姿
「聖女、様」
「はい、勇者様」
震える声で呼べば、『聖女様』は嬉しそうに微笑んだ。
あの世界の中で一番、貴女のことを考えていた。
あなたがどうすれば自由になるのか、笑ってくれるか。
――幸せに、なってくれるか。そればかり考えていた。
今も会えないと思っていた人に会えたら嬉しい。
嬉しい筈なのに、俺は、
「……ですか」
「え?」
「梓は、どこですか」
そんな言葉を呟いていた。
「……勇者様」
『聖女様』は愁いを帯びた表情で、俯いた。
「私に会いたくなったのですか?」
「それは、」
「私は勇者様にこうしてお会いできたこと、とても嬉しく思っております」
『聖女様』はゆっくりと顔を上げ、俺に近付いてくる。
とっさに身構え、後ずさろうとした俺の手を、『聖女様』はそっと握ってきた。
「!」
「勇者様、どうかまた私に会いに来てください」
慈愛と悲哀を併せ持った瞳と、目が合った。
「私、待っていますから」
「聖女様……」
「――勇人?」
直後、切り替わる。
そうとしか言えないぐらい、あっさりと。
『聖女様』は、『梓』になった。
「勇人、どうしたの?」
「あず、さ……」
「何?」
何かを言おうとした。けど、音にもならず、そのまま何も言えなかった。
そんな俺に何を思ったのか、梓がポツリと呟いた。
「……そんなに似てる?」
「え」
「私。聖女様と」
頭を殴られたような衝撃が襲った。
「勇人は聞いてるんでしょ? 私の今の状態」
「……ああ」
梓は今、自分の意志で勇人の病原菌を移植した状態だった。
あの対睡眠過剰症候群用のヘルメットは、
いくつものルールを順守しなければならない。
とはいえ、ある意味拍子抜けするような規約ばかりだった。
無茶をしない。
深追いしない。
現実と常に意識し続け、夢に呑み込まれない。
睡眠過剰症候群の患者のためというよりも、
ヘルメットの使用者の安全を優先する項目ばかりだった。
そんな中で特に念押しされる項目が存在する。
――決して可能だと考えても、患者のために自己を犠牲にしない。
患者は夢を現実だと考えている。
万が一夢で重傷を負えば、脳が現実で負った傷だと誤認し、
そのまま帰らぬ人になるケースがある。
その傷をなかったことにすることが、ヘルメット使用者にはできる。
ただしそれは絶対にやってはいけないことだった。
重傷を負ったと思うなら、患者を見殺しにする必要性があった。
それが深追いしてはいけない項目に該当する。
現実だと考える患者の意識とリンクしすぎてしまい、
結果、多少なりとも脳にダメージを負ってしまう。
その隙を病原菌は見逃さない。
ただでさえ、ヘルメット使用者によって、患者の世界は滅茶苦茶になり、
病原菌に不都合な世界に成り果てている。
そんな危機状況を脱するために、病原菌は新たな宿主を求める。
それが、患者と近しく、更にダメージを負ったヘルメット使用者になるのだ。
患者と近しければ、
患者と同じような価値観や交友関係が近い可能性があるからだ。
そのため病原菌は古い宿主を捨て、新たな宿主に移る。
結果、ヘルメット使用者は睡眠過剰症候群に陥ってしまうのだ。
――梓は今、そんな状態に置かれている。
「なんであんなことしたんだよ……」
「……」
「俺なんか見殺しにすればよかっただろ」
「勇人ならできたの?」
「え……」
「勇人なら、私を見殺しにできる?」
「それは、」
「私はできなかった」
断言した後、梓は言った。
「聞きたいことがあったから」
「……前にも言ってたな」
「教えて、勇人」
梓は真っ直ぐに俺を見て、問いかけた。
「私に告白したのは、本当に私の為?」
「え、」
「それとも聖女様と間違えて?」
「なんで、そんなこと聞くんだよ」
「だって、勇人言ってたじゃない」
告白した直後、そのまま倒れてしまい、意識朦朧とする俺は、
抱き起こそうとする梓に言ったらしい。
『――聖女様』
「――って」
殴りつけられたような衝撃を受けながら、ぐわんぐわんと梓の声は響き渡る。
「あの日からずっと気になっていたの」
梓の目は、真っ直ぐに俺を捉えていた。
「教えて、勇人」
投げかけられる問いかけに、俺は、
「結局、勇人の好きは、誰のもの?」
答えられないままだった。




