第十話 戦果と代償(?)
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「くらえ、【火線乱舞】!」
青い高速詠唱機から幾筋もの赤い閃光が上空へと放たれる。それは二~三メートルほどと上空へと昇ると突如軌道を変え、まるで豪雨のようにハルシオンへと襲いかかった!
(一発の威力は高くないが、数が多いな。さて)
優はハルシオンを加速させ、閃光の雨へと突っ込んだ。
「ほう。数発くらう程度なら……ということか? 装甲に自信があるのだな」
だが、ドレックの想像とは違い、ハルシオンはまるで纏わり付くように向かってくる赤い閃光を紙一重で躱していく。赤い雨が降り止んだ時、ハルシオンは一発の閃光も当たっていなかった。
「どうだ。ご自慢の【火線乱舞】とやら、真正面からかわしてやったぜ」
「ほう。中々いい目をしている」
優が閃光をかわせたのはハルシオンのスピード、トワとの修業で鍛えられた動体視力に加え、【感覚機能強化】という魔法の力の結果だ。
(まあ、言う必要はないけど)
優はハルシオンの指を青い高速詠唱機に突きつけた。
「さあ、どうする? もう一回やってみるか? 何度もやれば俺も疲れてくるかもしれないぞ」
「ほう。言うではないか。では、もう一回」
青い高速詠唱機が赤い閃光を射出する構えをとる。前方に注意を向けるハルシオンを見て、ドレックは密かにほくそ笑んだ。
「だが、次はさっきとは違うぞ!」
再び赤い閃光が上空へと打ち上げられる。そして、それがハルシオンへと飛ぶ直前、トワが優に警告した。
「マスター。後ろからも来ます」
「何っ!」
その声で後ろを振り向くと、先程かわしたはずの赤い閃光が再び優めがけて飛んで来ているのが見える。これはつまり……
「追尾弾か。全弾かわされたのに、やけに自信たっぷりだと思ったぜ」
だが、優には焦りはない。あるのは、ドレックの鼻っ柱を折ってやりたいという気持ちだけだ。
「トワ、【感覚機能強化】を重ねがけできるか?」
「マスターの体に負荷がかかります。【全方位光壁】による防御を推奨します」
「負荷がかかっても構わない。こいつに思い知らせるのが優先だ」
「……了解しました」
トワがそう返答すると同時に優の周りの世界が動きを止めた……いや、違う。優にはそう感じられるだけだ。
時が止まったような世界の中、まるでかたつむりが這うようなスピードで無数の赤い閃光が自分に迫るのが優の目に映る。
「そんなものがっ!」
優は前後から迫るそれを一つ一つ避ける。それらを全て避け、ハルシオンが再び青い高速詠唱機の前に立った時、世界が動きを取り戻した。
「がっ!」
それと同時にコックピットの中で優は突如頭痛に襲われる。トワが事前に警告していた負荷がこれなのだろう。心配そうに見つめるトワに手を振りながら、優は息を整えた。
「どうした? また当たらなかったみたいだが……もっと数を増やしてみるか?」
「くそっ、若造が!」
ドレックは歯ぎしりをして悔しがる。何しろ二発の【火線乱舞】で前後から攻撃するこの攻撃はドレックにとって必殺の一撃であり、密かに【絶火閃乱舞】という名前さえつけていたほどなのだ。
だが、ドレックの歯ぎしりはすぐに止まった。ドレックは優に吠え面をかかすことが出来ると気づいたのだ。二発目の【火線乱舞】の標的をハルシオンからそれに変え、彼は青い高速詠唱機のコックピットの中で秘かにほくそ笑んだ。
「だが、お前の負けだ、不遇民。アレを見ろ!」
目の前の敵が勝ち誇った様子で向けた親指の先を見る優。ハルシオンがその答えを優に教えた時、彼の顔色が変わった。
「この野郎っ! キースとシルクを!」
敵の狙いがキースとシルクにあると分かったときにはもう遅かった。高速詠唱機さえ貫く火線が幼い二人を襲う!
……が、事態はドレックの思う通りには行かなかった。
「は?」
ドレックは今、自分が見せられたものが信じられず、間の抜けた声を出した。獣人を消し炭に変えるはずの攻撃は彼らの遥か上空で軌道を変え、ドレックの元へと戻ってきたからだ。
「マスター、戦闘前から張っていた【反射光壁】の効果です」
「これってトワが?」
「敵が人質をとる可能性を考慮しました」
「ありがとう、トワ」
トワにそう言うと、優はドレックに向き直った。
「見本は見せたぜ。あんたもやってみな」
ドレックが何か言い返そうとしたその時、【火線乱舞】が彼の高速詠唱機の元へと到達した。
「不遇民風情がっ!」
それがドレックの最後の言葉になった。火線は次々と青い高速詠唱機に突き刺る。ドレックはそれに反応することさえ出来なかった。
「これが本当の自業自得ってやつかな」
青い高速詠唱機が爆発するのを見ながら、優はハルシオンのコックピットでそうつぶやく。そんな優を見ながらトワは微笑む。が、彼女は唐突によろめき、膝をついた。
「トワっ!?」
優は慌てて立ち上がった。
※※
「申し訳……ありません、マスター」
「大丈夫か、トワ!」
キースとシルクを返した後、優はベッドに寝かせたトワの枕元で声をかけた。
「大きな問題はありません。単にマナの消費が大きかっただけで機能に損失はありません」
「俺達を守った【光壁】に加え、キースとシルクを守るために【反射光壁】を張り続けていたせいか」
トワの言うとおりにアルデバランを操作すると、アルデバランからトワの今の状態についての情報が記されたステータス画面──ゲームや異世界召喚もので良く出て来るやつだ──が現れた。トワは優の思いを組み、自分にかかる負担を無視して力を使ったのだ。
「改めて礼を言わせてくれ。ありがとう、トワ」
「お役に立てて光栄です、マスター」
トワは笑顔を浮かべる。そこにどこかぎこちなさを感じるのはマナ不足の影響なのだろうか。それとも、単に優がトワの体調に過敏になっているのかも知れないが。
「……んで、トワ。本当にやるの?」
優はおずおずとトワに尋ねた。先ほどの画面にはトワを回復させる方法も表示されていたのだ。
「お願いします、マスター」
トワの回復に必要な手段は別に難しくないし、必要なものも簡単に揃えられる。ついでに言えば、短時間で済ませることもできるし、優に負担がかかるわけではない。
いや、むしろ楽しそうだ。
だが、それ故に優は抵抗を覚えた。必要なことで、本人が望んでいるとは言え、こんなことをやっていいのか……
(いやいや、変なことを考えるな、優。変なことを考えるからいけないんだ。これはトワを回復させるための……そう、儀式なんだ!)
優はアルデバランを操作し、形状を変化させる。指揮棒のような形になったアルデバランをトワの上にかざして握ると、先端から透明の何かがあふれ出した。
(アルデバランには小型のマナドライブがついていて、この形状にすれば燃料にしたマナを取り出せる、か。しかし、これ……)
アルデバランからしたたる透明の燃料がトワの胸元に落ちる。トワの服は基本に露出度が高く、今着ている服も大きく胸元が開いているのだ。
「えっと、これだけじゃ駄目なんだよな」
燃料は液体だが、粘度が高く、そのままでは胸元に留まったままだ。アルデバランからもたらされた情報によれば、これを全身に広げなくてはいけないらしいのだ。
優は恐る恐るトワの胸に手を伸ばす。胸元にたまっている燃料を全身に広げるとはつまりそう言うことだ。
(ええいっ! 心を無にするだ、優!)
手をトワの体に這わせながら、優は何とか自分を抑えようとする。だが、柔らかな感触と誘うようなトワの声の前に優の決意など無意味に終わった。
※※
「領主様、一度ならず二度までも子どもを助けて頂き、ありがとうございました」
次の日の朝、優の元へキースとシルクが両親と共にやってきた。どうも優の行動は一定の信頼を得ることに成功したらしい。
「いや、当たり前のことをしたまでです。それどころか子ども達に怖い思いをさせてしまって申し訳ありませんでした」
そう言って優が頭を下げると大人達は慌てて手を振った。
「止めて下さい、領主様!」
「昨日の、楽しかったよ! 火がバーンとなってズドンとなって……」
恐縮する大人とは対照的にキースは興奮気味にそう話す。キースは優に心を開いたのか、口調も今までとは変わっていた。
「それならよかったけど、次からはエンゲージゾーンに移動してから戦うように気をつけるよ」
「えー、また見たい!」
キースがそう言うと、優はそれが果たして教育上いいことなのかどうかと考えて頭を悩ませる。
(! いや、この子らの両親に聞かないと)
優がそう思い立ったその時、キースの父親がおずおずと優に話しかけた。
「領主様、我々はどう恩返しすればよいのでしょうか」
「恩返しなんていいです。俺はしたいようにしただけですから」
「え!?」
優の思わぬ言葉に大人達の目が点になる。優はそれには構わず話を続けた。
「俺はあなた達獣人と対等に接したいと思っています。人が獣人を差別するのが当たり前なこの世界では信じにくいかも知れないけど……」
夢の言葉を聞いてキースとシルクの両親はまるで空でも落ちてきたかのような表情を浮かべる。それくらい、優が口にしたことはアールディアではあり得ないことだったのだ。
両親が覚束ない足取りで帰った後、優達は鉱物資源を掘り出そうとしていた山へと向かった。掘り出した岩も採掘のために掘っていた穴もドレックによってめちゃくちゃにされている。
「また一からか……」
「いえ、既に第一工程が終了しました」
「え?」
優がそう言うと、トワは岩石の隙間からのぞく金属の塊を指した。
「高温で熱することがオリハルコンの抽出に必要な第一工程なのです。あの攻撃のおかげで手間が省けました」
「オリハルコン、確か固有武装を作るのに必要な鉱物だったな」
「そうです、マスター」
トワがそう答えると同時に、キースが大きな声を出した。
「領主様! あの機体が」
キースが指を指した先にはハルシオンと戦った青い高速詠唱機が立ち尽くしている。両腕を失って膝をつくその姿は最早残骸に近かったが、キースが言いたかったのはそう言うことではない。なんと、コックピット近くにあるハッチが開こうとしていたのだ。
「あいつ、息を吹き返したのか!」
「第三世代の高速詠唱機にもランナーを保護/治癒する機能があります。が、瀕死であることに変わりはないでしょう」
トワの言うとおり、ハッチは開いたが誰も出て来る気配はない。ドレックが生きているとしても動けるような状態ではないのだろう。
「どうしますか、マスター?」
「命だけは助けてやるか。まあ、治療して死んだら知らんけど」
優はそう言うと、コックピットに向かおうとするトワを制してドレックの元へ向かった。
「&§☆◑▲」
コックピットにいたのは金髪を長く流した男だった。恐らく見た目はいわゆる優男だったのだろうが、今は肌色は悪く、頬もこけ、どちらかというと亡者に近い有様だ。
「落ち着け。殺しはしない」
声もろくに出せなくないくせに文句を言おう男に優はそう告げるが、男が黙る様子はない。優は一瞬見捨てようかと思ったが、結局、男に向かってアルデバランを振った。
「【応急処置】」
「くっ、はっ!」
男に僅かに生気が戻る。が、瀕死であることにはあまりかわりがないようだ。
「言いたいことはあるだろうが、とにかく今はもう喋るな。もう一度言うが、殺しはしない」
優はそう言うと再びアルデバランを振るって魔法を使う。すると、男の体が音もなく浮き上がった。
「じたばたするな。屋敷に連れて行くだけだ。ここにいたんじゃ死んじまうだろ」
優がそう言ってなだめようとするが、ドレックはわめきながら手足を動かす。優はこのまま屋敷まで連れて行くつもりだったが、ここまで暴れられては手足をどこかにぶつけて怪我されるかもしれない。
(まあ、そうなったとしても自業自得か)
優がそう考えた途端、突然ドレックは何かに打たれたようにのけ反るり、白目を向いた。
「これで安心です、マスター」
いつの間にか近くに来ていたトワが優にそう言った。おそらく、トワがドレックを魔法で失神させたのだろう。
「一応聞くけど、大丈夫なのか? その、後遺症とかは」
「あったとしても前後の記憶が曖昧になるくらいです」
「そっか」
記憶が曖昧になるならかえって良いかもしれないと優は思った。ぶっちゃけ、ドレックのことは後で文句を言われなければどうでもいいのだ。
「じゃあ、とりあえず連れて帰るか」
優はアルデバランを振り、ドレックの体を機体から降ろした。
読んで頂いてありがとうございます。
今日は後一回更新できるかな……? もしかしたら明日の朝の更新かもしれません