第一話 異世界と現実
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「やばい、また遅れた!」
佐川優は、既に駅前の待ち合わせ場所に自分の恋人、花村尚子がいるのを見つけ、駆けだした。
(くそっ、また遅刻か)
二人は付き合いだして丁度三ヶ月。優は一度も尚子より早く待ち合わせ場所に着いたことがない。今日もやはり遅刻だ。
(しっかし、いつ見てもキレイだな)
自分の失敗に対する反省はあまり長くは保たなかった。それは半分は優のいい加減さが原因で、もう半分は尚子のルックスにあった。
まるで芸能人のような小顔をした尚子は他校でもファンクラブが出来るほどの美少女なのだ。
(目立つよな、そりゃ)
尚子に近づくにつれ、尚子に向けられた視線の数々に気づかされる。目に入るだけでもこれだけあるのだから、実際にはもっと多いのだろう。
「ごめん、待った?」
「もうっ! 遅刻だよ!」
尚子は口ではそう言いつつも、花のような笑顔を浮かべた。
(かわいいなあ)
その後も優の失敗は続くが、尚子が怒ることはない。ある時は笑い飛ばし、またある時にはさり気なくフォローしてくれる。
(いい娘だなあ)
尚子といると優は彼女のことしか考えられない。
そんなこんなでデートが終わった帰り道。思ったより気温が下がっていることに気づいた優はぎこちない仕草で上着を尚子を渡そうとする。が、彼女はそれより早く彼の腕を取った。
「いいの、こうすれば温かいし」
尚子はそう言うと優に向けて微笑んだ。
(ほんっとにかわいい)
尚子といると、優の頭はそれしか考えられなくなる。
腕に押し付けられた柔らかな感触を感じながら尚子の笑顔を見せられると、キスの一つでもしたい衝動に駆られる。尚子とデートをしていると、こんな場面は一つや二つではない。
が、実行したことはない。
大体、自分から尚子に触れたことさえないのだから、キスなんて夢のまた夢だ。
(ま、今、幸せだから別にいっか)
優はそう思った。優は自分が望めばいつでも尚子に会えると思っていたから。
※※
高校二年生の春、佐川優の生活は順風満帆だった。成績は平均、クラスでの立ち位置もまあまあ。目立つ特徴はないが、かといって避けられたり、嫌われたりする要素もない、そんな平和な毎日だ。
かといって、最初からそうだった訳では無い。ある出会いが彼に平和をもたらしたのだ。
「優くん、おはよう」
クラスメイトと登校中にさり気なく声をかけた美少女、その子との出会いが優の世界を変えた。高校一の美貌に、優しい性格、おまけに頭脳明晰というハイスペックな女子高生が目の前の彼女、花村尚子である。
その尚子と優が付き合い始めると、優の周囲の人の態度が一変し、今の順風満帆な生活を得るに至ったのだ。
「おはよう、尚子さん」
優がそう答えると、尚子はにっこりと微笑み、優より先に校門へ向かって歩き出した。
「今日も綺麗だよな、尚子さん」
「来年にはもう会えないかと思うと今から寂しいよ」
優と一緒にいたクラスメイト、中村仁と上田透がそう呟く。尚子は今年で高三。優よりも一つ年上なのだ。
「今からそんな先のことを考えてどうするんだよ! ああ、あの綺麗な黒髪に憧れる……」
「前みたいなショートもよかったけど、セミロングもいいよな」
二人の視線は肩の辺りまで伸ばした尚子の黒髪を名残惜しそうに追っている。
(僕がショートよりロングが好みだと知って伸ばし始めたなんて言わない方がいいよな)
尚子との付き合いについて、優は周囲から不思議なほどやっかみを受けていなかったが、あからさまなノロケをすればその限りではないだろう。
(尚子さん、可愛いもんな)
優は我が身の幸運を噛み締めた。人に誇れるものがない優だが、尚子が自分の彼女であることは唯一自慢できることだ。
「僕達も急ごうぜ。遅刻するぞ」
「流石リア充は言うことが違うや」
透は優の言葉を混ぜっかえしながら、歩調を早める。三人が尚子の背を負うように校門に足をかけた時、辺りに五色の光が広がった。
※※
「おおっ、勇者様がこんなに!」
「これで我が国は救われる!」
優が周囲のざわめきで意識を取り戻すと、そこは見たこともない場所だった。ラノベやゲームであるような石造りの部屋に異世界風の衣装を着た人々。それらが示すものはつまり……
「異世界召喚、マジでか!?」
声を上げると周りの視線が一斉に優へと集まる。その中に見知った顔があるのを見つけ、優は更に驚いた。
「仁に透、お前らもか!」
異世界風の衣装をきた人の中に今朝一緒にいたクラスメイトの顔があったのだ。知った顔は他にもある……というか、優のクラスの男子が全員いた。皆、既に見慣れない服装に着替えており、未だに地べたに座っている優を見下ろしている。
「やっと起きたか」
仁がそう優に言い放つと、クラスメイトは優から視線を外し異世界人との会話を再開した。
(何だ?)
皆の態度が今までと違うことに戸惑いながら、優は立ち上がり、皆を追った。
(何か余所余所しくないか? 大体、いくら目を覚まさないからって言っても僕だけ置いて話を先に進めるか、普通?)
クラスメイトの中でも仁と透は一緒に行動することが多く、友人に近い存在だ。なのに、何というか……冷たい。彼らの態度は今までと明らかに違う。
(何だってんだ、一体!)
苛立ちながらも皆についていくと優の耳にも話の断片が入ってきた。この世界は異世界、アールディア。そして、優がいる場所はアールディアでも有数の大国ファルス帝国の首都アルカサスにあるアルカサス城らしい。
(で、ここはそのアルカサス城の最奥にある秘密の空間、招来の間。僕達を召喚するための場所か)
そして、優達はファルス帝国を戦争に勝たせることで皇帝から望みを一つ叶えて貰えるらしい。
(要はテンプレ通りってことか。手抜きな感じもするけど、まあ分かりやすくていいか)
優がそんなことを考えながら歩いていると、やがて彼らは床に大きな魔法陣が描かれた空間にたどり着いた。だが、魔法陣はクラスメイト達と彼らを案内する人々が上に乗ると、優を置いて光を発し始めた。
「ちょ、待っ!」
優は慌てて魔法陣に飛び乗る。まるでエレベーターのように光が上り始めた時には、優はその端に命からがらしがみついている状態だった。
「ハアハア……おい、待てって」
何とか体を光の上に乗せ、荒い息をつく優を仁と透はチラリと見ただけで声をかけることさえない。やがて、光の上昇が止まると一同の前に大きな扉が現れた。
「皆様、こちらで皇帝に拝謁して下さい」
クラスメイト達を引率していた人々が扉の傍に立つと恭しく頭を下げる。仁や透達が扉をくぐった後、優も息を整えながら扉に向かう。
「……」
扉をくぐろうとした瞬間、両脇から明らかにアールディアのものではない服装──更に言えば、あちこち埃がついていたり、シワがよっていたりする──に視線が向けられる。
(皇帝と会うのに相応しくない格好だとか思っていそうだな、こいつら)
優はバツの悪い思いをしながら、目についた埃を払い、皇帝の前へ進んだ。
「よくぞ参られた、勇者達よ」
皇帝は優の想像通りの姿をしていた。つまり、金ピカの王冠を被り、ゴテゴテと飾りのついた服を着て……というやつだ。年齢は五十才前後だろうか。
「既に聞いているだろうが、ここアールディアは魔法が全てを支配する世界。これから勇者殿には魔法を覚え、使うことで我々を勝利に導いて欲しい」
(僕はまだちゃんと聞かされてないけどな)
優は若干ふて腐れた顔をしたが、幸か不幸か誰にも気づかれなかった。
「無論、報酬は出す。戦争に勝てば願いを一つ叶える。さらには、戦果に応じて褒美も与える。金に美女、思いのままだ。どうかよろしく頼む」
皇帝は頭を下げずにそう言うと立ち上がり、傍にいる兵士に何かを命じた。
(それにしても勝手に召喚しておいて、自分達のために働けとか図々しいよな)
既にアールディアに不満たらたらの優はそう思ったが、皆はどうも違うらしい。“勇者”という特別待遇と魔法という憧れの力を振るえるというワクワク感で既にやる気満々のようだった。
「勇者様方、これに触れて下さい」
兵士に連れられて来たのは白髪の老人だ。眼鏡をかけ、ローブを纏った姿は賢者っぽい。そんな老人が差しだした水晶に皆で触れる。すると、水晶が強い光を発した!
「っ!」
気付くと優達は別の空間に転移していた。だだっ広い空間には騒音と忙しく行き交う人々に溢れている。いや、それより優が気になったのは……
「ロボットか、これ?」
だだっ広い空間には優の世界で言うロボットに似た人型の何かがずらりと並んでいたのだ。
(皇帝は魔法を使えって言ってたような)
優がそんなことを思っていると、老人のため息が聞こえてきた。
「これはスペルランナー、高速詠唱機です。アールディアでは魔法の研究の結果、決められた詠唱を行うことでいかなる魔法の行使も可能になっています」
「へぇぇ」
詠唱というのは呪文か何かを唱えるのだろう。いかにも異世界っぽい話に優のテンションが僅かに上がる。
「しかし、詠唱には時間がかかります。小さな火を灯す魔法を使うのにさえ、呪文を構成する言葉は十万字弱。これでは戦闘の役に立ちません」
十万字と言えば、文庫本一冊分くらいの文字数だ。確かにそれでは戦闘中には使えない。
「大昔は杖などに呪文を刻むことで詠唱の代わりとしておったのですが、威力や汎用性、速度を追求した結果、次第に大型化しましてな。今では術者よりもはるかに大きくなった、という話をしたはずでしたが」
老人はそう言って眼鏡に手をやりながら少し鋭い眼光を優に向ける。優はその視線に思わずたじろいだが、幸いにも老人はすぐに優から視線を外した。
「失礼。不遇民の方には説明していませんでしたな。異世界から来た方には珍しいので失念しておりました」
「不遇民???」
優がそう繰り返すと近くにした仁と透が面倒くさそうに優の方を向いた。
「体に宿したマナの量が基準から大幅に低い者をそう呼ぶんだとよ」
仁に続いて透も面倒くさそうに口を開く。
「マナはMPみたいなもんだ。アールディアでは魔法を使うのに修業も暗記も必要ないが、体にあるマナの量で使える魔法の数や強さが決まる。不遇民だと初級魔法が精々なんだと」
「お二人共、そのくらいに。先に進みましょう」
老人がそう言うと優によって中断されていた説明を続けた。が、既に老人の言葉は優の耳には入っていなかった。
(俺は不遇民??)
(魔法を使えない。それって、この世界では役立たずってことか)
頭の中をネガティブな考えだけが行き来する。
(ひょっとして、みんなは僕が不遇民だから、これからの戦いの役にたたないから、態度を変えたのか?)
「では、皆様。次は高速詠唱機の製作に移ります」
「「「おおっ!」」」
どよめきと歓声が起こる。皆はそれぞれ一人ずつ大きな箱のようなものの近くへと案内されていく。それは高速詠唱機を作るための装置で詠唱機創造陣というらしい。一人また一人と案内されていくうちに、最後には優一人だけがポツンと残された。
「おや、困りましたな。不遇民様の分の詠唱機創造陣がありません」
何だよ、それは!
と怒鳴ってやりたい気持ちだったが、優の口からは恨み言の一つも出なかった。
いや、正確には出せないのだ。一言でも自分の気持ちを漏らせば、泣いてしまいそうなのだ。
「そう言えばもう使わなくなったものをまだ処分していませんでしたな。旧型ですが、まだ動くかもしれません」
そう言った老人が指さした先はだだっ広い空間の隅っこだ。そこには確かにクラスメイト達の前にあるのと同じようなものがある。ただし、彼らのものよりも一回り小さい上に、煤と埃で汚れ、みすぼらしい。
理不尽、そう理不尽だ。
いきなり他人の都合で異世界に召喚される理不尽。そして、尚子からも引き離され、よく分からない理由で差別される理不尽。それに対する怒りが心に広がっていく。
「よかったじゃないか、余ってて」
一番近くの装置の前にいた仁がそう声をかけた。
「流石に一人だけ高速詠唱機がないっていうのは格好つかないしな。まあ、動くかどうかは分からんが……」
仁はそこで言葉を切り、優にあてがわれたボロの詠唱機創造陣に視線を向けると、プッと噴き出した。
「不遇民ならあれでも御の字だろ」
友人だと思っていた相手からあからさまに馬鹿にされたことでついに優は我慢が出来なくなった。
「何だよ、その態度は! 俺が不遇民だからか!」
仁に叩きつけるように言葉を放つ。が、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「そんな訳ないだろ」
「え?」
思っても見なかった言葉に優の思考がフリーズする。
「不遇民だろうと上位者であろうと、そんなのはこの世界でのルールでしかない。俺はそれを理由に態度を変えるような器の小さい男じゃねーよ」
「じゃあ何で……」
「尚子さんがいないからだよ」
「な、何?」
仁は面倒くさそうに前髪を掻き上げる。それは口止めされていることを口にする時にする仁の癖だ。
「俺や透、クラスメイトがお前を対等に扱っていたのは尚子さんにそう頼まれたからだ。クラスでの居心地が悪いと可哀想だっていう理由でな」
「なっ!」
優は絶句した。それは仁や透を始めとしたクラスメイトの豹変以上にショッキングな事実だ。
その後のことは良く覚えていない。ただ、気づけば、優は自分に割り当てられた詠唱機創造陣の前に立ち、そこにある窪みに両手を置いていた。
「おおっ! 動いた、動いたぞ」
優の詠唱機創造陣を操作していた男達が驚いた声を上げる。それと共に目の前の装置が不快な振動を立てはじめた。
(ポンコツじゃねーか)
詠唱機創造陣の発する何かが詰まったような駆動音を聞きながら、優はふて腐れた顔をした。
(だが、俺もこいつと同じか)
対等だと信じていたクラスメイトの態度は上辺だけ。そして、自分の自慢の種であった美しい恋人からは憐れまれていたとは。
(平穏だと思っていたのは俺だけか)
この世界アールディアに召喚された時、何かおかしいと感じた。そして、次第に理不尽さを感じるようになった。が、何のことはない。今までがおかしかっただけなのだ。
(畜生っ!)
その叫びと共に何かが優の中で息吹を上げた。今まで感じたことがないその何かは次第に膨らみ、熱を持っていく。
(畜生っ! 畜生っ! 畜生っ!)
優の叫びに呼応するように詠唱機創造陣が振動し、火花を散らす。装置の周りにいた男達は次々と逃げだしたが、優はその場から離れなかった。
(仁め! 透め! クラスの奴らめ!)
詠唱機創造陣から上がる火花が次第に増えていく。
(尚子さん、いや、尚子っ!)
優の中で何かが弾ける。そして、その瞬間、新たな力がアールディアに誕生した!
(許さんっ!!!)
読んで頂きありがとうございました。次話は明日の朝~昼ごろに投下予定ですので、よろしければまた読んでやって下さいっっっ!