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最終話

 立華さんと電話をした次の日。夜の内に台風は過ぎていて、今日は雲一つ無い快晴だった。


 太陽の眩しさが鬱陶しい程だ。


 時刻は朝の六時半。今から会いに行っても迷惑がられるかもしれないが。


『会って、ちゃんと話がしたい』


 そうメッセージを送り、電車に乗った。


 電車に乗ってから、ふと思い至って、学校の最寄り駅に着いたらまた連絡を入れる、とも付け足した。


 幸いな事に、すぐに既読になった。


 電車のスピードさえもどかしく、駅まで落ち着かないまま辿り着く。


 改札を出たところに、居た。俺がプレゼントしたネックレスをかけているのが見えて、少し安心する。


 俺は、立華さんから受けた二度目の告白をハッキリと断って、ここに居る。


「……夢、じゃないよな」


 現実感が薄くて、俺は目の前に居る風香に、つい頓珍漢な事を聞いてしまった。


「なに馬鹿な事を言ってるんですか。私ももう話す事は無いかと思ってましたけど、夢じゃありませんよ……。それで?なんですか、こんな早くから。そんなに大事なことですか?」


「……あぁ。凄く、大事な話だ。俺が今まで送ってきた人生の中で一番大事な話だ」


「……分かりました。少しだけ、移動しましょう」


 促されるまま、俺は風香に着いていって、いつも朝の待ち合わせで使っていた場所にあるベンチに並んで腰を降ろす。


「それで、なんですか」


 訊いた風香の瞳には、期待と、不安の色が浮かんでいた。


「まずは、謝らせてほしい。ごめん」


「……顔、上げてください。質問です。それは、何に対する謝罪ですか?」


 言われた通り下げた頭を戻すと、風香の表情が鋭いものに変わっている。


「……風香を、風香の期待を裏切った」


「……そうですね。私は、信じてましたよ。先輩なら気付いてくれるって」


「……遅くなったけど、気付いた。信じて、ほしかったんだな。……いや、信じ合いたかった、だな」


「そうですよ。その通りです。私も、誰かを信じられないのは、分かります。気持ちも、理由も。でも、その私にそれを思い出させてくれた先輩は、勝手に諦めてて。それも、私に会うよりずっと前から!あんなに頼っていいとか、良い顔させてくれなんて言った癖に……」


「本当にごめん!正直、期待なんかされてないと思ってたんだ……。それに、あの時は余裕が無くて、そこまで考えてなかった……」


「でしょうね。先輩があんなミスらしいミスをするのは初めて見ましたから。本気で分からないのかと思いましたよ」


「……ほんと、面目ない」


 思っていたよりは、随分当たりが柔らかかった。


 あれだけの失敗をしたというのに、ちょっと呆れた様子で微笑んでくれている。


「心配し過ぎです。大丈夫ですよ。最後にはこうしてちゃんと気付いてくれましたから。それに、言いましたよね?波があった方が良いって」


 そして、呆れた表情はどうやら、俺の心配性に対するものらしかった。


「図らずも、その期待には応えられた訳か……」


「微妙な反応ですね……」


「……まあ、風香が良いならいいけどな」


「本当は傷付けたくなかった、ですか?」


「まあ、そうだな」


「いいんですよ、別に。前にも言いましたけど、傷付いたり、裏切られたり、それくらいは覚悟してましたから。だから私、先輩が戻ってきてくれるかだけが不安だったんです」


「あぁ、そうか……」


 風香の言葉に、少しずつ心が軽くなっていく。


「それに先輩は、私を、私の言葉を信じてくれたから、こうして話をしに来てくれたんですよね?」


「まあ、それもある。一番の理由は、風香を傷付けた自分が赦せなかったからだけど」


「……本当は、あれで終わりにするつもりだったんですよね?」


「……あぁ。でも、風香が」


「みなまで言わずとも分かってますよ。先輩は誠実で責任感の強い人だって」


「……嫌なら、言ってくれ。嫌じゃないなら、俺に風香を傷付けた責任を果たさせてほしい」


「……先輩は、自信が無さ過ぎると思います」


「そうだな。……自分すら、信じ切れてない。だから、頼られたかったんだ。自分が誰かの力になれたなら、期待されたなら、それが自分を信じることに繋がると思ったんだ」


「……それなら私が、先輩の分まで先輩を信じます。沢山、期待します。代わりに、ゆっくりでも良いので、私のことも信じて、私にも期待してほしいです」


「……自信は無いけど、善処する」


「はい。……あの、先輩?」


「なんだ?」


「ちょっと、目を瞑ってもらえませんか?」


 言いながら、風香は頬を赤く染めている。


 可愛らしいお願いに、俺は素直に従う。


 すると、間もなく唇に風香のそれが重ねられて、続けて躊躇いなく舌を絡めてくる。


 背筋を駆け抜けていく、ゾクゾクとした快感。あの夜と同じだ。


 体が熱くなっていく。自分を制御する何かがオーバーヒートして壊れてしまいそうなくらいに。


 俺は風香の背に両手を回して、そっと抱き締める。


「ん……」


 それが気に入ったからなのかは分からないが、風香の舌の動きが激しくなっていく。


 舌で舌を絡め取るような動きが生み出す脱力感に、俺は思わず背中に回した手を握り込んでしまう。


 キュッと、服を摘み上げるように。


 目は閉じたままだし、開けたところで近過ぎて表情は見えないが、風香の体が少し跳ねるように反応した。


 そして三十秒近くもネットリと交わすと、苦しくなりつつあった呼吸がふっと楽になる。


 風香の体温が腕の中から抜けていくのを感じてパッと目を開くと、視界の下端で糸を引く粘液がゆっくりと落ちていくのが見えた。


 深く息を整えながらの風香が、同じく深呼吸をしている俺に言う。


「先輩……かわいい、です……」


「可愛いって、それ、褒めてるのか……?」


「どっち、でしょう……。でも、嫌いじゃないですよ」


「そうか……なら、いいか」


 風香は、左手をネコの形にして自分の胸元に当てると、そのまま服を掴む。蕩けた表情で、呼吸の乱れが収まるのを名残惜しむように。


「……それにしても、仲直りにディープキスってのは過激だな。中々に」


「……嫌でしたか?はしたない、とか思ったりしますか?」


「全く嫌じゃない。ただ、こう積極的にされると、かえって不安になるけど」


「折り紙付きの不信ですね……でも、まあ、いいです。先輩には、これからずっと私が居ます。そうすれば、信じようが信じまいが関係無いですよね?」


「……なるほどな。その発想は無かった」


「そういう事です。一緒に居る内に、行く行くは信じ合えるようになりたい。……それと、会えなかった分、寂しかった分だけ先輩が欲しくなって、というのもありますけど」


 寂しかったと言いながら、風香はわざとらしく瞳を潤ませる。


 風香がこういうあざとい手を使うのは珍しい。それくらい寂しかったと受け取ればよいだろうか。


 俺も風香と会えなくて心が渇くような感じがしたのだから、風香も或いはそうだったのかもしれない。


「……分かった。埋め合わせはしよう」


「それなら早速、良いですか?」


「なんだ?」


「先輩の家に行きたいです」


「……泊まりか?」


「はい。……ダメですか?」


「……いいけど、親に連絡しておけよ」


 言うと、風香はそれを自慢気にフッと笑い飛ばした。


「大丈夫です。先輩の家に泊まりに行くって言って出てきましたから」


「……そう、か。いや、まあ、いいけど。当てが外れたらどうする気だったんだ……?」


「万に一つも無いと思ってましたけど、夕方まで時間潰して、先輩のご家族が帰ってきたから今日は、とかそれっぽい言い訳を用意してました」


「用意周到過ぎる……。あれ、泊まるのはいいけど、着替えとかどうする気だ?」


「……あ」


 かくして、風香の見込み通り俺と風香は復縁を果たし、そして二人揃って風香の家まで泊まり用の荷物を取りに行くことになったのだった。


 何とも締まらないが、まあ今までの事を、これからの事を考えれば、これくらい気を緩めていた方が良いのかもしれない。そう思った。


 それから俺は、心の中で自分に誓った。


 必ず風香を幸せにする、と。

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