大家さんはストーカー 〜痩せ薬を巡るちょっとイイ話??〜
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11月7日
ーー午前7時半起床
朝食はいつも通り軽くトーストしたパンにマーガリンを塗って食べる
ホットコーヒーに切り替え
ーー午前7時43分
髪をブローし軽くスプレーを振り掛ける
メイクは通学バス?
テレビの占いおうし座は3位
おっの反応ありラッキーアイテムは黄色のおもちゃ何かかちゃかちゃキーホルダー?
ーー午前7時51分
電話先に学校へいてごめ
私の日課はマンションの前の清掃から始まる。そういうことになっている。
「おはようございます」
美雪は今日も清々しい挨拶をして通学路を急いで階段を降りる。夜更かしばかりしているので最近、肌は荒れがちだ。きっとまだ布団の中でぬくぬくとしていたいんだろうに。でもそんな素振りを他人には見せず、明るく振る舞う。グラマラスと言える身体を弾ませて軽い小走りで。
一人暮らしを始めて早半年、随分と美雪は大人になったなあ、と私は一人胸を張ってみた。
今日は水曜日、燃えるゴミの日だ。美雪の後ろ姿が完全に見えなくなっていることを入念に確認して、私は美雪が前日の夜に出していたゴミ袋をゴミ置場の棚の奥から引っ張り出す。
このマンションは女子専用となっているため比較的マナーの良いゴミの出し方をしてくれている。これは助かる。
私は週に二度の日課として、美雪の出した燃えるゴミを管理人室へと運び入れた。
途中、302号室の山川ほむらと鉢合わせてしまい、「相談したいことがあるんです…」と言われたが、私は「今は忙しいからダメだ」とぴしゃりと言い放った。
302号室の山川ほむらは虚弱体質なのだろうか、身体の線も細ければ、神経も細か過ぎる。私の好みではない。女性はもっと大らかで張りがあるべきなのだ。ほら美雪を見てみろ。ちょっとばかし膨よかな方が女性は魅力的じゃないか。
美雪はハサミを入れたゴミの出し方を最近、覚えたようだ。
ふむ。色々なものが細かくなっている。
これは、光熱費の支払い明細か。
これは、給与明細だな。バイト入れすぎで103万超えないか心配だ。
古くなったTシャツ、寝巻きかな?
ブラジャー、……ふむ。
パンツ、…………なるほど。
ざっと、こんなところか。
美雪の性格は多少大雑把なところがあるので、ハサミの回数は決して多くはない。
ずらりと並ぶ、復元させた品々を見て、「ちょっとしたジグソーパズルだな……」と私はボケ防止に丁度良い趣味を手に入れたと思い、ほくそ笑んだ。
あとはカップ麺の空容器くらいか。さて美雪の食生活をどう正しく導いてあげるのかが大家である私の今後の課題である。それにしても空容器の数が多……。
ん?
妙な切れ端を見つけた。三角のギザギザの付いた切れ端だ。一見、カップ麺の粉末スープの切れ端のようにも見えるが、間違いなく違うだろう。
派手なのだ、色が。紫………。食品関係には絶対使用しない色遣い。コ、コン………‼︎
私は戦慄いた。
「………許せん。……許せん。…許せん」
この事実が真実であるのか、私は確かめに向かわねばなるまい。
すぐさま壁に掛けてあった501号室の合鍵を持って、管理人室を飛び出した。
階段を駆け上がる。501号室は角部屋だ。日当たり良好な場所である。私が上手いことやりくりして美雪のために確保した経緯がある。なのに!なのに!
このマンションは男子禁制なのだ。いつこの私の目、いや耳を盗んだ?留守録にそんな形跡は残っていなかったはずだ。……いや、待てよ。
そういえば、最近私は誤ってデータを消去してしまった日がある。10月25日だ。
抜かったぁ……。まさか、あの日か!
私は501号室の玄関ドアを開けた………。
以前訪れた時より『綺麗』になっていた。玄関の靴は分かりやすく整頓され、廊下の動線に余分な物も置かれてはいない。掃除機だけでなく、雑巾で水拭きしたのだろう床は光沢を保っている。
どこかに男の形跡は残っているはずだ。
台所、トイレ、浴槽と私は入念に、男の残り香を血眼になって探す。
動かぬ証拠を掴んだ場合、それ相応の『けじめ』を私は美雪に迫るつもりである。
大家としてガツンと言ってやる。管理人室で美雪と二人っきりになってガツンガツンとだ。
そしてクローゼットの扉を開いた瞬間、美雪の匂いが私を出迎えた。
ハンガーに掛けられた衣類の一枚一枚は洗濯済みで間違いない。ところが私くらいベテランになると、ほんの些細な美雪の匂いを見落とさないようになるのだ。
私に発見された小さき美雪の匂いの粒子、一つ一つが集まり、衣となりて私を慈愛の如く包み込んだ。私はもそりと美雪の衣類の海へ潜り込んだ……。全く意図せず、誘い込まれるかのごとく………。
ーー遥かなる深淵へ。
どれぐらい時が経ったのであろうか。
私は真っ暗なクローゼットの中、眠りこけてしまっていた。
私は焦り、急いでクローゼットから出て行こうとした時だったーー。
奥の方でカチャカチャと金属片が擦れる音が、私の耳の中に飛び込んで来たのだ。
暫くして玄関ドアがゆっくりと開く音がする。
ま、まずい!
ドアの鍵が再び締められる音がする。
のしり……のしり……、と誰かがこちらに向かって来る。
断じて美雪ではない。
状況的にとりあえず息を潜めてやり過ごすしかないのか。様々な想定を脳の中でシミュレートする。
もしこれが泥棒だった場合、私はどのように対応したら正解だろうか。私はすぐさま手に持つスマホで、『大家 クローゼット 出れない 泥棒 来る』で検索してみた。私に役に立つ情報は1件もヒットしなかった。
泥棒を管理人でもある大家が捕まえることはそこそこな誉である。
だがその大家が『実は勝手に人んちの部屋に入っている時に泥棒を捕まえてました』なんてニュースはまさに大炎上。格好のワイドショーのネタとなる。
クローゼットの隙間から外の様子を窺い知りたいのだが、この隙間では部屋の一部分しか見えてこない。
苦しいが、ただただ待つのみだ。
泥棒でないことを祈る。私はごくりと唾を飲み込んだ。
驚いた。
ーー足音の正体は、302号室の山川ほむらだったのだ。
山川ほむらは、あれは俗に言うピッキングというものであろうか、細長い金具を二本だけ手に持っていて、丁度私の正面付近に来て金具をポケットへとしまった。
最近の子はYouTubeで何もかも調べて出来てしまうと聞いた話があるが、まさにその通りなのだろうか。
山川ほむらは何かを探している風だった……。
私はいつの間にか冷静さを取り戻し、「なんだこの女?他人の部屋に勝手に上がり込んで、泥棒でもするつもりか?最悪な女だな」と思った。
山川ほむらが一つの段ボール箱の前でふと立ち止まると、挙動が怪しくなった。『お目当て』といった感じだ。
私はクローゼットの柵が視界を一部遮るので、身体を上下に動かしながら、その段ボール箱に明記された文字を確認する。そこには『超絶怒涛のダイエットサプリ』と書かれていた。「嘘くせえ名前だな」と私は思った。
山川ほむらは持ってきたバッグを床に置き、段ボール箱を部屋の中央へと持って行き、封のためのガムテープを破こうと、隅っこを指の爪でかりかりし始めた。
ーーまさにその時。
再び、玄関の鍵が開く音が私たちのいる部屋へ響いたのだ。
「もう休校なら早く教えてよお!」
「いや、言おうとしたら美雪がLINE切るもんでさあ………」
山川ほむらは急いで段ボール箱を元の位置に戻す。混乱してるのであろう、自身のバッグを抱えて部屋の中央を右往左往している。
美雪と恐らく彼氏と思われる男は会話をしながらこちらへ向かって来る。
私はこの時、「この野郎、男子禁制のマンションにやっぱり男を連れ込んでやがった……」と思いつつ、自分が美雪の部屋に忍び込んだことに間違いはなかったのだと確信を持ち、安堵していた。
そんな時である。急に山川ほむらと目が合った気がした。
馬鹿!違う!そこじゃない、駄目だ!何を考えとるっ!来るな!来るなあああ!
…………。焦った山川ほむらは、恐らく『此処しかない』と思ったのだろう。私とクローゼットの中で、隣同士で身を隠すことになってしまった………。
山川ほむらがクローゼットで私を見つけた際の瞳孔の開き具合を、私は一生忘れないだろう。ここまで人は目を丸く出来るものだと初めて知った。
さて、山川ほむらは今、私の事をどう思っているのだろうか。
まあ、変態だろうなあ。うむ。きっと正解だ。敢えて言うが、今の正解というのは『私が変態である事』と『山川ほむらの思った事』両方の意味の正解である。
美雪は聡という彼氏にコーヒーを淹れて、他愛ない会話を暫くの間していた。バイトの事、授業の事、科学実験サークルの事と、美雪はいつもと似た様な会話ばかりしていた。ここで素人の方は、『よくも毎日同じような話題の話をして飽きないものだ』なんて台詞を吐くかもしれない。
私は違う。全然違う。
私は感動したのだ。もうえらく感動したのだ。
直に美雪の声を聞けるとはこうも違うものかと実感していた。機械を通した会話と全然違うのだ。その『差』にえらく感動したのだ。
さながらそれは、オールナイトニッポンのヘビーリスナーが幸運にもスタジオに招待されて、憧れのパーソナリティの話を生で聴くのと同じ感覚だろう。
クローゼットの中、私は静かに頬を濡らしていた。隣の山川ほむらは若干引いていたように見えた。
ふいに聡は真剣な口調で話題を変えた。
「実はさ、俺。美雪に隠していた事あったんだよ………」
「え?急になに?怖いんだけど…」
「俺、実は数ヶ月前にほむらと三日だけ付き合ってたんだよ……。美雪、ほむらと親友だろ?だから言わなきゃって思っていて……」
「知らない。初めて聞いた」
「やっぱりな。あいつ、ちょっとヤバいとこあってさ。ストーカー気質って言うのかな。束縛がマジ半端ないんだよね」
山川ほむらは美雪に何かしらの悪さをしたかったのだろうか。男を奪われた腹いせの事だったかもしれない。
「ほむらは私に相談出来ない事があるのは知ってたよ。でもそんなの良いじゃない、別に。私はあの子のこと大事に思ってる。本当はいい子なの」
山川ほむらは居た堪れなくなったのだろうか、下を向いた。
「あ、この前、ほむらに痩せ薬もらったの。ほむらさ、サプリメーカーでバイトしてて大量の試供品貰えるんだって。えっと………、あった。これ!」
美雪は『超絶怒涛のダイエットサプリ』の段ボール箱を部屋の中央に持って来ると、ガムテープを破き、中にあった大量の商品の中から、一つだけ商品の袋を取り出す。
「私、一人暮らししてから体重ヤバイからさ。これ飲んで痩せようと思ってるんだよね」
そう言って美雪は、袋の封を開け、黒色の一粒を自身の指で摘んだ。
私の隣の山川ほむらは小さな声で「駄目、駄目」と焦った様子で呟いている。
私には、どこにでもありそうな健康食品に思われた。
美雪はあーんと口を開ける。
「だめめえええ!」
クローゼットの中の山川ほむらはそう叫ぶと、なんと扉を開けて部屋へ出て行ってしまった。
美雪の手は完全に止まっている。聡は呆然としている。
ちなみに私はこの時、なんとかクローゼットの隅に隠れて窮地をやり過ごしていた。
「ごめん、美雪。…………それ絶対に食べないで…………。死にはしないけど、毒だから…………」
「なんで?なんで、ほむらがクローゼットに隠れていたの?」
山川ほむらは抱えていたバッグを美雪に向かって放り投げた。バッグの口からは同じダイエットサプリの袋がたくさん床に転がった。
「私、美雪と聡が付き合い始めたの知って、美雪の事、憎いと思っちゃったの。それで痛い目に遭わせてやろうと思って、バイト先のサプリにサークルの薬品使って、毒を、仕込んだの…………」
山川ほむらは涙を流し始めた。少しずつ、いつしか止め処ない涙を流した。
「ごめんなさい……!どうしても許せなかったの……。聡が美雪を選ぶのも納得出来なかったし……。許せなかったの……。私、最低なの!本当にごめんなさい!」
聡は完全に引いていた。引いて当然だろう。私だって引いている。
でも美雪は違った。
床に落ちた山川ほむらのバッグから零れたサプリの袋をゆっくりと拾い上げた。
「…………ねえ、ほむら、これはなに?」
「それは、…………本当のサプリ…………」
罪の意識があったのだろうか。山川ほむらが美雪の部屋に忍び込んだ理由は、自分の行いを後悔し毒のないサプリへと、知らぬ間に交換したかったのではないだろうか。自身が犯した過ちを修正する機会を得ようとしていて。
「馬鹿……」
そう言って恐らく察したであろうか、美雪は山川ほむらに近付こうとするが、急に歩を止めた。
聡が、美雪の二の腕あたりを掴み、力尽くで美雪を止めたのだ。
私は心の中で疑問の大声を上げる。
「いや美雪、待てよ。やっぱ、こいつマジでやべえ奴じゃん……。頭いかれてるぜ。気を付けろ。その『本当のサプリ』も毒が盛ってあるかもしれねえ。急いで捨てろ!」
「そんな事ない!」
山川ほむらは泣きながら反論したが、美雪は聡の言葉に戸惑いを隠せなかった。
「人んち泥棒みたいに入って来る奴のいう事なんて聞けねえよ。美雪、こいつと付き合いやめろ。ほむら、お前引っ越せよ。このマンションから出てけよ!………お前、どうせ美雪のこと親友だって思ってねえんだろ!?」
「違う!間違いは犯したけど、美雪のことは大事な親友だと思ってる!」
……沈黙が続いた。
聡と山川ほむらの間に立つ美雪が自分の立場を示せないからだろう。
クローゼットの中の私は「美雪が山川ほむらを今どう思っているかが大切な時なんだろ!?」と心の中で叫んだ。心の声が枯れるまで私は叫んだ。だが皮肉にもあくまでそれは心の声なので、クローゼットの外には届かないし、声も枯れなかった。
美雪は山川ほむらへ急に頭を下げた。
「ごめん。ほむらとは、一生、顔も見たくない…………」
美雪の震えた声だった。美雪のこんな声を私は聞いたことがなかった。私のデータベース上に存在しないと言って良い。それほど珍しい声だったのだ。
私は『こんなの美雪じゃない』と思った。『美雪はこんなキャラじゃない』と、まるでコアなアニメファンがアニメの制作会社に怒りの長文メールを怒涛に送るが如く、激しい怒りを覚えた。
震える私の魂がそこにあった。私はもうこれ以上、黙っていられなかったのである。
「ちょっと待ったあ!」
私の声は501号室全体、いやマンション1棟に轟いたはずだ。マンションを管理する立場の身からは、あってはならない行為である。でも良いじゃないか、そんな大家が一人くらい居たとしても。
「…………話は全部、聞かせてもらった」
私はクローゼットの扉をゆっくりと押し開いた。久しぶりに下界に降りた天使の気分がする。まあ、そんなテンションであった。
「えええ?!まだいやがった?!……だ、誰だよ!?」
「お、大家さん…………」
「どえ?!」
「管理人の立場から申し上げる。302号室の山川ほむらは、501号室の田代美雪の事を大事な親友だと思ってる。間違いない。つまり甲は乙を大事にしてる。そして501号室の田代美雪もまた302号室の山川ほむらのことを大事な親友であると思っている。つまり乙も甲を大事にしてるんだ」
「いきなり出て来て訳分かんねえだろ!?」
「……ふむ。これが動かぬ証拠だ」
私はお得意のスマホを取り出した。
302号室と検索し、午後10時前後と入力する。それは『山川ほむらが決まって母親と電話をする時間』の事である。その盗聴した録音データを聞かせたのだ。
上京してすぐに仲良くしてくれた美雪のことを、山川ほむらは大切に思っていた。それを毎日、自分の母に聞かせていたのである。今日、美雪がこんな事を言った。今日、美雪がこんな事をしてくれた。そんな友達自慢を、山川ほむらは母親に毎日電話で聞かせていたのだ。
山川ほむらの美雪への『愛』と言って良いかもしれない。それくらいだ。
それは、残念ながら501号室の美雪もまた然りなのである。
だから私は302号室の山川ほむらはあまり好きではなく、むしろライバルと思っていたのだ………。だから嫉妬したのだ。
× × × × × × × × ×
山川ほむらと美雪は今では元通りの仲を取り戻したらしい。そして美雪は聡と別れたようだ。
徐々にではあるが、少しずつお互いのわだかまりは解消されていったようだ。
友達との関係なんて、そんなもんだ。
なにも問題ない。
そして、私は警察のお縄となってからは、お勤めの日々である。
とまあ、事件の詳細はこんな感じです。ワイドショーさん。
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