暗示
舞を踊っている。少なくとも、勇者にはそう見えていた。
隊員達が弓を射て、剣を抜き、次々と襲いかかってくる。
しかし、『魔女』はそれを歯牙にもかけない。
黒髪が揺れ、感情の乗らない瞳が隊員達を映す度、
漆黒のドレスはふわりと広がる。
それだけで、人が死ぬ。
死んで、死んで、死んで、死んで、
死に続ける中、それでも隊員達と魔法使いの攻撃は止まらない。
「ああああああああああああああ!」
「うああああああああああああああああ!」
「ぎゃあああああああああああああああああ!」
咆哮と悲鳴と、断末魔が入り混じり、
もはや誰が死んで、誰が生きて、戦っているのか。
勇者には分からなくなっていた。
「勇者、早く殺してよ!!」
魔法使いが勇者に言い放つ。
「魔女、すぐ側にいるんだから!!」
殺そうとした相手に言う台詞じゃない。
仲間に対する頼みというよりも、殆ど奴隷に対する命令に近い口調だった。
「世界がどうなってもいいの!?」
いいわけがない。
なのに、それでも動かないのは、
『魔女』が後ろ姿を見せているせいだ。
がら空きで、勇者に殺されるかもしれないのに。
それでも、『魔女』は勇者の側から離れない。
その後ろ姿が、他の誰かと重なって見えた。
『夕日が綺麗……』
夢に引きずられるような感覚。
だけど、不思議と嫌ではなかった。
『彼女は君の為なら世界を壊す』
錬金術師の言葉が脳裏を過ぎる。
戦い続ける彼女の姿を見て、その言葉の意味を知った。
『魔女』に守られる自分が、無性に情けなく思った。
だからだろうか。
遠くの物陰で、何かが光った。
その光が、『魔女』に向けられ、放たれた。
毒矢だと勘付いたのと、立ち上がったのはほぼ同時だった。
反射的だった。
『魔女』を抱きかかえるようにして、勇者は後ろで毒矢を受けた。
瞬間、倒れ込む。
「う……」
呻き声を洩れながら、朦朧とし始める視界で、『魔女』を見た。
「…………」
何が起きているのか分からない。
そんな表情を浮かべ、倒れる勇者を見ている。
「今だ! 魔女を殺せ!」
「勇者ごと殺してしまえ!」
「殺せ! 殺せ!」
一斉に襲いかかってくる。
「にげろ……」
言葉が発した筈なのに、息が洩れるだけだった。
「………………」
赤黒い瞳の中にゆらりと焔が揺れ動く。
瞬間、悲鳴もなく何もなく、黒が飛び散ってくる。
「ゆう、しゃ……」
魔法使いの声が聞こえる。
魔法使いが死ぬのだと、見てもいないのに何故か分かった。
「なん、で……」
その言葉を最後に、魔法使いの言葉は聞こえなくなった。
飛び散った黒が、『魔女』の白い頬を流れて落ちる。
その様が、まるで泣いているように見えた。
* * *
「――君」
気を失っていたのか、あるいは死ぬ間際なのか。
目を開けているのに、何も見えない。
「落ち着いて、君は死んでなんかいない」
「俺、は……」
「傷も負っていない。君は無傷のままだ」
「そん、なこと……」
「ありえるんだよ」
穏やかで優しい声音が、言い聞かせてくる。
「少なくとも、私が見ている君は今も変わらないままだ」
死への恐怖を和らげるためなのか。
それにしては悲哀もなく切迫した雰囲気もない。
「いいかい? 君は死んでなんかない。生きているんだ」
「俺は……」
「だから、大丈夫だよ」
言い聞かされた言葉が、やがて体に染み渡ってくる。
死んでいない、生きている。
そのことが事実であるように思えてきた。
だったら、
「まじょはどこですか……」
「彼女かい?」
「あいつ、ないていて……」
黒い血が涙に見えただけで、錯覚なのに。
無性に、彼女の安否が気になった。
「……君。一つ聞きたい」
「……?」
「君は、これからどうしたい?」
声が確認するように問いかけてくる。
「俺は……」
何がしたいのか。
「俺は、目を開けたい」
目が開いているのに、真っ暗で、何も見えない。
これでは何もできない。
だから、
「目を開けて、何が、起こったのか、知りたい……」
「……」
「それが、俺の……」
「分かったよ」
穏やかな声が降ってくる。
「君は目を開けられる」
声が告げる。
「目を開けたら、そこが君のいるべき世界だ」
* * *
ピ、ピ、ピ――
規則正しい機械音が、鳴り響く。
ゆっくりと目を開けたら、ヘルメットを被っていた。
バイクを安全に乗るための、ヘルメットに近い形をしていた。
(――ヘルメット? バイク?)
反射的に考えて、思考が立ち止まる。
何を考えているのか。そもそもヘルメットとかバイクとか、
一体何のことだ。
混乱している中、呼吸器が外す。
自然と起き上がり、自身がいくつものチューブに繋がれいることを知った。
母さん達が、『俺』を守るためにそうしたのだろうと容易に想像が、
(いや、だから何だ、これ……)
当たり前のように受け入れる自分に、混乱した。
呼吸器とか、チューブとか、
意味が分からない単語の羅列がいくつも浮かび、
今まで見ていた世界と、目が覚めた世界の齟齬が大きすぎて、
何が起きているのか分からなかった。
「……っ」
額を押さえながら、横を見れば、思わず息を呑んだ。
自分と同じようなものを被り、ベッドに横たわる少女がいた。
長い黒髪やその容姿を見て、すぐさま思った。
「ま、じょ……」
いや、違う。彼女の名前は、
「梓……?」
「目が覚めたかい?」
現れたのは、白衣を身に纏った医師だった。
「身体の方はどうだい?」
「……錬金術師?」
苦労が滲んだ優しげな顔は、錬金術師が重なった。
「私は君の担当医だよ」
「担当医……?」
「そうだよ、『勇人』君」
馴染みのない名前で呼ばれた筈なのに、妙にしっくり来てしまう。
「梓君のことなら心配いらない」
「え……」
「少し無理をし過ぎたから、少し眠っているだけだ」
すぐに起きると言われて、ほっとする自分にまた戸惑った。
「あの、俺は……」
「大丈夫だよ、こうなるのは予想していたことだから」
椅子に腰かけたその人は、「さて、何から話そうか」と呟いた。
「あの、さっき俺のこと……勇人って」
「ああ、それは君の名前だよ、如月勇人君」
フルネームで呼ばれ、息を呑む『俺』に、彼は更に言葉を続けた。
「私の名前は鬼頭妃。私は君の担当医で、君はずっと眠り続けていたんだ」




