ばれるものだ。
マナには属性と呼ばれる個性があり、マナを用いる魔法にも同じように属性がある。水属性とはその一つ。
水属性は他の属性に比べて攻撃魔法のバリエーションや威力が低い反面、相手を惑わせたり、弱らせたりする魔法が多いのが特徴だ。
(そして、ハルシオンの属性は光、か)
最もハルシオンはマナをランナーである優からではなく、外部から取り込んでいるため、機体の属性はあまり関係ない。
「なら、あのバリアは尚子の自慢の技ってことか。『リンガイアの凍姫』様のとっておき、破らせて貰おうか!」
「了解です、マスター!」
優の言葉にトワは珍しく小さくガッツポーズを作って見せる。実はトワも尚子の発言に苛立ちを感じていたのだ。
「降魔の剣、第三形態、『黒獅子』を展開」
トワの言葉と共に、降魔の剣の刀身が獅子の頭のような形に変形した。
「喰らえっ!」
読んで頂いてありがとうございます。次回は夕方六時に更新します。




