無傷
「聖女様」
「はい、勇者様」
「聖女様は知っていたのですか?」
微笑む聖女様に向かって、俺は尋ねた。
聖女様は微笑むばかりで、答えようとしなかった。
構わず、俺は言った。
「この世界が俺の病気で、その副産物で、妄想で、」
「……」
「貴女は俺の病気そのもので、」
「……」
「そもそも、この世界が俺自身を殺そうとしていた」
今も、九条梓を殺そうとしている。
「その事実を、貴女は、知っていたのですか?」
「いいえ」
即答だった。
「何も知りませんでした。勇者様のことも、世界どころか、私のことすらも」
どこか自嘲気味な様子だった。
「知ったのは、ごく最近でしたから」
聖女様は微笑みをもって、事実を告げている。
そんな様子だった。
「どういう意味ですか」
「……」
聖女様は答えず、俺のことだけを見ていた。
「――ところで」
聖女様は話を変えてきた。
「私を殺さなくてもいいのですか」
本題だった。
「待っている方がいらっしゃるのでしょう?」
聖女様の態度は変わらない。
変わらないのに、気配が変わった。
「大丈夫です。勇者様」
「何を、」
「私は死んだりしません」
神に祈りを捧げるように、両手を合わせる。
「絶対に」
安心させるような笑みだった。
「……試してみないと分かりません」
「はい、試してみて下さい」
それが合図だった。
震える手で剣を握り締め、駆け出した。
聖女様は動かない。
切っ先が彼女の首に届く、直前。
ガシャンと、ガラスが割られる音がした。
「え……?」
何が起きたのか分からない。
気付けば、俺は、聖母を模した天井のステンド硝子に叩きつけられていた。
そのまま、ガラスの破片と共に、床に落下する。
「大丈夫ですか?」
美しいガラスの破片が散らばる中、儚い声が耳に届く。
顔を上げれば、聖女様が心配げにこちらを見つめていた。
「……っ!」
痛みに耐え、距離を取り、剣を握り締める。
「……」
聖女様は何も言わず、床に散らばる硝子に目を向けた。
「……勇者様のことですから」
「?」
「勇者様はきっとご自身が壊したものに心痛めている筈です」
細い指先が破片に触れる。
「ですが、問題ありません」
そのまま、そっと破片を両手で包み込み、
「壊れたのでしたら、」
聖女様はふっと微笑んだ。
「直せばいいだけの話ですから」
瞬間、あり得ないものを見た。
「え――」
散らばった破片が次々と浮いていき、
天井に元通りのステンド硝子の聖母を形作っていった。
「……」
痛みも忘れ、ただただその光景に息を呑んでいた。
「これで問題ありません」
聖女様は目を細めた。
「勇者様、周囲の修復はお任せください」
冷や汗が背中を伝っていく。
「ですから、勇者様は何度でも、」
目の前にいる少女は間違いなく、
「私を殺しに来てください」
病気の根源そのものだった。




