第二十二話
デート。
そう言葉にすると何とも浮ついた行為のように思えてならないが、やっている事それ自体はそう珍しくもないというのが現実だ。
ただ、時間を共有する相手が特別な場合が多い、というだけで。
風香の家ではあの後、デートはテストが終わった次の日になる今週の土曜日にするだとか、前回偶然会った場所で待ち合わせるだとか、待ち合わせ時間は十一時にするだとか、そういう具体的な事を少し話したのだが、どこへ行くかという事に関しては全く触れないままその日はお開きとなっていた。
そしてそのデートの当日。
何か考えがあるのか、或いは俺に一任されているのか、そのどちらでも良いように一応考えるだけ考えて来たのだが、少し不思議でもあった。
風香に限ってそんな試すような真似をするのか、と。
俺は相変わらず待ち合わせ時間の三十分ほど前に待ち合わせ場所に着いて、風香の姿を探す。
流石にまだ来ていないか。
屋根の外は家を出た時から変わらず厚い雲に覆われて薄暗く、天気予報の通り午後には雨が降りそうな空模様だ。
雑踏を横目に柱へ寄りかかっていると、五分もしない内に駅の連絡通路から風香が姿を見せる。
黒いシャツジャケットにスカートはベージュブラウンのセミロング。ウエストはシャツジャケットの裾に施されたフリル風の装飾とリボンで絞られ、余裕とメリハリのバランスが絶妙だ。それと、生地が全体的に薄手の物である事も見て取れた。
落ち着いた色合いで統一された装いに俺が受けた印象は、恋人同士になってから初デートだと表情を緩めていたにしては意外、というものだったが、風香の外見的な魅力を引き出すにはこれ以上は無いと思えるくらいに綺麗で可愛らしく、俺は殆ど無意識に視線を釘付けにされてしまった。
足元は珍しい事に、余り歩きやすそうには思えない踵のあるものを選んできたらしく、普段よりもすこし身長が高くなったように、脚が長くなったようにも見えた。それでも頭頂部が俺の目線にあと少し届かないくらいにしかなっていないのだが、ただ以前言っていたヒールの意味、というのはなんとなく理解できた。
鞄は気に入っているのか、前の時と同じ黒いサコッシュ。ファッションには詳しくないが、落ち着いた雰囲気を崩さないという意味もあるかもしれない。
「お待たせしました」
「全然待ってないぞ」
「私が時間ピッタリに着たら三十分も待つ事になってたでしょう?」
「その時はその時だ」
「相変わらずですね」
「そう簡単に変わる物でもないだろ」
「そうですね。ところで……」
「綺麗だよ。似合ってる」
「ありがとうございます。なんで聞きたいこと分かったんですか?」
「靴だよ靴。履いてる靴にはその人の経済、社会状況と意図が現れる。それ以外にも、玄関とかに置かれてるだけでどんな家なのか分かったりするし、そういう事を観察するならまずは靴だな」
「……なるほど。前に癖だって言ってたのはそれですか」
「そういう事」
今の場合だと、殆ど履かないと言っていたヒールまで履いて、どんな気持ちで今日に臨んでくれたのかを垣間見た、という程度だ。
それより先は、想像でしかなかったが。
「さて、折角早く集合した事ですし、行きましょうか」
促す風香に、俺は一週間抱えていた疑問をぶつける。
「それはいいけど、どこに行くんだ?」
「今日は先輩の行きたい所に行きます」
その返答は、考えてみれば全く意外ではなかった。しかし、同時に思う。
「初デートらしくないな」
「恋人同士としては初デートですけど、こうやって一緒に出歩くのは二回目ですから。前は私の行くところに付き合ってもらってばかりだったので、今日はその逆です」
「……それだと、前と変わらない場所ばっかりになると思うぞ?」
「良いですよ?私じゃなくて先輩の好きな物を見て回るなら、同じ場所でも違います」
「……なるほど」
そういう考え方もあるのか。
ただ確かに、言われてみればそうだ。最後に行った書店では俺が好きなタイトルをオススメしたが、それ以外は完全に風香主導だった。
「先輩、私に引っ張り回されても楽しいって言ってくれたじゃないですか。私も、多分一緒です。先輩の好きなこと、好きな物、沢山知りたいです」
言って、微笑む風香。
それが本心である事に疑う余地は無かった。
「そういう事なら、そうするか」
「はい」
前にここへ来た時と変わらない道を歩き出す。
極々自然に、風香が俺の手を握った。
触れているだけで沖融とした心地になる、柔らかくきめ細かな肌。
その感触が、鮮明に俺に伝わってくる。
「今日は、比較的涼しいですね」
「日が照ってないからな。雨が降らないといいけど」
「もし降っても、大丈夫です。今日は私も傘持ってますから」
「良かったよ。また風邪をひかずに済みそうで」
「持ってなくても、二人で同じ傘に入れば良いでしょう?というか、前の時だってそうして欲しかったんですからね?本当は、気付いていたんでしょう?」
「あぁ……悪いとは思ってる。そのせいで体調崩して心配かけたな。すまん」
「別に、謝ってほしいんじゃないんです。理由くらい教えて欲しいですけど」
「……そうだな。色々あるけど、風香の事が心配だったからっていうのが一番大きい。濡れて帰らせるのが嫌だったんだよ」
「なんで、そんなに私の事を?」
「野暮な事を訊くな」
「……え。それって」
「言うなって」
「あ、すいません……」
顔には出さないが、何とも面映い。
チラと視線を流すと、当の風香は少しばかり頬を染めていて、口元が普段より気持ち緩んでいる。
そして、俺の視線に気付くとすぐにいつも通りを繕って、或いはやや不満げに目を細めて、呟くように言う。
「……もっと早く言ってくれれば良かったのに」
ドキッとする。
完全な死角からの完璧な不意打ちだった。
日頃丁寧な言葉で話しているのばかり耳にしていた分、ふと出た砕けた口調がひどく新鮮で、喧騒に飲み込まれてしまいそうな程の小さなその声が、耳元で囁かれたみたいに聞こえた。
そんな、虚を突かれた動揺を表に出したのはほんの一瞬で、すぐに隠したつもりだったのだが。
「……どうしました?」
どうも気取られたらしい。
「いや……風香が可愛くて、つい」
「……なるほど。丁寧な口調の子が不意に溢す気を付けない言葉遣いに萌えるんですね」
「冷静に分析するのはやめてくれ」
「良いじゃないですか。私も好きですよ。キュンとしますよね」
「そうだな。そんな平坦なキュンは初めて聞いたが」
「もっと媚び媚びな感じで言った方が良いですか?」
「正直言うと不気味にしか思えないな」
「でしょう?」
「あぁ」
と話している内に、いつの間にか同人書店の入ったビルに到着していた。
「……よく考えたら、ここって男女の組合せで来る場所ではないな。滅茶苦茶周りの目が気になる」
「今更ですか?前回来た時に気付くでしょう、普通」
「ほら、前はそういう関係でもなかったし」
「そういう問題ですか……?まあ、とりあえず言えるのは、気にしたら負け、という事です」
「なるほどな。心得た」
「それで、先輩?何か目当ての物があるんですよね?」
「今日はラノベの新刊だな。今月発売の分は買ってなかったから、それ」
言って、その新刊がタワー状に積まれているところへ向かう。
先に目当てのタイトルは決まっていたし、特別買い物に時間を費やすタイプでもない俺は、見本誌を避けるようにしつつも素早く、手際よく選び取って行く。
サッと、商業誌だけを手に会計列に並んだ俺を見て、風香が口を開いた。
「ところで、先輩って同人誌は持ってないんですか?」
「ん?あるけど?」
「あるんですか?家にお邪魔した時、見かけなかったんですけど」
「あぁ、そういう事か。文庫本とサイズの違う本はカラーボックスにまとめて、箱ごと押し入れにしまってるからな。そりゃ見かけないだろうな」
「今度見せてもらえますか?」
「良いぞ」
「これでまた先輩の家に行く口実ができましたね」
「別に用事なんか無くても来たらいいだろ」
「……良いんですか?」
「ダメな理由が無いからな。それに俺は一人暮らしだぞ。そもそも向こうの都合で家を空けてるんだから、それくらいは俺の勝手にさせてもらっても罰は当たらないだろ」
「……じゃあ、今度またお邪魔しますね」
視線を逸らしながら控え目な声で言う風香。
桜色に染まった微笑みは、どことなく不服そうであり、幸せそうでもあった。
――――――――――。
図書カードの使えない書店を出た俺達を強めの雨が迎えて、時間もいい頃だし雨宿りがてら昼食を、という事で入った喫茶店。
前回来たところとは違い、最初から昼食を目的に選んだので、食事系のメニューの充実した店だ。
喫茶店というよりはファミレスのイメージが近いのだが、店名に珈琲と入っているのだから喫茶店と言っても良いだろう。一般的な感性は、コーヒーショップを喫茶店と言って憚らないのだから構うまい。
「まだ、雨は止みませんね」
風香が本に視線を落としながら独り言のように溢したそれに、俺は反射的に返す。
「まあ、こうしてゆっくりするのも悪くはない」
「先輩は、つまらなくありませんか?」
「つまらなくなったら、さっき買ったラノベでも読むよ」
「なら、良いんですけどね」
と、何かを心配するような言葉とは裏腹に、風香の目元は穏やかに緩んでいる。
前にもこんな会話を交わした覚えがある。それを思い出したのかもしれない。
そして、相変わらずかなりのペースでページを送っていく風香を見つめていて、ふと俺も思い出す事があった。
「……前は、ジッと見てると気が散るって言ってたけど」
「先輩の視線は、もう気になりませんよ」
「それでも、声が聞こえるくらいには、集中できてないんだな」
「それは単純に、低気圧で頭がボーっとするからです。あの日じゃなくて良かったです。雨と重なると最悪なので」
「あの日……辛かったら、何か手伝える事があったら言ってくれ」
「助かりますけど、いいんですか?先輩に得はありませんよ?」
「そんな事に気を遣える余裕があるなら、それはそれでいいけどな」
「……先輩、きっと言われた事だけちゃんとして余計な事には首を突っ込まないでいてくれそうで、つい頼ってしまいそうになりますね」
「もっと気楽に頼ってくれても良いんだけどな。何か理由でもないと風香は人を頼らないだろうから」
「……そんなつもりは、無いんですけどね」
「そうか。まあ、ゆっくり折り合いを付けたらいい」
「はい」
それから暫くは会話の無い静かな時間が過ぎていった。
金の沈黙。
お互い言葉や声を交わさない事に不快感を覚えるようなタイプでないというのもさることながら、俺は勿論どうやら風香も二人でこの沈黙を共有している時間を居心地好く感じるようになっている様だった。
それは、普段過ごす中でも存分に理解できていた筈だが、しかしこうして改めて確かめてみると、この沈黙を共有する相手が如何に特別な存在であるかという事を実感する。
沈黙を共有できる相手というのは非常に稀だ。大抵の人間とは、お互い黙りこくった状況が続くとどこかで落ち着かなくなったり、いたたまれない気分になったりするものだ。
俺にとって、風香はそういう相手の中でも特別にこの静寂感が心地好く思える。風香にとっての俺も、そうだと嬉しいのだが。
そして。
およそ一時間程が過ぎただろうか。時計は見ていなかったが、ふと目を向けた窓の先ではピタリと雨が止んでいた。
「風香」
「はい?あ、雨が上がってますね。それに……天使の梯子、ですね」
「そうだな。俺は天使の階段って覚えてたけど」
「まあ呼び方なんて些細な問題ですよ。幾つもありますし、伝われば良いんです。有名なところで言うと他にはレンブラント光線とかでしょうか?」
「そうだな」
雲間から差し込む、金色の光。
今でこそ気象現象として科学的に説明がなされているものの、旧約聖書の時代にこの光景を目にした人間が居たとしたら天使の通り道と解釈しても何ら不思議は無い。
それ程に、原理を理解していても十分に、その光芒には神秘を感じられる。
「今日は、空気が綺麗だったんだろうな」
「雨が降ったからかもしれませんよ」
「かもな。それにしたって、昼過ぎくらいの時間帯に見られるのは珍しいけど」
「そうですね」
同じ原理で、木漏れ日に光のカーテンが下りる事もあるが、緑の中に差し込むあの落ち着きは無く、ただただ荘厳と神々しさばかりを放っている。
そして、映画のワンシーンと見紛う程の幻想的なそれを見つめる風香が静かに口にした。
「先輩と一緒に見られて良かった」
「俺も、風香と見られて良かったよ」
――――――――――。
昼食を終えた俺達がやってきたのは、交通量の多い道路にまたがる形で渡り廊下のような通路まで整備された、県内でも最大級の広さを誇るモール。
端的に言ってしまえば、それなりに何でもある場所、ということだ。そこそこ専門性の高い店も幾らか入っていて、大衆的で雑多ながらも、痒い所に手が届く分野も少なくない。
歩きながら、いつの間にか俺の手を握っていた風香が、ふと口を開く。
「ここにはよく来るんですか?」
「どうだろうな。一か月に一回くらいは来るけど、よく来る方ではないと思うぞ。そんなに家が近い訳でも無いし」
「そうなんですね。でも、コーヒー豆はここで買ってるんですよね?」
「気付いてたのか」
「淹れるところを見てましたからね。それに、結構有名なんですよ?」
「確かに、コーヒー好きだったら知ってるか」
「そういう事です」
「まあ、それでも基本一人暮らしっていうのもあるから、ひと月に一回くらいだな」
「なるほど」
と、話しているとその店が丁度見えてくる。
「寄っていいか?」
「構いませんよ。というかそれ目的だと思ってましたけど、違うんですか」
「いや、普段ならそうなんだけどな。今日はちょっと違う」
言うが早いかコーヒー豆の補充分はすぐに買い終えて、目的の場所へ向かう。
向かうとは言っても、コーヒー豆を買った店の向かい側、二軒隣にあるのだが。
「……今日は、先輩の行きたいところに行くって話だったと思うんですけど」
「あぁ、そうだな」
「そんなに、ですか?」
「俺の行きたいところに行くって言われた時から決めてたんだ。それに、ずっと考えてはいた事でもある。折角恋人同士になったんだから、贈り物の一つでも、ってな」
「……先輩って、変なところでミーハーですよね」
「かもしれないな」
正直、その自覚はある。
厳密にはミーハーというよりは子供じみた拘りだとか、ハードボイルド小説に感じる妙な格好良さへの憧れから来るものだろうが。
変なところで、と前置きがあったのは、本来の意味とは違う、ということを言いたかったのだろう。
聞く人が聞けば、現実離れした王道、俗な固定観念に囚われている、となじられた様にも思えなくはないが、ただ今の風香の発言に嫌味っぽさは無く、ただただ感じたままの事実を述べたという方が近い。
因みにそういう感想を持たれたのは、俺が選んだのがファッション小物系の雑貨屋だったからだろう。
「こういうのは嫌だったか?」
「いえ、これでも一応女ですから、こういったものに興味が無い訳ではないんです。ただ……」
「ただ?」
「なんというか、自信が無くて。それで、服装とかも、地味な色で纏めがちですし」
「良いんじゃないか?似合わない派手な色を無理に着るよりはそっちの方が良い。だからこそ、その地味な色を活かすんだよ。良いから来いって」
「な、なんですか?やけに自信ありげですけど……」
「実際、そこそこあるからな。そうだ、金属アレルギーとか無いよな?」
「え?あ、はい。ありませんけど……」
話しつつ、おっかなびっくりな様子の風香を少々強引に連れて店内を物色していると、ふと目に留まるものがあった。
直感、同時に確信でもあった。
「……ちょっと失礼するぞ」
見つけたネックレス、細かい種類までは知らないが、それのチェーンが三角形になるように持って、風香の首に合わせる。
「せ、先輩……?」
「すぐ終わる。……よし、これだな。これがいい」
自分の目に狂いが無かった事を確かめつつそう言って、そのネックレスをレジに持っていく。
「……なんだか、ちょっと強引ですね」
「悪い、気に障ったなら謝る。すまん」
「いえ、嫌だったわけじゃないんです。ただ、なんだか慣れなくて」
「仕方ないだろ。あんな申し訳無さそうにされると、こういう物は渡し辛いんだよ」
「う……それは」
どうやら自覚はあったらしい。それと、あの告白の日に俺が言った事を思い出したのだろう。風香が言葉に詰まった。
会計を済ませると、俺はすぐ風香にそのネックレスを渡そうとして、しかし風香は首を横に振る。
「先輩に着けて欲しいです」
「……恥ずかしかったんじゃないのか?」
「恥ずかしいですけど、折角なので」
「……分かった」
俺は頬を赤らめながら言う風香の前から首の後ろにチェーンの両端をそれぞれ回すと、その先端の金具同士を噛ませて鎖を留める。
最後に、一番メインになる月を模った飾りの部分の位置を正中線に合わせて、ゆっくりと風香から離れる。
「ありがとうございます。どう……ですか?」
「よく似合ってる」
「本当ですか?」
「嘘ついてどうするんだよ。」
「そう、ですよね。嬉しいです。ちょっと、フワッとした気持ちですけど、先輩が私に似合うのを選んでくれたのが、とても嬉しいです」
「喜んでもらえたようで何よりだ」
初めてのプレゼントにアクセサリーというのは重くないだろうかと不安もあったが、風香の表情を見る限りその心配は杞憂に終わった様だ。
「大事にします」
「あぁ」
「えっと、その……因みに、ネックレスを選んでくれたのって、何か意味があったり……?」
「あぁ。服装との対比って事を考えた時に、ブレスレットとか腕時計よりネックレスの方が目に留まりやすいかなと思ってな」
「理由じゃなくて、意味です」
「意味?」
「ネックレスを贈るのって、相手を独占したい、束縛したい、っていう意味があるんですよ?」
「……そうなのか。いや、まあ……強ち間違いではない、というか、多少は思うところでもあるが……そういうの、鬱陶しかったりしないか?」
「全然しませんよ。むしろ束縛されたいくらいです」
「ならいいんだが……」
どうも、アクセサリーという以上にネックレスを贈るというのは重い意味を持っていたらしい。
どちらにしても、幸いだったのは風香がそれを疎ましがっていない事だろうか。
「あ、今ちょっと引きましたか?」
「いや、引いたというか、束縛されたいと言われてもどうしたらいいのか分からないから」
「まあ先輩が束縛するとか、そういう事に向いてないのはなんとなく分かってますから、無理はしなくて良いですよ。先輩はお優しいですからね」
「本当に優しいなら、多少なり束縛してくれるんじゃないか?」
「そこまで考えが回るなら、充分過ぎます。居るんですよ、世の中。優しさを勘違いしてる人間がごまんと」
「まあ……否定はしないけどな」
余計なお世話、出過ぎた真似。言い方は幾らでもあるだろうが、そういう自己満足だけで何の救いにも助けにもならない見当外れな行為に酔いしれるだけの人間は、それこそ掃いて捨てる程居る。
博愛主義者な自分で、慈善家的な自分で、道徳的な自分で、親切な自分で居たい。その欲求そのものには決して間違いなど無くても、そこで自分は正しい事を望んでいると思うから何かを見失うのだ。結果として、それはありがた迷惑だったり過干渉になって、土足で踏み込まれた方は傷口に塩を塗られ、堪ったものではないと憤慨する。
善意が人を救うなどというのは幻想だ。厚意や情が誰かの助けになるなんて考えはおこがましいにも程がある。
そして俺自身、そういう勘違いをした人間にならないように気を付けているが、決してそうでないと言い切る自信は無い。
「先輩は、本当に優しい人です。例え先輩自身がそれを否定しても、私はそう信じてます。私は、出来ない事まで無理にしない先輩が好きですよ」
「……どう言えばいいかな。嬉しいよ、本当。ただ、面と向かって言われると、かなり恥ずかしいんだが」
俺の考えを理解してくれているのは、とても有難いことだ。素直に、嬉しくもある。
だが、確かめるように言葉にされてしまうと、何とも面映い気分になる。
「先輩も、私と似てますよね」
「どういうことだ?」
「出会って間もない頃にそんな話をしたじゃないですか。人に努力を見られたくないタイプって」
「あぁ……確かにしたな、そんな話」
「先輩もそうでしょう?」
「そうだな。泥臭い過程なんかより結果だけ見せた方が納まりの良い事が多いからな」
「ですよね。でも、だからこそ先輩の頑張ってる事、私くらいは認めてあげたい……って。ダメですか?」
「……今度から風香には絶対気付かれないようにするかな」
「なんでですかっ!?」
不服そうに、しかし楽しそうに、雑なあしらい方をしようとする俺に文句を言いつつ、俺達は駅へ歩いた。




