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最弱の勇者は、最強の魔女に世界を壊される。  作者: ぺんぎん
帰還世界編
48/53

悲恋

「なんで……」


 引き攣った声が出た。

 床一面に流れる銀色の髪が徐々に赤色に染まっていく。

 

 その様を望んだ癖に、いざ目の前に突き付けられると、

 混乱しているなんて、


「なんで、」


 ――いや、違う。


 俺が取り乱しているのは、そんなことじゃない。

 

「なんで、」


 刃物を突き刺した状態で、俺は彼女を見下ろしていた。

 同様に、彼女は俺を見返していた。


 その顔は何故か、


「なんで……っ、なんで笑っていられるんですか!!」


 笑っていた。

 

 血が滲み出て、辛そうに顔を歪ませながら、

 それでもいつものように笑っていた。


 その微笑みが、どうしようもなく俺を混乱させた。


「怖くないんですか! 憎くないんですか!」


 一方で、彼女が少しでも動けば、刃物を握る手に力が入る。


「貴方は俺に殺されるようとしているのに!」


 言葉と行動が全然噛み合わない。

 行動は彼女を殺そうとし、言葉は彼女の死を嘆いている。


 ――ふと、思った。


 行動自体は確かに『如月勇人おれ』のものだが、

 言葉の主導権はまるで、別人が乗り移ったような感覚だった。


 今、話しているのは紛れもなく、


「俺は貴方との約束を守らなかったのに!」


 勇者自身のものだった。


()()()


 名前を呼ばれて、我に返る。


「まだ世界が崩壊するまで時間があります」


 相手を諭すような、落ち着いた声音だった。


「ですから、」


 聖女の微笑みを浮かべながら、彼女は言った。


「私の話を、聞いてくれませんか?」



* * *



 突如、それは起きた。


『……え?』


 私の前から、人が消えた。


『神父様?』


 聖女を保護し、監視する役目を帯びた神父様。

 直前まで話していた筈の神父様が、瞬きする間もなく掻き消えた。


 神父だけではない。

 

 足が鎖で繋がれていたとしても、外の音は聞こえてくる。


 賑やかで、楽しそうで、遠い音。

 

 その音が一気に無音へと切り替わる。


『…………え?』


 呆然と立ち尽くし、何が起きたか分からない。

 ただこれだけは何故か分かった。


 私はこの日、たった一人で世界に取り残された。



 鎖で繋がれた状態で、教会に置き去りにされた私は、一人祈りを捧げていた。

 

 そうしなければいけない気がした。


 祈りを捧げている最中も、全て無音のまま。


 何日経ったのか、数えることなく、ただ一心不乱に祈りばかり捧げる日々。

 不思議と、空腹感を覚えることなく、祈りに集中していた。


 そこからすでにおかしかったのだ。


 何日も経っていれば、そのまま餓死したとしてもおかしくない。

 にもかかわらず、異常だと思うことなく、


 私は教会に居続けていた。


 すると、突然、教会の扉が開いた。


 久しぶりに聞く、人の足音だった。


 思わず振り返れば、そこにいたのは、


『貴方が、聖女様?』

『……ええ、そうです』


 自分と全く同じ顔をした少女が一人、立っていた。


 ――ああ、そうか。


『貴方は、九条梓ですね?』


 知らない誰かの名前が分かった。


『私の名は、聖女』


 驚きは自然と溶けていく。


『またの名を、睡眠過剰症候群。その根源』


 次はこの人が()()()宿()()()()()と意識が芽生えた。

 天啓と呼ぶべきかもしれない。


『初めまして、九条梓様』


 次はこの人を眠りに就かせなければならないと気が付いた。


『どのようなご用件でしょうか?』


 微笑みをもって、私は彼女を出迎えた。


 ――この日、私は初めて自分が病気の根源だと自覚した。



* * *



「何も知りませんでした」


 ぽつりと、彼女は呟いた。


「自分の過去を疑うことなく、私は聖女なのだと思っていました」


 世界を救済する為、存在する存在。


「ですが、私の役目は人を守る為ではなく、人を殺める為のものだった」


 それでも祈りを捧げたのは、役目を放棄するわけにもいかない。

 やめてしまえば、何の為の存在だったのか分からなくなってしまう。


 本能に近い強迫観念に突き動かされ、世界の為に祈りを捧げた。


 すると、教会の外から人の声は一人、また一人と増えていく。


 病原菌ひとの声が増える度に、安心感を覚えていった。


「彼等はあくまで自身を人だと認識していた」


 宿主が切り替われば、大元は自身が病気だと自覚する。

 それ以外は全て宿主の世界を構築する為の駒であり、自覚する必要もない。


 大元が自覚するのは、新しい宿主の世界を構築し、世界を存続させる為の、

 本能を呼び覚ます為ではないか。


「あくまで私の仮説ですが」

「……何故」

 

 自嘲気味に付け加える彼女に向って、俺は自然と口を開いた。


「何故、俺にそんなことを教えてくれるのですか」


 仮説と称しているが、根源自身が語る事実など聞いたことがない。

 

 この情報を現実に持ち帰れば、病気の構造を解明する糸口になるのでないか。

 空想妄想と片づけられるかもしれないが、


 それでも大した進歩じゃないのか。


 だが、同時に疑問が残る。


「俺たちにとって、貴方の『仮説』は僥倖と言ってもいい」

「……」

「だけど、貴方にとってはそうじゃない」


 彼女は睡眠過剰症候群そのものであり、根源である。

 病気を解明することは、病気自身にとても不都合なのではないか。


「聞きたいことがあったからです」


 虚空を見つめる彼女の目に、俺の姿が映った。


「聞きたいこと?」

「はい」


 力なく頷きながら、何の感情も宿らない瞳に射抜かれた。


「勇人様、貴方はこの世界を何だと思いましたか?」

「え……」

「空想だと仰いました。妄想だとも」

「……ええ」

「ですが、この世界は確かに存在していた」

「……」

「私を含めて、貴方は数え切れない程の『人』の命を奪っていった」

「……」

「たった一人を助ける為に」


 彼女は『聖女』だった。

 今、病気の根源でなく、世界を守る為の存在として問いかける。


「私達は確かに存在していた」

「……」

「そんな私達の命を奪ってまで、価値あるものはありますか?」


 ――世界の敵だった。


 『魔女』の時と同様に、『如月勇人』は世界を壊すだけの『敵対者』だった。


 そこに味方は誰もいない。

 対峙する聖女を前に、『如月勇人』は口を開いた。


「――それでも」


 刃物を持つ手に力が入る。


「それでも俺は貴方を殺す」


 流れる血に顔を歪めそうになりながら、はっきりと断言した。


「だから、」

「……もう、いいです」


 彼女は頭を振った。


「分かりましたから」


 刹那、ガラスの割れる音がした。


「……え?」


 幻想的な光景だった。


 彼女の体に罅が入り、ガラスの破片が散らばるように、

 バラバラと散っていく。


「潮時ですね」


 彼女から流れた血さえも、光に呑まれて消えていく。


「勇人様、お別れの時間のようです」

「…………」

「勇人様?」


 何も言えなかった。

 言える気もしなかった。


「何故泣かれているのですか?」


 泣いていることすら自覚していなかった。


「勇人様」


 頬を撫でる指先が、目の前でパリンと割れて消えていく。


「貴方が悲しむ必要はありません」


 何も言えなかった。


「貴方自身が仰っていたじゃないですか」

「……?」

「貴方が好きなのは私ではありません」


 儚げに微笑む彼女の頬に罅が入る。


「私も同じです」


 彼女の目は愛おしげに誰かを見ていた。


「私が好きだったのは……」


 その誰かが誰なのか気づいた瞬間、


「勇者様だったのですから」


 微笑みと共に、彼女は消えていった。


「聖女様……?」


 世界が崩れていく。


「……っ」


 後にはもう、何も残らない。


「う……」


 それでも、『俺』は、


「う、ああああああああああああああああああああああ!!」


 慟哭のような叫びを響かせた。

物語の主人公達が悲劇を回避する。その為に生まれる悲劇がある。

その悲劇の主役は案外、主人公達の『敵対者』側だったりする。


今回はそんなお話になっています。何か突き刺さるものがあれば幸いです。

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