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第十四話 決着と取引のようなもの

お越し頂きありがとうございますっ!


たくさんの方に来て頂いているという事実に感涙です。

「私は大丈夫だ! だから来るな!」


 半壊したロナセンのコックピット辺りが何やら騒がしい。安否を心配した部下が緊急開閉装置を触っているが、騎士はそれを止めているらしい。


「すぐ出るから。とにかく今は触るな! いや、止めてくれ! 頼むから!」


 そこまで言われて部下は手を引っ込める。が、その弾みで緊急開閉装置のボタンを押してしまったらしく、コックピットは轟音を立てながら動き出し、内部にあるシートごと騎士を排出した。


「馬鹿者っっっ!」


 悲鳴と共に騎士は宙を飛ぶ。そして、徐々に速度を落としながら地面に近づき、優の目の前に落ちた。


「あんた、女だったのか」

「み、見るな!」


 優の目の前にいたのは燃えるような赤髪に青い瞳をした二十代くらいの若い女性だ。彼女は今、鎧の代わりに高速詠唱機スペルランナーを操作する時に着る専用のスーツを着ているのだが、それはまるで際どいラインのビキニのようなものだったのだ。


「良いじゃないか。さっきの鎧よりも風通しが良さそうだ」

「こ、殺す!」


 騎士は涙目になりながら拳を握る。手足は自分の体を隠すのに忙しいため、それが精一杯だ。


 だが、そんな勇ましい台詞も優の周りに獣人がいることに気がつくと一変した。


「獣人だと!?」


 胸を隠していた手が力を失い、ダラリと垂れる。


「汚らわしい生き物の前で私はこんな格好を……」


 獣人達が急いで後ろを向く中、優だけは騎士に怒鳴りつけた。


「汚らわしいだと! キース達に謝れっ!」


 だが、騎士は泣き声を上げるばかりで返事をしない。さらに詰め寄ろうとする優の前にオースがひざまずいた。


「領主様、これで十分でございます。後は領主様からお預け頂いたものが帰ってくれば構いませんので」


「そうか? オースの傷は重かったし、こいつはあまりにも無礼だ」


「いえ、本当に私はもう……それよりも重鋼と赤白金が帰ってくれば」


「正直重鋼や赤白金なんてどうでもいいんだが」


「「「良くないです!」」」


 獣人達の声が合わさるのを聞きながら、優が頭をかいていると騎士の部下が恐る恐る近づいてきた。


「あの……ウェルズ卿」

「ウェルズ卿? ああ、俺のことか」


 優はウェルズ地帯の領主だ。


「この度の決闘、お見事でした。つきましては賠償等のお話をさせていただきたいのですが、日を改めさせて頂けませんでしょうか?」


 そう話す部下の背後では杖を振るって一緒に戦っていた少女が騎士にマントを被せている。だが、騎士の気持ちが落ち着く兆しはなく、今も悲痛な嗚咽おえつが聞こえてくる。


「分かった。まあ、仕方ないか」

「ありがとうございます。では、後日必ず」


 部下はそう言うと、優に金品が入った革袋を差しだし、撤収を始めた。



※※



 騎士が部下を連れて優の元を訪れたのはそれから一月が経った後だった。スムーズとは言えない展開だったが、優にとってドレックの回復の時間が稼げたというメリットもあった。


(ドレックがどうなろうと構わないが、あまり様子がおかしいと俺が何かしたのかと勘ぐられるからな)


 横に座っているドレックの横顔を見ながら以前の様子を思い出し、優はそんなことを思った。なお、ドレックがここにいるのはついでに身柄を押しつけてしまおうという魂胆ゆえだ。


「マスター、先日の騎士、クローネ様がお見えになりました」


 トワが普段とは違い、クローネに対し敬語を使っているのは、優の傍にドレックがいるからだ。


「お通ししてくれ」


 ちなみに優が敬語を使っているのは何となく雰囲気に乗せられているだけである。ただ、その方が波風が立ちにくいのは間違いない。


「優殿、しつこいようだが例の件は……」


「分かっていますよ。約束は守ります。それはドレック殿も同じですよね?」


 優の言葉にドレックは焦ったように何度も頷いた。


 ちなみに約束とは、ドレックの失態を口にしないということだ。優とドレックは些細な行き違いから決闘をしたが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ドレックは優の屋敷に滞在していたという筋書きになる予定だ。


 ちなみにドレックの体面を保つ代わりに、莫大な金品と固有武装ユニットアームズ等を生産するための大規模な設備を譲り受けることになっている。


(いくらトワに付与魔術師としての機能があっても設備なしに固有武装ユニットアームズを作るのは負担が大きすぎるしな)


 固有武装ユニットアームズを作るには材料となる金属を精練し、加工した上で、詠唱の代わりとなる呪文を刻む必要がある。トワは今、魔法で全てをやってのけているが、きちんとした設備があった方が望ましいということは彼女自身も認めていた。


「おおっ、ドレック様。壮健そうで何よりです!」


 クローネは最初に着ていた大げさな鎧を身に着けているが、兜は外している。知り合いの顔を見たことでドレックは安心したのか、にっこりと笑顔を見せた。


「元気だとも。怪我をしていたわけではないからな」


「そうでしたか? 確かユウ殿からは怪我の治療のために滞在したと聞いたような」


「けっ、怪我のうちに入らないということだ! 決闘をしたのだから無傷とはいかん。だよな、ユウ殿」


「そうですね。真剣勝負でしたから」


 約束通りに優はドレックに話を合わせる。するとドレックは更に調子に乗った。


「そうともそうとも! いや~クローネ殿にもあの白熱した戦いを見せたかったぞ。だよな、ユウ殿!」


「ま、まあ」


 優のこめかみがイラつくあまり痙攣する。だが、ドレックとクローネは気づかない。


「流石ドレック様ですね。私は完敗でした。ドレック様は一体どうやってユウ殿の魔法をかわされたのですか?」


「ま、魔法か」


「私の盾さえ貫通しかねない威力に加えてあの速さ。ドレックの【火線乱舞ミーティアレイン】並みに対処が困難と見ましたが」


「う~む」


「どうかされましたか、ドレック様」


 まさか、優の魔法をかわすどころか【火線乱舞ミーティアレイン】を完全にかわされてしまったなどと言えるはずもない。


「その辺りは感覚というか、ある種の悟りに近いものが必要でな。言葉にするのが難しい」


 なんじゃそりゃ!


 と優は内心突っ込んだが、口には出さない。出さないが、そろそろ我慢の限界が近づいていた。


「なんと! それほどレベルの高い決闘でしたか。ドレック様がそこまで言われるとは、ユウ様にとっても名誉なことでしょう」


「……ええ、まあ」


“調子に乗らないことです!”


 その瞬間、今の今まで機嫌よく話していたドレックの表情が凍り付いた。ドレックにしか聞こえないその声はトワのものだ。トワはドレック解放の条件として施したある呪法の力で、声に出さなくても彼に指示を伝えられるのだ。


「皆様、お飲み物の用意が出来ました」


 トワはそう言うとシルクと共にたおやかな所作で皆に飲みものを配る。なお、クローネは獣人であるシルクに怯え──優との戦闘後に起こった不幸な事故のトラウマで彼女は獣人に恐怖するようになっていた──、ドレックの変化には気づかなかった。


「では、乾杯しましょう」


「あ、ああ」「……そうですね」


 唯一平常心を保っていた優がそう言うと、ドレックとクローネもぎこちない返事を返す。二人はこの場で誰が主導権を握っているのかを改めて思い知った。


「では、ユウ殿。私が()()()取り上げてしまった重鋼と赤白金の件ですが……」


 その後は優にとってスムーズに話が進んだ。やり返した今となっては、優にとってドレックとクローネはもうどうでもいい存在だが、二人にとっては違う。彼らは優には引き続き秘密を守ってもらわなくてはいけないのだ。


「重鋼と赤白金の対価に優殿の領内を騒がせたことに対する慰謝料、更に今後採掘された鉱石等に対しては当方が品質の保証や販路の提案をさせて頂くということでどうでしょうか」


「まあ、どこに売るかはオースに任せるつもりだしな」


 クローネの顔が青ざめる。この話のネックは優にとって利がある存在でい続けること。要は切り捨てられない存在になることで、秘密を守ってもらうという点にあるのだ。


「勿論そうですとも! しかし、こちらのサポートがあれば、オース殿の仕事もやりやすいと思いますよ」


 動揺するクローネの代わりに彼女と一緒に杖を振るって戦っていた少女、リアが言葉を足す。


「でもオースもそっちと関わりたいと思うかな? だって、獣人が嫌いなんだろ?」


「滅相もありません!」


 リアは大げさに手を振り、否定した。


「当方の非礼はお詫びします。我々はただただ誤解していただけなのです。重鋼や赤白金は取り扱いが厳しく規制されている軍事物資なので」


「ふぅん」


 優の気のない返事にリアは焦った。が、救いの神は以外なところから現れた。


「マスター、今後重鋼や赤白金が大量に余ることもありえます。そうすればオースさんが処理しきれずに困ってしまうかもしれません」


「「重鋼や赤白金が余る!?」」


 トワの思いもよらない言葉にドレックとクローネの声が揃って裏返る。何しろ現在のアールディアにおいて高速詠唱機スペルランナーは何より強力な兵器であり、重鋼と赤白金はそんな高速詠唱機スペルランナーの補修や固有武装ユニークアームズを作るために必要不可欠な鉱物だ。したがって、足りないことはあっても余るなどといったことは考えられないのだ。


「不要品を処理するのにオースを困らせるわけには行かないな」


「そうです、マスター。あくまで提案なのですから、主導権はオースさんにあります。ですよね?」


 トワがクローネの方を向く。すると、クローネは勢いよく頷いた。


「必要に応じてオースさんが使えるようにしておけば、邪魔にはならないでしょう。()()が解けた今、あちらがマスターの領民を傷つけることなどあるわけがありません」


 再びトワの視線を受けたクローネは先ほど同様、勢いよく頷く。それを見て、優は遂に“トワがそこまで言うならそれでいい”と口にした。


「ユウ殿。私にも何か出来ることはないかな」


 ドレックはこの会話を聞いて焦りを覚えた。確実に秘密を守るためには何が必要なのかということにようやく気づいたのだ。


「いや、特に」


「そう言わずに!」


「では……」


 再びトワがドレックに助け船を出すように口を開く。トワはドレックがまるで救いの神を見るような視線を自分に向けるのを見て、計画の成功を確信した。


(マスターに切り捨てられないための保険が必要だということへの気づきを確認……)


 トワの狙いはドレックに自ら優の力になりたいと思わせることだったのだ。


(マスターにはコネクションが不足。しかし、これで問題は解決しました)


 継続的な協力関係が必要なのはドレックやクローネだけではない。優の領地には産業や軍事力など足りないものが多いのだ。それらを整える算段は既にトワの頭の中にあるのだが、実現させるためにはどうしても他者の力が必要だった。


(しかし、こちらから助力を請えば莫大な見返りが必要。したがって、相手から助力を提案させるのが理想……)


 ドレックは生粋の武人らしく理解がなかなか得られなかったので、トワは彼よりはまだマシだったクローネとの交渉場面を見せたのだ。


(マスター、トワにはネゴシエーターとしての機能もあります)


 自分をうかがうように見るドレックに笑顔を見せながら、トワは心の中でそう呟いた。

読んで頂いてありがとうございました。


次回の更新は明日の朝七時です。お付き合い頂ければ嬉しいです。

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