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最弱の勇者は、最強の魔女に世界を壊される。  作者: ぺんぎん
帰還世界編
32/53

微笑み

 足を踏み入れたら、そこは別世界だった。

 前からここは神聖にして、神域。


 銀色の髪を持つ少女がいるだけで、ここは息を呑むほど美しい場所になる。

 だからだろうか。

 ここの雰囲気や少女の境遇を思えば、苦手だったのに、

 何度も足を踏み入れ、少女と言葉を交わし、

 この空間に魅入られられていたのは。


 しかし、それも今日で終わる。


「……」


 わざと足音を響かせる。

 すると、少女がゆっくりと振り返る。


 驚いたのも一瞬で、少女は慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、

 胸の辺りに、両手を重ね合わせる。


「……おかえりなさいませ」


 荘厳な雰囲気すら纏わせ、少女はこちらを迎え入れてくれる。


「勇者様」


 迎えてくれるその声は、確かに聖女のものだった。




* * *





「勇人、終わった?」

「…………梓」


 話を終えた俺は、長椅子に腰かける梓に声をかけられる。

 一見、梓に変わりはない。


 睡眠過剰症候群の患者は皆そうだと先生が言っていた。

 だけど――


「勇人、一つ聞いていい?」

「ああ」

()()()()()()()?」


 梓が睡眠過剰症候群の初期段階だと診断を受けた。

 家族には後で話を付けるらしい。


「確かに体調は悪いように見えたかもしれないけど、それだけって訳じゃないでしょ?」

「…………」

「今がいつかって聞いてたけど」

「…………」

「あれが初期段階を見抜くコツ?」


 梓は普通に西暦を答えた気になっているかもしれない。

 自覚もない。


「梓」

「?」

「梓が言ってたのは西暦じゃない」


 梓が口にしていたのは、


「ただの文字羅列だ」


 たとえば、睡眠過剰症候群の患者と健康な人間に、全く同じ質問をする。

 計算でも食べものの名前でも、それこそ西暦でもいい。


 健康な人間は計算の答えを口にする。

 患者も同じように口にする。

 

 ただし、この質問は間違えようが正しかろうが大して重要ではない。

 問題は、答えが答えになっていない場合である。


『1足す1は?』

『2』


と答えが返ってきたとして、患者の場合は、


『1足す1は?』

『あkgfはた』


 ――ふざけているわけでも酔っているわけでもなく、

 患者本人はあくまで真面目に答えを述べていると考えているのだ。


 勿論、全部が全部、初期症状を表しているのかといえばそんなことはない。

 あくまで目安の一つだが、


 それでも、一つの指標にはなる。


 実際、勇人も目覚めた直後、西暦を問われ、答えられなかった。

 ただ、先生は答えられなかったことよりも、文字の羅列を口にしないことに安堵していた。


「そうなんだ……」


 ポツリと呟いた後、ぼんやりと何かを考えている梓に対し、

 もう一度『梓』と呼びかけた。


 けれど、反応がなく、もう一度『梓』と呼びかけようとして、


()()()


 酷く懐かしい声が聞こえた気がした。

 声は梓のものなのに、その音は俺の中で酷く懐かしさを覚えるものだった。


「勇者様、お久しぶりです。お元気でしたか?」


 梓の姿で、梓が普段しない透明な声で、


「旅の道中、様々なご苦労があったと察します」


 話しかけてくれるその人を、俺はよく知っている。


「ですが、こうしてお会いできたことをとても嬉しく思っております」


 喜びに満ちた儚げな微笑みは、梓のものじゃない。

 それは紛れもなく、


「勇者様」


 『聖女様』のものだった。

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