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In The Frostfellow PieceS  作者: 牛蒡
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天使思春期間



酷い雨の日だった。

旧セントラルの大通り。

脇道から入る路地裏にその入り口はある。らしい。

向かう途中で傘は折られた。人混みにもまれる中、うっかり傘を手放してしまった。開いたままの傘はそのまま地面に触れることなく、人外と人外に挟まれてパスタのように折れてしまった。

本当、最高。そう思うしかないくらいのずぶ濡れ。


走っても雨はよけられない事くらいわかっていたけど、今はとにかく地獄の業火すら羨ましい。

髪の毛をぐしゃぐしゃに顔に貼り付けながら先を急ぐ。

手前から14番目の脇道に。




「何がどうなってる…?」

土砂降りの中、確かに苔まみれの路地裏に入ったはずだった。

だが、俺は頭のてっぺんから足の爪の先までびしょびしょのまま、清潔で柔らかいピンクの絨毯を靴で踏みしめていた。

クリーム色に細かいピンクの装飾がされた壁紙。中央には丸い赤のラグ。

白が基調の家具が並ぶ。

その真ん中の机で、優雅に紅茶の香りを嗅ぐグラウクスがいた。

「………おかしいな、良い紅茶を選んで買ったはずなのに、ドブネズミみたいな匂いがする」

「馬鹿にしてんのかこの野郎。お前が来いと言うから来たんだぞ」

確かに今の俺は道化師も腹を抱えて笑い出すほど滑稽だろうよ。

グラウクスは湯気の向こうからにやりとしてみせた。いつものだ。自慢げに部屋を見渡しながら説明を始める。

「私の知り合いの獲物に違法の空間構築士がいてな。悪さを働くもんだからとっ捕まえたんだが…戦いの中で面白い能力だと思って、見逃してやる代わりに造らせた空間だ」

「あぁ、いいな。俺達の息以外何も聞こえない。それに不気味なくらい居心地のいい温度だな。まるで"天国"だぞ、ここ」

「馬鹿にしてんのかこの野郎」

一瞬で顔をしかめた。ふん、と鼻を鳴らして紅茶を一口飲む。

「そこのチェストの上にタオルを置いてある。使え」

通り過ぎた道を振り返ると、チェストの上にさっきまではなかった青いバスタオルが綺麗に畳んでおいてあった。

「どうも…で、秘密基地に呼んでなんの用だ?」

顔に貼り付いた髪をタオルで拭き取り、グラウクスの座る長椅子の隣に腰掛けた。ベロア素材のクッションが取り付けられている。

「…向かいに椅子があるんだから隣に座らなくてもいいだろ。濡れた服がくっ付くから近寄るな」

「なんだよ。いつもこのポジションで話してたから、対面すんのは気持ち悪いんだ」

昔はよくうちにある布地のソファの触り心地が良いからって、自ら俺の隣に座っていたくせに…

「…前に言ってたグテナマルシェの極秘情報、手に入れたぞ」

「今なんて?!」

俺の驚いた声に満足そうな笑みを浮かべ、クリアファイルに挟まれた書類をチラつかせた。なかなか厚い紙の束だ。

「全く、トップがネット嫌いだここまで苦労するもんなんだなぁ。ただ、古風すぎて私にはセキュリティが甘すぎだった」

「見つけたのか、グテナマルシェの開催地!ネットの情報は、よく知りもしない奴が書き込んだような内容で当てにならないってアラストルも頭抱えてたんだ!」


空間構築までしてかなりインパクトのある登場の仕方をしたっていうのに

この男のリアクションときたら、情報をチラつかせた時の方が爆発的だった。

………。

「…まぁ、そういう捜査を得意とするのが人外だからな。簡単じゃなかったんだ」

クリアファイルを背中の後ろへ隠す。ヴァイゼは少し悔しそうな顔をして私を睨んだ。

「前回はフェローズのクリームチーズワッフルだったな、今度はなんだ?ホリンの言っていた新作か?ユーラスア北駅のだろ?」

「い、いつまでも私がお菓子で釣れると思うな。私は人じゃないんだぞ」

「あんまり大金求めるなよ、俺が袖とベネディクトを養うので手一杯なのは知ってるな」

「………そんなにこの情報が惜しいのか」

奴は当たり前だと言わんばかりに目を細めた。まだ濡れたままの白いシャツが鎖骨にへばりついている。

咄嗟に顔を背けてしまった。

なんだかすごく腹立たしい。

よくわからないけど…よくわからないけど!こいつが全部悪い事だけはわかる!

「そんなに欲しいなら…」

クリアファイルから紙の束を出し、ヴァイゼに差し出す。彼はそれを受け取ろうと手を伸ばした。

が、その前に私が目の前でまっぷたつに破り、カーペットの上に叩きつけた。

いつ間にかカップの中から紅茶はなくなっていた。

「?!おい、何やって」

「そんなに欲しいなら、拾って繋げてでも読め!」

少し取り乱した。スカートのひだをおさえて綺麗に椅子に座り直し背筋を伸ばして、奴の方を見ないようにティーポットから紅茶を継ぎ足した。

綺麗な水の音。

奴はピクリとも動かないままだった。

「………お前」

ふん。またお菓子で釣ろうなんて私を舐めた事を言うからだ。こいつはいつ死んでもおかしくない人間。私はこいつよりずっと格上の人外。確かに今まではお菓子ですんでいたかもしれない。

けど、私という1人のレディに対して、それは失礼極まりな

「思春期か?」

「………………………………は?」

ヴァイゼはいつの間にか書類ではなく、私の横顔を見つめていた。

「俺が嫌なんだろ?思春期ってそんなもんだ、異性が嫌になる…いや、俺もそうだった母親が嫌になってちょっとばかり反抗したりもしたさ、でも恥ずかしい事じゃない、素直でいるのが難しいだけで………天使って思春期いつだ?」

「ばっ………ばっかじゃないの!!天使に思春期なんかあるもんか!」

「俺がお菓子で手懐けようとしたのがダメだったんだろ?わかってる、だから他は何がお望みなんだよ」

いつの間にか書類なんてそっちのけで、私の肩を掴んでいた。

右目しか見えていない目で私を見つめてる。

「だ、だから思春期なんかじゃ」

いや待て。

これが思春期じゃないと本人である私が言ってしまうと、逆に思春期だと笑われて終わるんじゃないか?

また辱めを受けることになる。

クールになれ、グラウクス。人間如きに翻弄される天使であってはならないんだ。

誰かが言ってた気がする。

フィオナとかその辺。

「…そう思うなら、それでいいんじゃない?」

いつものように紅茶を一口。

木の葉を蒸したものだなんて思えないくらい美味しい。こうしてふんぞり返っていれば良いのよ、

天使らしく。

そう、ただただ天使らしく…。

「拗ねたり怒ったり焦ったり、本当どうにかしてるぞ今日のグラウクスは」

そう言うと、当たり前のようにまっぷたつの書類を拾い、クリアファイルにさしこんだ。

「んん…行くのが面倒だからここに呼んだのは私だったけど…それでも、女の子の部屋に入ったからには主の機嫌を損ねないことだな」

「それなんだが…この空間は時限式なのか?それとも構築士が生きている限りの半永久なのか?」

破れ目からどの書類を繋ごうかとクリアファイルの中身を眺めながら私に問う。本当に呑気な人間だ、つくづく思う。

「残念ながら時限式だ。魔法でもなんでもなく、構築士の能力の産物だ。ホリンや袖を見ているからわかると思うけど、その人の体力で限界はある。このスペースはもってあと三日ってとこだな」

「そうか…それは」

書類から目を離し、また私を見下ろした。


「良かったな」

「…どういう意味?」

書類は綺麗に半分だった。これなら修正も効く。グラウクスが掴んだ情報に偽りがあるかどうかは置いておいて。

「ここの空気、妙なんだよ。風の流れる音も機械音もない…本当に俺とお前だけ、真空状態にいるみたいでさ。ここ、時間が進んでないんだろう?」

ちらと見えた腕時計の秒針はこの部屋に来てからずっと止まったままだった。

グラウクスは清潔感のある部屋を好むはずだったが、部屋はピンクや白や赤。可愛いもの好きのグラウクスのほんの一面を、全面に塗りたくったような部屋だった。

「お前と会うならやっぱり…ちゃんと時間を刻んでいる世界の方が良いな」

「…何故そう思う。多忙なお前の時を止めてやってるんだぞ」

「そういう問題じゃない。ここじゃ、グラウクスに会った時間があってないようなもんだろ。お前に会う時間は少しでも進んでいた方が俺の身のためなんだ」

ここは息苦しい。人外の彼女にはわからないだろうけど。人間の俺にはとても。

「この礼は必ずするからな!もうなんでもいい、考えといてくれ!ここの空気はやっぱ人間には向いてないみたいだ」

「まっ……今度のホリンのお茶会に私も誘って!…ホリンに伝えて、他のマザーとファザーがいてもいいって…」


ドアの向こうは苔まみれの路地裏だった。

脇道から入る路地裏にその入り口はある。

旧セントラルの大通り。

酷い雨の日だった。

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