山本くん、意識する
授業中だが、まったく内容が頭に入ってこない。
格闘技ということで、運が悪ければ日常生活に支障をきたす怪我を負うし、死亡する者も少なくない首都戦への勧誘。
だが柔道経験者であるが故か、そんな現実よりも話しかけてきた女子に気持ちが持っていかれている。
佐藤 楓。
唐突に話しかけられた。話すもの初めてだった。
147cmの俺よりも背が高く、小顔で、目鼻立ちもはっきりしている。
正直言って、可愛い。
「一緒に、首都戦に参加してもらえませんか?」
顔と顔がくっつく位に近づかれて、お願いされた。
もう少しで…誰かが押してくれたら、唇とか、胸とか、くっつきそうだったよな。
女の子の匂いって、なんであんなに良い匂いなんだろう。
くんくんと自分の匂いを嗅いでみたが、無臭だった。
「顔赤くなってるぞ」とヨッシーに冷やかされたが、相手にしてる余裕もなかった。
やばい、胸がどきどきする。
女なんて、俺は…一生、関係ないと思っていたのに。
早く放課後にならないかな。
「おい、山本、授業に集中しろ」と突然、先生から注意される。
戦勝国からの完全支配として、<ナノサイズの監視用チップであるIoT ver.78>を体内の両手両足、脳、脊髄、生殖器に埋め込まれている。
これは体調管理、感情検閲、移動履歴、売買の支払い履歴、視聴履歴、性行動の履歴、強制心停止機能をネットワークにて管理するためだ。
そして今、山本の性的興奮が閾値を超えてたアラートが、タブレット経由で先生に知らされたのであった。
先生から注意された後、お腹をつんつんされる。
隣の席の岩下って女だ。
こいつは、女というよりも、男って感じだ。
全く緊張もしないし、どきどきもしない、良い匂いもしない。
「いやらしい顔になってるよ、佐藤さんのこと考えているでしょ?」
小声で教えてくれたのだが、岩下にバレたのが恥ずかしかった。
「ち、違うよ」
「佐藤さん、人気あるんだからね、がっかりしないでよ」
岩下はそれ以上何も言わずに、授業に集中する。
わかってるよ、わかってますよ、俺なんて…分細工だし。
だけど、首都戦か。
きっと、5年のときの、柔道で全国3位を期待してるのだろうけど、俺は挫折していたんだ。
優勝・準優勝したあんな奴らに、どう頑張っても勝てない。
自分の限界を知ってしまった、あの日、自殺する人の気持が、少しだけわかったんだ。
そういえば、ここまで元気になったのって…岩下が…ずっとそばに居てくれたから?
山本の自殺願望を検知した教育委員会が、本人不参加型の更生プロジェクトを岩下と共に実施されていたことを山本は知らない。