正解
聖女様は息を呑んだ。
揺れる紅の瞳に、俺が映っていた。
「ここは『如月勇人』の為の世界じゃない。『勇者』の為の世界だ」
なら、答えは簡単だった。
「貴女が何故囚われているのか。何故梓の姿をしているのか」
「……」
「何故、梓の姿なのに、梓の性格を受け継いでいないのか」
この世界は、勇者が強く在れる場所だ。
その望みを叶える為だけに、存在しているのだとしたら。
「最低な話ですよ」
出た結論に、そんな感想が零れ落ちた。
「勇者にとって、九条梓は、」
包丁を握り締める手に力が入る。
「弱者じゃない」
守られてもくれない。
「だから、都合が悪かったんです」
ここは勇者が強く在れる場所。
裏を返せば、勇者よりも格上の相手が存在できない場所だった。
仮にいたとしても、仲間になり、勇者を支える存在。
その立ち位置にいなければいけない。
ここはそういう世界だった。
「もし、九条梓がこの世界にいれば、」
思わず自嘲気味な笑みを浮かべた。
「確実に支える存在だけではいてくれないでしょうね」
魔女として力を振るった事実から、証明できる話だった。
「だから、貴女だったんです。聖女様」
もう一歩、足を踏み出した。
「聖女様、貴女は間違いなく九条梓そのものだ」
「……」
「だけど、性格はそうじゃない。それは勇者にとって都合がいいからですよね?」
睡眠過剰症候群の大元は、患者にとって最も魅力的な存在になっていく。
かつて鬼頭先生が言っていた。
言い換えれば、最も都合がいい存在と化していくのだ。
だとすれば、目の前にいる少女は、
「聖女様、貴女は間違いなく勇者にとっての想い人です」
「……」
「勇者に守られていてくれる。そんな存在なのですから」
九条梓の姿をしていて、
人の為に懸命に祈りを捧げ、
『勇者』が『守りたい』と思えるような、そんな存在。
それが聖女様だったのだ。
「絶対に死なないと、貴女は言っていた」
言葉の代わりに、感情が読み取れない眼差しを向けられた。
「それも当たり前だった。俺が、勇者だったから」
他の何を壊せても、勇者に聖女様は殺せない。
聖女様は世界の象徴そのものなのだから。
「だけど、俺なら殺せる」
勇者としてではなく、如月勇人としてなら、
彼女に刃が届いたのだ。
「死んでください、聖女様」
言葉を合図に、勇人は一気に駆け出した。
包丁の切っ先を、聖女様へと向けて、そして、
「勇人様」
鈴が鳴るような声音で、名前を呼ばれた。
「正解です」
その言葉が告げられたのは、
勇人が彼女の胸元に包丁を突き刺したのと、
ほぼ、同時だった。




