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被虐の少女の手記  作者: シリアス大好きマン
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6

 ###はそれなりの資産を持つ家に生まれたひとり娘だ。

 母は###が幼い時に死に、今は父がひとりで大切に育てている。###もまた、そんな父が大好きだ。

 小学六年生の秋、###はいつものように父の書斎に籠もって本を読んでいた。本は好きだ。文字が魅せる物語はどれも面白く、独創的な世界が広がっている。

 とはいっても###が読むのはいつも子供向けの絵本ばかり。楽しんでいるのならいいと父はそれを放置した。

 書斎には膨大な量の本がある。

 父の高級そうなピカピカの机には常に難解な本が山のように積み上げられている。普段なら興味を示すことはないが、今日は違った。

 脚の高い椅子に腰掛け、まるで自分が偉くなったような優越感に浸り、そこで絵本を読む。それで###は十分だったが、ふと机の上の本に目が向いた。だが、手が届かなくてすぐにやめた。

 やはり絵本が楽しいのだと、そう頭を下げると、鍵付きの引き出しに、鍵が刺さったままであることに気づいた。

 ###は何も考えずに鍵をひねり、開けてしまう。出てきたのは一冊のそれほど分厚くない本。年季を感じさせる古びた本。少し黄ばんでいて、###は思わず眉をひそめる。

 開いてみれば、###にも読める日本語で難しそうにいろいろと書いてある。この瞬間###の興味が尽きて、何事もなかったように閉じてまた絵本にのめり込む。そのはずだった。

 偶然目に入り込んだ模様。奇妙な模様だ。その下部に説明文が書いてある。それが世界との宣言文であることはまだ子供の###にはわからなかった。

 好奇心は猫をも殺す。好奇心を持つことで殺されるのではない。好奇心を抱いた対象、それに殺されるのだ。

 適当な紙と鉛筆を手に、一時間ほどかけて丁寧に模写をする。文言を読み上げる時にはわからない漢字もある。そのために漢字辞典も書斎の奥から引っ張り出してフリガナをあてる。

 猫は死に、『それ』は###を二度と戻ってこれない領域へと導いた。

 気づいたとき、###は床に突っ伏して倒れていた。ぐわんぐわんと痛む頭を押さえながら立ち上がる。無事に終わったようだ。身体はどこも悪くないし、むしろいい。それに自分という存在がひとつ上のレベルに達しような感覚に###はその余韻に浸っていた。

「###……?」

 父の声がした。

 仕事から帰ってきたのか。いつもより長居していた###は父の帰宅に気づくことができなかった。

「何を、していた……?」

 ###は恐れていた。

 書斎は基本的に父の部屋だ。いつもなら父が帰ってくるとそそくさと###は書斎から出るのがルールだったが、周りは四散した本の数々。どう見ても今すぐに片づけられないありさまだ。だから怒られる。そう思った。

 しかし父が怒ったのは『そんなこと』ではなく、もっと大きなことだった。

「――世界と、契約したのか、###!!!」

 ###の足元に落ちていた紙を拾い上げ、父は今までに見たことのない恐ろしい形相で叫んだ。

「なんてことを……! 先生から教わっただろう! 魔法使いは捕まると! ああああ、継がれた魔法使いの代は私で終わらせようと誓ったのに!! 普通に、幸せな生活を送りたかっただけなのに!!」

 ###は恐怖に震えた。

 父に腕を掴まれる。到底###に抵抗などできるはずもなく、ずるずると引きずられていく。

「政府に嗅ぎつかれたらおしまいだ! お前はもちろん、私も死ぬ! だからお前を……社会から抹殺する!!」

 父が何を言っているのか、まるで分らなかった。しかし父の頬を伝う涙。握りつぶされるのではないかと思うほど強く握られ、本気なのだと###は知った。

 顔をぐしゃぐしゃにしながら何度もごめんなさいを口にしても、父は足を止めようとしない。それどころか歩くスピードは速くなるばかりで、せめてもの抵抗で反対の手で玄関の柱にしがみついても、それは数秒と持たなかった。

 外に連れていかれる。靴を履くこともできず、小石を踏んでしまった###は痛みに呻く。一瞬その声に反応して父は足を止めるが、自分を押し殺して再び歩を進める。

 着いたのは小さな小屋。父はポケットからたくさんの鍵を下げたキーケースから、一本の鍵を取り出す。南京錠の鍵穴に差し込み、回す。中は本当に何もない八畳ほどの狭い小屋で、せいぜい朽ちた備品が地面に転がっているのみ。

 そこに###は投げ入れられる。

「……これも一族のため、仕方のない、こと」

 父の震える声。

 ――縋る。

 もう二度と父の顔を見ることができないような気がした。

 必死に叫び、地を這い、扉に四つん這いで死に物狂いで近づく。

 だが間に合うことはなく、扉は閉められ、鍵がかけられた音が聞こえた途端。

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ぁ」

 涙は嘘のように止まり、###はその場に止まった。

 それから数日間、###は扉を叩き続けた。もしかしたら父が許してくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて。きちんと毎日、一度だけ小さな搬入口から食事と身体を拭くためのタオルを家政婦の人が渡してくれる。だからなにかあるかもしれない。そう期待していたのだ。だがその無意味な懇願は、食事が運ばれ始めて十回目でやめた。

 何度お願いしても家政婦は「……ごめんなさい」と去り、それはどの家政婦も同じ返事だった。

 尿意と便意を催せば小屋の端っこで済ませた。幸いこの小屋は相当ボロが出ていて、鼠くらいが出入りできるような穴はいくつかあった。そこから糞は手で押し出した。手が臭い。小屋も臭い。光が差し込むのは小さな小さな窓からのみ。###には背が低くて届かない。外に誰かがいる様子もないし、ついに###は一言もしゃべらなくなった。

 ……冬が来た。

 そう知ったのは、死人のようにぼんやりと扉を眺めていた時、頭にふと冷たいものを感じたからだ。

「ゆ、き?」

 手を伸ばせば白くて冷たいものが触れる。

 久しぶりに楽しいと思える時が来た。###はまだ子供だ。遊ぶのが仕事。

 積もり始めた雪をかき集めて雪だるまを作る。

 久しぶりに笑った気がした。

 その翌朝、自分の身体が動かないことに気づいた。

 手足の感覚が全くない。動くのは首から上だけで、###は自分の生命の危機を悟った。少し前から寒くなっていたのは理解していたが、その恐ろしさを今体感しているのだ。

「さ……、ぃ」

 歯はガタガタと鳴り、目の焦点が合わない。

 いつの間にか食事が運ばれていた。

 腹がくうと鳴り、###は本能的に移動を始めた。雪はもう降っていないが、雪だるまはまだ溶けていない。身体全体を使って地面を這いずり、なんとかたどり着くことに成功する。

 手が少し動くようになった。あまり言うことの聞かないが無理やり動かして食事に手を伸ばす。

 あったのは味噌汁と菓子パン。味噌汁は完全に凍っていて、菓子パンは石のように固い。

 食事ができないことなんて何度か経験した。しかしこれで三日連続だ。###は飢餓に苦しみ、少しでも空腹をまぎらわそうと指をしゃぶる。

 雪はまだ解けない。便意を催し、いつものように端で済ませる。

「…………」

 手で外に押し出そうと握った時、###はそれを無意識に口に運んでいた。もちろん理性がそれを許容するはずもなく、###は吐き出した。それでも腹は満たさることはない。

 食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい。

 頭を抱えて、泣きじゃくる。泣いて泣いて、それでも泣いて、最後に泣いたところで何も変わらないことに気づく。

 その日から###は理性を一部捨てた。自分の排泄物を貪り、呑み込んだ。不味すぎて涙がポロリと流れたが、飢餓が少しマシになった気がした。

 春が来た。

 ぽかぽかと暖かい小屋、###はそのほとんどを寝て過ごした。

 夏が来た。

 蒸し暑い日差しにやられ、マグマの風呂に浸かっている感覚に###は倒れた。俗にいう熱中症。食事も喉に通らず、生死を彷徨う日々を送った。

 秋が来た。

 この季節は楽だ。寝る時、少し肌寒いと感じる以外、特に苦労することはなかった。

 冬が来た。

 窓にはまだ、背が届かない。

 ここで###はある願望が生まれた。

 外を見たい、と。そのために身長を伸ばさないといけない。その日から###は柱に尖った石で記録を取り始めた。

 春が来た。

 夏が来た。

 秋が来た。

 冬が来た。

 春が来た。

 夏が来た。

 秋が来た。

 冬が来た。

 春が来た。

 夏が来た。

 秋が来た。

 冬が来た。

 春が来た。

 夏が来た。

 秋が来た。

 冬が来た。

 春が――夏が――秋が――冬が――。

 気の狂う程長い時を、一度も日の光を浴びることすらなくただ生き続けた。

 足まで伸びた髪を千切ったタオルで括り、身長を測ったあと、小屋の隅に座り込み、腐った目で窓を見上げる。

 ###を見下ろす光はまるで###を嗤っているよう。

 デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。デタイ。

 ガリガリと扉を引っ掻き、爪が剥がれて肉が抉れても###は気に留めなかった。

「う、ぐあぁ、アアアアアアアァァァぁぁ!!」

 恨みの叫び。

 何年ぶりに声を出しただろう。

 醜い声。

 そして、言葉を失ったことに気づく。

 何か。何か、言葉を。

「わ……。ぇ、う、あ」

 ――自分の名前は、何。

 わからない。

 私は、誰。どうして、ここにいる。

 私は、誰……!

 お腹が空いた。前から蓄えていた昆虫の死骸に手を伸ばし、貪る。この小屋に侵入してきた生き物はゴキブリだろうとすべて食べ物だ。

 なぜ生きているのか、それすらもわからずに###は生き続ける。人間としての尊厳を剥奪され、それでもなお足掻くその姿は誰にも知られることはない。その存在すらも。

 春は嫌いだ。

 自分が生きているのかが掠れて、わからなくなってしまうから。

 夏は好きだ。

 じりじりと身体を焼かれるのがむしろ心地よい。

 秋は普通だ。

 冬は大好きだ。

 雪が降り、寒さに身体が動かなくなるのが好きだ。自分はもうすぐ死ぬ。『死にそう』だからこそ、『生きている』。生死の狭間を実感できるのがいいのだ。

 今着ている服は、前はどんな模様だったのだろう? 自分の顔は、いったいどんな顔だったのだろう? 自分をここに閉じ込めた父は、いったいどんな人なのだろう?

 だがそれももうどうでもいいことだ。

 食事が運ばれなくなってから時間の感覚がなくなった。毎日昆虫の死骸を食べてその日を凌いでいるが、これがいつまで続くか。

 ###を殺したいのならば、そもそも食事など与えなければよかったのだ。しかし###は生きることを許されている。つまりはあれは、父が捨てきれなかった良心からきたもの。

 前々から貯めていたタオルを繋いで、繋いで、一本の長いロープを作る。梁にかけ、両端を結び、輪っかを作る。唯一小屋にあった台に上り、首に通す。

 初めからこうすればよかったのだ。死ねば、楽になる。

 それは底の見えない絶望の中で僅かに見えた希望。出たい。でも出られない。ならば『自分』がいなくなればいいのだ。

 台を蹴り、身体がロープに吊られて揺れる。

「あ、ギ……ぅあ、があッ!!」

 苦しい。

 ロープを掴むが、意味などない。足をじたばたさせても余計に苦しむだけ。しだいに力が入らなくなって、やがてだらんと完全に気を失った。

 肺に酸素が送られなくなって、ようやく死ぬことができると###が安堵して目をゆっくりと閉じたその時、梁が崩れ、###は地面に叩きつけられた。脆い小屋はそこまでして###を苦しめたいそうだ。

 激しく咳き込み、胃の中を全部吐いた後、股にアンモニア臭の漂う暖かいものが流れる。

 ……絶叫。

 胸が張り裂けんばかりの絶叫。

 死にたかったのに! 死にたかったのに!!

 喉が灼け切れるまで叫び続け、###は死んだようにその場で眠りに落ちた。

 次に目を覚ますと、いつも通り手足が動かない。とりあえず立ち上がれるようになるまで気長に待とうとしたが、身体全体が重いことに気づく。

「…………?」

 うつ伏せに倒れたまま、###は自分の身体を見回した。

「は、ははは」

 身体は雪に埋もれていた。今日は初めて見るほど猛吹雪だ。窓の外では激しく雪が降っている。

 自力で抜け出すことは不可能。

 呼吸も細い。今度こそ、本当に死ぬ。

 寒さを凌ぐことはもちろん、本当に指先ひとつ動かすことができない。

 ……これでいい。これでいいのだと目を瞑る。そして安らかに死を待つ。これだったら首を吊るより遥かに苦しみがない。

 つまらない人生だった。まだこれからつらいこと、楽しいことをたくさん経験するはずの儚い命が、誰にも知られずに散る。

 ついに外の世界を拝むこともできず、###は死ぬ。

 無理だとわかっていても、せめて人の温かさというものを感じたかったと……頬に熱いものが流れる。

 ――激しい衝撃がドアを破った。

 ###にはどうでもいいことだった。閉じた瞼は凍り付き、開けることができない。

「うっ、臭……。ボクは早く帰りたいんだけどな……」

 女の子の声、か。

「ん? え……人? 大丈夫かい⁉」

 雪をかき分け、引っ張り出された###は抱きかかえられる。感覚が麻痺した###は感じることができなかったが、確かに『温かさ』を感じることができた。それがとてつもなく嬉しくて、###は「はう」と息を零した。

 小屋に入って来た少女は傷つけられた柱に気づく。

 何本も何本も横に浅く切り裂かれたような線が走っている。それらの高さはほぼすべて同一。

 少女は不思議そうに頭を傾げる。

「なんだろ、これ」

 そんなことを気にしている場合ではない。自分よりひとまわりも小さな女の子を抱きかかえたまま急いで小屋から連れ出す。

「小学生かな? かわいそうに……。でも、ボクが必ず助けるよ」



 ◆



 全く知らない場所だ。目が覚めるとそこは知らない天井だった。皐月の家にお邪魔したのは覚えているが、それとも違う。

 布団で寝ていたはずなのに、今は床に寝転がっている。まるで大きな独房のような部屋に俺はいた。

「水無月……?」

 水無月がいない。

 跳ね起きた俺はとにかく外に出ようと出口を探したが、ない。目の前の壁だけ鏡で、あとは灰色だ。ドアらしきものは一切見当たらず、とにかく何かしないと。

「――っ! は?」

 じゃり、と硬い金属音がして、左の手首に枷をつけられていることに気づいた。

 何度か引っ張ってみても壁に繋ぎ止められている鎖をどうすることもできない。

 昨夜の水無月との想いの交わし合いを思い出す。一刻も早く水無月に合わなければと試行錯誤を繰り返し枷を外そうと足掻く。だができない。俺にそんな力はない。

 突然、鏡のはずだった壁が変化する。ガラス張りの壁になり、向こう側が見える。

 よくある手術室のような内装。白い制服を着こんだ人間が十人以上。それがひとつに集まっている。

「能代公嗣。ずいぶんと遅いお目覚めだな」

「あんたは……」

 いつの間にかスティーブが俺の後ろに立っていた。

 なぜここに⁉ 慌てて距離を取ろうとしたが、手枷が邪魔でこれ以上離れられない。

「なぜ、と思っているだろうがまあお前には関係のないことだ。用事が済めば解放してやるからそこで大人しくしていろ」

 さっきまでなかったドアが、後ろにあった。それが開かれ、続々と現れるケン、セシル、コネリー。

 そして、見間違うはずのない少女が入って来た。

「マナ……? いやそんなことはどうでもいい。それよりこれを外してくれ。水無月がどこにいるか知らないか? はやく探さないと」

 そう頼むが、マナは俺を見向きもせずにそっぽを向いている。

「おい、聞こえてるのか、マナ?」

 それでもマナは動く素振りすら見せない。

「無理だ。こいつはお前とあれを売ったんだからな」

「なに……?」

 ここでようやくマナと目が合う。

 小さく身体を震わせ、俺を見る様子に以前のような生意気さは微塵も感じられない。

 そして俺はスティーブの言葉が嘘でないと理解した。

「……」

「マナ!」

「っ!」

 びくりと跳ね、マナは申し訳なさげに目を逸らす。

「本当に、ごめんよ……公嗣」

「なんでだよ、マナ!」

 マナの視線がスティーブに移り、俺は睨みつける。

「だって……だって……どうしようもないから……!親と公嗣たちを天秤にかけると、どうしても偏ってしまう……!」

 悲痛の眼差しで訴える。

「というわけだ。売られた子牛。報酬は親の命」

「じゃあ水無月は……!」

「ああ、もちろんここにいるとも」

 顎で俺の後ろをさす。

 さっきから群がっている白衣の人物たちがスティーブの合図に何に群がっているのかを俺に見せつけた。

「――――――――――――――――――――は?」

 そこにいたのは水無月だった。

 だがその姿があまりにも……あまりにも、見ていられない有様だった。

 全裸の状態で拘束台に拘束され、奇妙な機械に管をたくさん繋がれている。

 そして血まみれで、左腕がない。

 俺はいつの間にか走り出していた。壁越しにたったの数メートルだ。だからすぐに水無月のもとに行ける。

 だが行けない。手枷が邪魔で、これ以上いけない。右手を伸ばし、これ以上にないほど限界まで伸ばす。

「水無月ッ!!」

「無理よ。届かない」

 コネリーが何かを冷たく言い放つ。いちいち頭で理解することなどしなかった。聞きもしなかった。あんなに傷つけられた水無月を一秒でも放っておけない!

 昨夜約束したばかりなのに! 守れなくて、何が男だ……!!

「う、おおお、おおおおおお!」

 水無月を助けるためなら、腕の一本くらいくれてやる! だから、だから届いてくれ!!

 左の肩で嫌な音が鳴る。痛みを感じたが、そんなものはどうでもよかった。

 俺の咆哮で、虚ろだった水無月が意識を取り戻す。

「能代、くん……」

「深度一での心象魔法……心象逆行の限界値を測定します」

 白衣の男が英語で何かを指示している。

 ここはアメリカの独壇場か! 協力関係であるはずの大鳳たちがいない。気づけばここにアジア系の人は他にはいない。

 手に器具を持った男が水無月の喪失した腕、その傷口に当てる。

 そして、電撃。

 水無月が絶叫する。

 脳髄にこびりつきそうな悍ましい絶叫。

「マナ! マナ!! 水無月を助けてくれ! お願いだ!!」

「できない……! ボクには、できない……!!」

 耳を塞ぎ、ヒステリックに叫ぶマナは今ばかりは頼りになりそうにない。

 頼れる人は誰もいない。ここで頼れるのは、俺自身しかいない。水無月は目の前にいる。しかし届かない。白目を剥いて、腰を浮き上がらせて少しでも苦痛から逃れようとしている水無月がそこにいるというのに、俺は何もできない……! この忌々しい手枷を外すことすらできないのだ!

「皐月マナとの約束は果たされた。これで水無月咲の力の解明に大きく一歩前進した。『セシル、連れてこい』」

 後ろにドアが音もなく現れ、セシルがその奥に消える。数分後戻ってくると、その後ろには異形の人型の怪物が首輪をつけられてのっそりと姿を見せた。脚は四本。腕は三本。ぶよぶよした肌が悍ましく、身体に陥没している二つの頭がほぼ骨になっている。

「なんだい、これは……」

「喜べ、皐月マナ。君の親はこれで返された」

「え、いや、何を言って……」

 人モドキが吠える。

 壊れたロボットのように腕を不規則に振り回す姿をマナは呆然と見上げ、ポツリと呟く。

「違う、ボクのお父さんとお母さんはこんなのじゃ……」

 人モドキが汚らしく喚き立てる。ふたつの口は揃わず言葉にならない言葉を発する。紫色のつばを飛ばしながら必死に何かを伝えようとしている。俺はそれを見ることしかできない。今この瞬間、地獄の苦しみを受けている水無月のために俺の持てる力、全身全霊、命をかけるのだ。

 マナが俺たちを裏切った? もちろん許されない行為である。しかしその背景を聞いてしまうと責めに責められない。俺だって同じ選択を迫られたらどうするかわからないから。きっとマナだって相当の葛藤の中で苦しみ、そして出した結論なのだろう。だから、責めることができない。

「あああ、ああ……」

 膝を折る。

 マナは受け入れられない現実から逃げようと頭を床にこすりつけて何も見ず、出鱈目に叫びながら耳を塞いで何も聞くまいとすべてを拒絶する。

 肩が外れ、中の組織がプチプチと音を鳴らす。それでも届かない。

「心象逆行を確認。現在自己修復中……ヘイフリック限界を突破、左腕が、いえ、すべての傷が修復されています……」

 水無月の左腕の付け根を青色の糸が覆い、紡ぎ、腕の形を生成する。そして次の瞬間には奇麗な左腕がそこにあった。

「続いて内臓の欠損状態からの自己修復能力を調べます」

 メスを手に取り、水無月の腹を切り裂く。

 激しく暴れる水無月は数人がかりで押さえつけらえ、夥しい量の血が白衣を赤く染める。

「水無月ぃぃ!!!!」

 内臓を両手に優しく掴んだ男は丁寧に台に乗せた。まだ生の脈動を感じさせる臓器がビクンビクンと血を噴きながら痙攣している。

「心臓の除去による死亡を確認。心象逆行の測定開始」

 俺はなんて無力なのだろうか。

 昨日、水無月を助けることができて思いあがったのは認める。この調子なら、いつかは水無月と肩を並べる日が来る。そう信じてやまなかった。

 しかしその領域に達するのは、この瞬間でなくてはならない。この手枷を壊し、真横のスティーブ、ケン、セシル、コネリーを相手に勝てるだけの力が、どうしてもこの瞬間必要なのだ!

『では力を与えよう』

 そう、蕩けるような声色で俺の耳に囁かれた気がした。

『簡単なこと。あなたが魔法使いになればいい』

 周囲は隔絶されていた。俺以外のすべて、灰に呑まれていた。動けるのは俺だけ。幻聴だと皮が捲れ、肉が強く食い込む手枷をさらに引っ張る。

『水無月を救いたければ、魔法使いになればいい』

「誰だ!」

 俺の目の前に『それ』は立っていた。いやおかしい。俺は今の今まで前だけを見ていたはずだ。それなのに、完全に認識の外から乱入してきた『それ』は俺を凝視していた。

 人だ。しかし死んでいる。女か男かもわからないほど腐敗していて、目玉のない眼窩の奥に死の光が灯る。

 骨の手を伸ばして俺の頬を撫で、裂けた口で妖しく微笑む。

『だってそれしか方法なんてないから。本当にその手枷を外せると思っているの? こいつらを全員ごっくんできるの?』

 手枷に触れ、スティーブ達を指さしくすくすと笑う。

「できるかどうかじゃない。やるんだ」

『そんな気持ちの話なんて聞いていないの。現実を見なさい。あなたは魔法も使えないただの小僧。ロンギヌスを振れたくらいで思い上がっちゃって……可愛い。だから魔法使いになりなさい』

「ダメだ。水無月と約束したから」

『なりふり構っていられる場合? 昨夜はお楽しみだった? あんなボロボロの身体を抱いてどうだった? 気持ち悪かった? 気持ちよかった? 水無月を守ってやりたいって思った? なら魔法使いになりなさい』

「……ダメだ。それにお前は誰だ」

『罰する者。あの子にまだ罰は必要。ここでバッドエンドは私たちも困るの。面白みがないから。だから魔法使いになりなさい』

「もし俺が魔法使いになったとして、水無月を救える保証は?」

『ある。でもそれはあなた次第。だから魔法使いになりなさい』

「なりかたがわからない」

『心配しないで。用意はすべて私がするから。あなたはただ、私の言葉を復唱すればいいだけ。簡単でしょう? さあ、魔法使いになりなさい』

「でも、やっぱり……」

『誰もが何も失わずにハッピーエンドな物語なんてつまらない。苦しんで、もがいて、足掻いて。絶望だらけの中で見つけた微かな希望を願って頑張る。でも叶わない。救われない。それが一番面白いの。だから魔法使いになりなさい』

 ふわふわと俺の周りを漂う。

 この死者の言うことは狂っている。しかし指摘するところはあまりに的確で、俺に反論できる余地はない。水無月を守るため……すべてはその単純だが難解すぎる願いのためにある。世界で魔法使いがどんな扱いを受けているのかは理解している。

 死者の言うことに従えば俺は魔法使いになれる。その真偽を問う暇などない。このままだとバッドエンドを迎えることは誰よりもわかっている。差し伸べられた手。死者の手。この際誰だっていい。女神だろうと悪魔だろうと、掴めるものなら藁だって掴んでやる!

 灰の時間は終わり、時は動き出す。

 俺を中心に、幾何学的な模様が展開する。歯車のようにカチリ、カチリと回転する。

 耳に囁かれる甘言、その一節を呟く。

「――神秘を欲する者、ここに」

 スティーブが目を剥き、懐に忍ばせていたナイフを投擲する。

 刹那、俺の周りに死者が現れ、その悉くを撃ち落とす。

 コネリーが仕掛ける。完全に死者の死角をとり、俺の背後に立つ。俺は復唱するのに手いっぱいで対処できない。

 やられる。そう直感する。しかし用意はすべてやると言ってくれたのだ。ならば俺はその言葉を信じるまで。

「――其は愛する者のために世界を呼び、願う」

 死者がもうひとり、現れる。

 その外見は同じく惨たらしい。コネリーの胸を貫いた腕は歪に成長していて、獣を想起させる。

「――」

 ふたりだけではない。三人、四人と死者が増える。それら全員がコネリーに群がり、貪り食らう。ぐじゅ、ガッ、ぐ、と生々しい音を鳴らしながら貪り食らう。死臭が漂う中、俺は言葉を続ける。

「――」

「これは……! まさか、深度五に……!」

 死者の壁。

 死肉の壁。

 俺を邪魔する一切を容赦なく喰らう、飢餓の権化。

「――」

 俺に意識がひとつ上のレベルに引き上げられる。心と身体は別れ、客観的に俺の身体を見下ろしている。

 死者たちは新たな魔法使いの誕生に閧の声を上げて祝福する。誰の介入も許さない。

 すべては水無月を救うために。水無月を守るために。

 そして最後の一節を口にする。

「――!」

 心に暖かい何かが癒着する。

 瞬間、俺の心は燃え尽き、灰と化す。そこから生まれるはより強固な心。

 見え方が違う。始めに感じたのは圧倒的な爽快感だった。死者たちは役割を終え、くすくすと笑ながら陽炎に消える。

 すでに目の前にはケンとセシルがいた。ナイフを逆手に持ち、俺の首を刈り落そうと今まさに皮膚に触れようとしている。さっきまでの俺なら接近に気づくことすらなく口は床とキスしていただろう。しかし今は違う。見える。

 ケンがナイフの角度を微妙に変えるのが。セシルが俺を視線で刺すのを。

 ……武器がいる。マナを誑かし、水無月を傷つけるこいつらを屠るために武器がいる。生半可ではだめだ。より強く、より圧倒的なものでなければ。

 右手を開く。そして握ればロンギヌスが収まっている。これは本物ではない。偽物だ。力は及ばないが、このふたりを相手取るには十分だ。極限まで上半身を後ろに逸らして攻撃を躱す。左手を床につき、ふたりの膝を蹴って体勢を崩す。

「シッ!」

 鋭く息を吐き、槍を薙ぎ払う。

『痕』はその場に留まり、避けた二人に追撃を加える。

 咄嗟に撃ち合おうとしても無駄だ。『痕』は現在進行で増えているから。

 十。百。千。

 全方位からの不規則な攻撃は反応しきれまい。それこそ水無月レベルの回避能力もないお前たちにはここでチェックメイトだ。

 やがて優勢、拮抗、劣勢と恐るべきスピードで優位を奪われるふたりは無限の槍に刺されて絶命する。

 絶えぬ乱撃の狭間、飛ぶ火花に照らされてスティーブの顔が見える。

 その眼差しは驚愕か恐怖かわからない。さっきまで俺を完全に見下していたくせに、いざ形勢が逆転するとこうも矮小に見えてしまう。

 手枷に繋がれた鎖を切断する。

 そしてガラスを破壊し、水無月の拘束台に歩み寄る。白衣の男たちはすでに逃げ去っている。

「水無月!」

 急いで拘束を外し、水無月を抱き上げる。

 だが水無月はすでに氷のように冷たく、抉られた胸部に心臓がなかった。

「――――――」

 間に、合わなかった。

  台に乗せられている心臓は最後に血を吐き出すと、それ以上活動することはなかった。

 俺は、魔法使いになった。ただがむしゃらに槍を複製し、使った。どんな原理なのか、はっきりとは自分でもわからない。

 死んだ人を生き返らせることなんて無理だ。傷を癒やすことくらいならできるかもしれないが、俺はその方法を知らない。マナは状況を理解できていないようで、何を言っても通じないだろう。

「クソ……」

 水無月を救えるのは俺自身。それを理解して死者の手を取ったのだ。

 ひとつの感情が湧いた。

 憎悪。

 スティーブに対する憎悪。お前がこんなことをしなければ水無月は死ななかったのに。そんな憎悪だ。

「深度五だと……そんな馬鹿な! ありえん! それに今のはいったいなんだ……!!」

「水無月が何をした? 俺は知らないけど、世界を救ったんだろう。そんな英雄になんでこんな仕打ちをする! あんたも、大鳳も、ジェフロワも到底許されるべきじゃない」

「未来のために。魔法を完全に掌握することができればいいんだ。観測して、介入して、操作する。それが――」

 言い切る前に、スティーブの首がぼとりと落ちる。彼の背後から現れたのは、斧を掲げた仮面の男。腰を下ろし、スティーブの首を鷲摑みにすると、仮面の隙間から食べ始めた。

 とても美味しそうに食べている。口元から血を流し、食べ終えた男は満足そうにげっぷをして陽炎に溶ける。

 そして腕に熱を感じた。

 驚きつつもその元を見下ろす。

 水無月の胸に青い糸が伸びている。ゆらゆらと揺れるそれは瞬く間に傷を修復していく。そして最後に心臓に糸を伸ばし、無事収納すると何事のなかったかのように穏やかに水無月が呼吸を開始した。

 あれほど冷たかった水無月が、今度は燃えるような熱を放ち始める。耐えきれなくなった俺は拘束台にほぼ投げるような形で置いた。

 死者たちが現れる。その姿は様々。全員が楽しそうに嗤いながら水無月の周りに群がる。最後に現れた指揮者のような男は俺の前で一礼し、敵意がないことを示す。そして折れた指揮棒を振って合唱を始める。

 終われ。終われ。終わるれない。

 死ねば楽に。だからこそ生きろ。

 死こそ救い。ならば一生救われるな。

 だが死ね。お前は一生苦しめ。お前もまた、それを許容したのだから。

 悪性に目覚めろ! 拒絶はできない! お前はもう、私たちを御する人間性なんて、ひとつもないのだから!!

 クヒャ、クヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!

「……クヒャ」

 水無月の唇が微かに震える。

 死者たちが自らの肉を編んで漆黒の衣を作り上げる。ゆっくりと水無月の身体を起こし、囲んでカモフラージュをして着替えさせる。

 ――闇色の花が咲いている。

 枯れ、咲く。その繰り返しの果てにくしゃくしゃの花びらが床を埋め尽くす。

「――世界が救われたことなど知る由もない盗人は今日も盗みを働く。人という群体を善性へと導き、悲哀を無くす試みは私が阻止した。それが正しく、それでこそ人だから。そう信じて」

 カモフラージュが解かれ、水無月が姿を見せる。

 あれほど輝いていた真っ赤な髪は死の輝きを放つ銀髪へと変色し、遥か高みへと超越した、死屍から来るような、人ならざる眼差しは向けられた者の心を麻痺させる。

「でも違った。人は歴史を紡ぐのに相応しくない。たとえ善性に目覚めたとしても、きっと人は行き詰まりを迎える。逆に悪性は常に私を苦しめ、人々は私を悪だと糾弾する。……ほら、そもそも人の本質が悪性だったの。善性は初めからどこにもなかったの。ならば終わらせましょう。前任はそこを見抜けなかった。だから破れた。でも私は違う」

 死者たちは新たな王の誕生に感極まって涙を流している。顔がなくて泣けないものは代わりに自分の身体を床に打ち付けて喜びを表現している。

「――私は『被虐』の悪性。たった今より、人を滅ぼすわ。次なる世界の支配者に期待して」

 指を舐め、妖艶に微笑む様はまるで別人だ。

 水無月の目の前に現れたのは三本の槍。ロンギヌス、ロンゴミニアド、そして……。

「ぜレス、テア……」

 自失していたマナが起こっている事実を受け入れられないといった様子で聞き慣れない単語を口にする。

 元はマナの親、今はバケモノが咆哮する。

 長い長い咆哮に機器は限界を超えて破損し、死者たちは悶絶する。

「逃ゲなさイ、まナ!」

 そう、意味のある言葉を発して水無月に襲いかかる。

「お父さん……? お母さん……?」

 三本の腕を生かした拳撃の雨。すぐに前に躍り出た奏者たちが身代わりになって肉片へと姿を変える。

 ゼレステアの王! ゼレステアの王!

 歓喜に震える合唱が死者たち自身を鼓舞する。

 ――ゼレステアが、水無月の手によって振るわれる。

 黒い閃光があるゆる存在すべてを埋め尽くした。

 一切合切の存在を否定される。

 これは知っている。あの神殿で感じた感覚と同じだ。だがあの程度ではない、 もっともっと、それこそ何千倍もの次元の異なる波がバケモノ、そして背後の俺とマナを襲う。

 一撃で周りを破壊し尽くす。壁は剥がれ、天井は吹き飛び、Wothが顔を覗かせる。

 ゼレステアの王! ゼレステアの王!!

 目を覚ますと、そこは外だった。

 人ひとりいない、異層にいた。後ろを振り返ると、大陸同士が、接触ギリギリで浮遊しているのがわかる。

 死肉の階段をコツコツと軽快に登りながら水無月が地上に現れる。バケモノは今の一撃で満身創痍で、周囲に数本の手足が転がっている。

「ニゲナサい、まな!」

 もう一度マナに向かってそう叫ぶ。

 魔法使いになったとはいえ、右も左もわからない俺は水無月に敵うとは思えなかった。それにマナだとしてもそれは同じことだった。

「能代くん、能代くん。私を愛する人。昨日の今日でごねんね。私はもう、戻れない。人に戻れない。今まで受けてきた苦しみ、みんなに等しく分けてあげるために、扉を開きに行くよ」

「何を言ってるんだ⁉ Wothを閉じるのが目的じゃなかったのか⁉」

「もうやめた。私は悪い女だから誰の言うことも聞かない。もしそれでも私を救いたいのなら、本気で殺しに来て。今だって、能代くんを殺したくて殺したくてしかたないの」

 よく見ると水無月の腕が痙攣している。死者たちがはやくしろと腕を掴んで急かしているが、水無月は抵抗している。反対の手で自らの腕を切り落とす。それが落ちる前に死者は器用にキャッチし、神速で傷口を縫い留めた。

「そんな、心象逆行ですらない……」

「マナ、白露と時雨を!!」

「無理、だって!」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ⁉ 今逃げないと本当に死ぬぞ! マナの両親だって必死にお前を逃がそうと戦っているんだ……それを無駄にして、どうする!」

 バケモノが立ち向かう。

 もう稼働するのはそれぞれ一本ずつの腕と脚のみ。もはや生物としてのプライドを捨てた猛攻。赤ん坊が触れるだけで倒れそうだ。それでも水無月という悪性に戦いを挑む。結果は誰にでもわかる。人の形を失っても、その根底にある愛情は決して失われない。

「う、うううぅぅぅぅ!!」

 悲しみに涙を流しながらマナが白露と時雨を召還する。

 白露がぺろりとマナの涙をなめとり、優しく身体を寄せて乗るよう催促する。

 俺も時雨に跨り、後ろ目に戦闘を見送る。

 どう見ても劣勢。ゼレステアを振るたびにバケモノは無視できない傷を負う。だが倒れない。倒れるわけにはいかないとありったけの意識を戦闘に向け、猛々しく吠える。

 最後に俺と目が合う。

 ……その目は、「マナをお願いします」と言っていた。

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