拒絶
「勇人?」
ハッと我に返れば、勝行が怪訝な顔をしていた。
「お前、大丈夫かよ?」
「ああ、悪い。大丈夫だ」
「ホントかよ……?」
心配されるのが、妙に居心地が悪かった。
「……あ」
長い黒髪が目に映る。
彼女だ。
「梓……」
「…………」
眠そうに目を擦りながらも、梓と目が合った。
黒い瞳に自分が映っただけで、何故か心臓の音が早くなる。
だけど、
「…………」
梓は何事もなかったかのように、『俺』と勝行の横を通り過ぎていく。
その姿が酷く苦しく感じた。
「お前ら……喧嘩でもしたのかよ?」
「…………別に」
勝行の言葉に、『俺』は答えられなかった。
* * *
「俺はなんで生きてるんですか……?」
滑稽な話だ。
世界の為の行動が、結果的に自分の首を絞めていたなんて。
にもかかわらず、生きていることが不思議でならなかった。
「彼女のおかげだよ」
穏やかな瞳が、眠る少女に向けられる。
「九条梓君。彼女のおかげで、君は命を取り留めた」
どういうことなのか。また聞こうとして、
脳裏を過ぎる姿があった。
「……魔女、ですか……?」
「ああ、そうだ」
あの世界を滅ぼさんとした、最強の力を持つ『魔女』の姿。
それが眠る少女と重なった。
「彼女は『魔女』として、君の『あの世界』に現れた」
「現れたってどうやって……」
「…………睡眠過剰症候群の患者を救う手立ては他にもあるんだ」
それが『俺』と彼女が被っていたヘルメットに隠されていたらしい。
あれはただのヘルメットではなく、
第三者と患者の脳――意識を繋げることができる仕組みが備わっていた。
「これを被るだけで、第三者が患者の意識、夢の中に入り、干渉することができる」
第三者は患者に近しい者であればあるほどいい。
患者の世界に入り込みやすく、また患者がその相手を意識しやすくなるからだ。
「患者にとって病が見せる世界は魅力的だ。だから、干渉することで逆に思わせればいい」
――素敵だ、魅力的だ。素晴らしい。
――この世界は、患者にとって都合が良い世界だ。
患者を救うには、その認識を覆す他ない。
第三者は世界に干渉し、患者の都合の悪いことを次々を行っていく。
つまり、第三者が患者に都合のいい世界を生み出す病原菌を殺していく。
それによってその世界の均衡は崩れ去り、やがて壊れていく。
壊れる世界を嫌えば、患者は半強制的に昏睡状態から目覚めることができる。
「患者が、あの世界の中で、『魔女』を討てなかったのは……」
「明晰夢のようものだよ。『あれ』が現実だと思っている君よりも、夢だと思って行動する彼女の力の方が強い」
夢の中で願いが叶うのは、干渉してくる第三者にも適用される。
もっとも、その願いに溺れたら帰ってこれなくなるリスクもあるが。
だからこそ、この世界は夢だと割り切り、
その力を逆に利用し、病原菌が生み出す世界を壊したいと望む。
たったそれだけで、病原菌は殺されていく。
「何より君が彼女の存在を意識してくれたのも大きい」
「俺が?」
「そうだよ」
どんな感情であれ、世界を壊していく存在を認識すればするほど、
その存在の力は強くなっていく。
何故ならそれは、『俺』が九条梓という『現実』を直視しているのと
殆ど変わりないからだと告げられた。
「だからこそ、君は戻ってこれた」
「俺は……」
「全ては彼女のおかげだ」
* * *
それから『俺』は、『梓』が起きるまで待ち続けた。
こうしてみれば、普通の少女と何ら変わりない。
長い黒髪が流れる様は、『魔女』を彷彿とさせた。
守られていた。
ずっと、敵だと思っていた相手が、実は自分を救おうとしてくれた。
そんな状況をすぐに呑み込めるほど、混乱が収まっていない。
そもそも、彼女は何故、『俺』を、
「助けてくれたんだ……?」
「聞きたいことがあったから」
「!?」
独り言に答えが返ってくるなんて思わなかった。
ヘルメットを着けたまま、ゆっくりと彼女は上体を起こした。
ヘルメットが外される。
綺麗な黒い瞳と、目が合った。
「……梓」
「勇人、久しぶり」
嬉しそうに笑う彼女は、他の誰かを彷彿させた。
「元気? 体調は? 大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫、だ……」
「そう、よかった」
妙に緊張してきた。
一方でこのやり取りがどこか懐かしさを覚えた。
「和葉ちゃんも心配してたのよ」
「…………和葉?」
「勇人の妹よ」
「妹……。妹がいたのか、俺……」
そうだ、あの世界で何度も『兄さん』と呼ぶ声を思い出す。
あれがもしかして、俺の――
「勇人」
「……っ。な、なんだよ」
『勇人』と呼ばれる度、びくりとした。
違和感がそうさせているとかではなくて。
むしろ、逆のような――
「勇人は覚えてる?」
「え」
「私に告白したこと」
――告白。
瞬間、思い出す。
初めて夢を見た時、『俺』は誰かに告白していた。
好きだって。
あれは彼女に向けた言葉だったのだ。
「あの告白の返事だけど……」
「ああ……」
「断るわ」
「…………え?」
冷たい水を一気にかけられた気分だった。
「私は勇人の気持ちには応えられない」
「……な、んで」
無意識にそんな言葉は零れ落ちた。
「それは……」
一瞬躊躇する素振りを見せた後、梓は言った。
「勇人の『好き』は私じゃない。『聖女様』のものでしょう?」




