渇望
「なんで、お前なんだよ」
言葉は詰っているのに、その声は辛そうだった。
* * *
「何百面相してるんだよ、掃除中だぞ」
「……勝行」
学校の掃除中、俺は声をかけられた。
幼馴染みの平野勝行だった。
「何がっかりした顔してんだよ」
「……してたか?」
「してたな」
「……悪い」
一瞬、肩を叩かれた瞬間、梓かと思ったのだ。
反射的に振り返り、勝行だと分かって、
落胆に近い感情が広がったのは否定できなかった。
「九条さんか?」
びくりとした。
「分かりやすいな、図星かよ」
「……悪い」
笑う勝行に、俺は目を逸らした。
何となく気まずく思った。
「喧嘩でもしたのか」
「喧嘩……」
『早く仲直りしてよね、兄さん』
和葉の言葉を思い出す。
仲直りと言われても、喧嘩したわけじゃない。
むしろ、
「喧嘩の方が楽だったな……」
「なんだよ、急に」
「いや……」
言い淀んでから、俺は言った。
「振られた」
「……は?」
「振られたんだよ、梓に」
言葉にすると、ずしりと重みがのしかかってくる。
そこまで重くないゴミ袋が、急に重くなった気がした。
「……冗談だろ?」
「冗談じゃない、俺は」
「冗談だろ」
先程よりも強い口調で、勝行は俺の言葉を遮った。
様子がおかしい。そう思い、振り返れば、憎悪にも近い眼差しが、俺を見ていた。
「あり得ないだろ、お前が振られるなんて」
「何言って、」
「お前が振られるわけがない」
胸倉を掴むような勢いで、勝行は断言した。
「でないと、オレが、」
吐き出すように、勝行は言った。
「オレが振られた意味がない」
「どういう意味だよ、それ……」
「言葉のままに決まってるだろ」
真意を明かさず、勝行は俺を睨みつけた。
「オレがお前が羨ましい」
『オレは、お前が羨ましい』
一瞬、前に聞いた言葉を思い出す。
「オレは誰かを羨んだことなんかなかった」
「……」
「羨まれることはあってもな」
傲慢にさえ感じる言葉だが、勝行の場合は妙に納得してしまう。
彼は何でも持っていたからだ。
「だけど、勇人。お前は別だ」
睨みつけてくる強い眼差しは変わらない。
なのに、同時に憎悪とはまた違う、感情にすり替わっていた。
「お前は俺が欲しいものを持ってる」
理不尽なものを見るような目だった。
「正直、意味が分からないんだ」
俺を睨みつけながら、何故か別のものを見ているような様子だった。
「なんで、お前なんだよ」
答えをもらえず、途方に暮れているような、
そんな声だった。
「…………」
正直、なんと言えばいいのか分からなかった。
目の前にいる幼馴染みは、俺に答えなんか求めてない。
「俺は、」
だけど、何故かこんな言葉を口にした。
「俺はお前が羨ましかった」
勝行からすれば、何の意味も持たない言葉かもしれない。
何度も向けられた言葉かもしれない。
それでも言わずにいられなかった。
「俺は何にもなかったから、なんでもあるお前が羨ましかった」
ほとんど覚えていないはずなのに、何故かそんな感情があった。
それだけは覚えていた。
「……過去形なんだな」
ぽつりと、勝行が呟いた。
顔を上げれば、勝行と目が合った。
「今は羨ましくないのかよ」
「今は……」
首を傾げた後、俺は言った。
「今は勝行が近くに感じるな」
「なんだよ、それ。やめろよ気持ち悪い」
失礼な言い草をされた直後、掃除の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「やべえ、掃除道具片付けないと」
勝行の言葉に、俺は我に返った。
そういえば、俺もゴミ袋を持ったままだった。
慌てて、片付けに向かおうとした直前、
「なぁ、」
勝行に声をかけられた。
「なんだよ」
「今更だけどさ……」
「?」
「俺の名前、覚えてるんだな」
「は?」
本当に今更な話だった。
「覚えてるに決まってるだろ」
「……そうか」
どこかほっとした様子で、勝行は、
「なら、よかった」
笑っていた。




