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親愛なる未練  作者: 紅ト
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4. いいかげんにしてください


 笛がピーと鳴り、アナウンスが聞こえてきた。それを合図に機械は運転を始める。その機械、長距離列車の中に俺達はいる。向かい合う席は定員数四名の個室。俺とイブは隣同士で席に着き、反対の席には新しく買った食料や荷物。結局あの場所にいた人の山は消えていた。拘束に使った枷は壊され落ちていた。そのあと荷物を取りにホテルに戻りチェックアウトを済ませた。そして駅に向かう途中で買い物をし今に至る。

イブも買い物の途中で目を覚ましていた。


せっかく買った食べ物は無駄になったしご飯もまともに食べれなかった。はあ、振り回されるな。本当にやめて欲しい。なんて考えているとティアナがぼそっと呟いた。


「間に合ってよかった」


駅に着くとちょうど目的地に行く列車がもうすぐで発車することが判明して急いで切符を買い、乗り込んだ。次もあったらしいが乗れるなら乗ってしまおうとなった。


だからこそ、この列車に間に合って良かったという事だと俺は思ったがイブはそうではなかったらしい。


「間に合って良かったというのはわたしたちを助けられて安心したという意味ですか?それともこの列車に間に合って良かったという事?どちらでしょうか」


 ほぼ無意識でティアナは言ったのだろう。驚いた顔をしてイブを見た。


「ティアナ。良い加減にして下さい。今回もですが以前から襲撃を受けていますよね。けれど、わたしには相手が何者かも目的が何かも分かりません。今回はホテリさんをも危険晒してしまいました。わたしが連れ出してしまったのが原因なのは理解しています。

ですが敵の目的はわたしではなかった。目的はお二人の短剣でした。


自分だけでなく二人を守る為にも私は情報を知る必要が有ります。短剣や事件について話して下さい」


 真っ直ぐにイブはティアナを見つめる。

 そしてティアナも誠意をみせる為か同じく見つめ返した。


「前も言ったでしょう。イブは知る必要は無いの。けど、今回の事は反省するよ。もう危険な目には合わせないから」


「どうしてもわたしには教えてくれないのですか?」


「……イブには知って欲しくない」


「ホテリさんは教えてくれました。情報の有り無しでこれ程安心感が違うのかと確認出来ました。ありがとうございますホテリさん」


 御礼を述べながらこちらを向いて語るイブに対して胸がドキドキした。けれどこれは絶対に恋じゃない。ドキドキの確信を得るために前の座席を見ると、ティアナが鋭い眼光で俺を睨みつけていた。やっぱり――、怖い顔していらっしゃる。冤罪で捕まるか殺されるよりはずっとマシの選択をしたのにここでばらすのかよ!


まあ実際、今回の騒動で一番被害を受けたのはイブだろう。……我慢の限界だったのだろうか。自分を取り巻く環境も知らずに命がけで敵と対峙したんだ。無理もない。それともあいつらに何か言われたのか?


『まもなくハクリ博物館駅前〜、ハクリ博物館駅前〜』


 到着のアナウンスが個室にも響いた。俺達の目的地は夕陽が沈み始める頃には到着するらしい。なのでまだまだ先にある。


「では私はオアシスに保護してもらいます。そこで暮らしてティアナの力を一切借りずに記憶も取り戻します。貴方からの恩は少しずつにはなりますが必ず返していきます」


 異界から迷い込んだ者を保護する施設、オアシス。そういえばイブは旅人(たびびと)だったな。この世界では異世界から来た者は旅人と呼ばれる。特にこの国ミレンディアは他の国よりも異界との扉が開きやすいから迷い込んでくる旅人の数は桁違いだ。昔はこの世界の外国より異界との交流の方が盛んだったらしい。なので大きな町にはオアシスが配置されている。


長距離列車は規模の大きい駅に停まるから次の駅の近くにもオアシスはあるだろうが……。まさかイブは、


「ティアナ、ホテリさん、今までお世話になりました。わたしは次の駅で降ります。さようなら」


 席を立ち出ていこうとするイブにティアナが黙っている訳がなかった。


「まっ、待ってっ!やだよ、やだっ!!」


 通路にも響きそうな声でティアナは立ち上がろうとした目の前の相手に叫んだ。座席の間に跪きイブの服を強く掴み離そうとしない。


「ではお話ししてくれますか?」


 イブは再び席に着くとティアナに語りかけた。彼女は涙を浮かべながら縋り付く。


「どうして意地悪するの!?やだよ!イブは何も知らなくていいの!今度こそちゃんとやるからいなくならないでよ!」


 とうとうティアナは子供のように泣きはじめてしまった。泣いてる間も『いやだ、いかないで』と同じことばかりを主張している。


「ティアナ、泣いてもわたしは引き下がりませんから」


 強めの主張をしたイブだったが次には慰める母親のようにティアナの頭を撫でていた。


「この国では皆知っているのでしょう?今までティアナの後ろをついて歩いていただけでもあちこちで情報は垂れ流されていました。貴方に知られないよう集めていましたが断片的にしか分かりませんでした。それなのに皆さんはわたしに聞いてきます。


短剣はどこだ、お前は何者だって。


あまつさえ、わたしたちを否定してきます。無知が恥ずかしいのではありません。純粋に怖い。何がわたしたちを狙っているのか分からないのが恐ろしい」


 撫でる手を止める事はなかった。どちらかの意向を決定するか目的地に列車が止まるかしなければ終わらないだろう。しかし俺が割って決める訳にもいかない。この二人の問題だ。だが、個人的にはこの二人が決別してしまったら困る。


ティアナに付いて行くメリットはあるが二人だけで短剣探しはしないだろう。俺は情報を搾り取られるか見捨てられて終わりだ。逆にイブに付いて行くメリットは殆どないが二人で旅ぐらいなら出来そうだ。昨日会ったばかりだがまだ一緒にいて過ごしやすい。……そうだ、別に無理して三人で短剣探しをしなくてもいいんだ。イブに誘われただけだからな。


けれど、この三人で進めるのが自分にとっての最適解なんだ。ここ数日で思い知った。俺一人では黒い鎧を見つけ出すことも短剣を取り返すことも難しい。ほかにも理由はある。彼女たちが探している記憶の短剣だ。親友の記憶を取り戻すのに使わせてもらえないだろうか。いまこれを言ったら状況が悪化しそうなので黙っておくが。


だからこそ、俺は自分のために余計な事をいうことにした。


「イブさんに教えてあげたらどうですか」


 予想してはいたが沈黙が痛い。理解はしている、この発言は外部からの無責任な一言だと。


「なにも……、なにも知らないくせに」


 ティアナの返しは今までで一番殺意がこもっているだろう。少し気後れしてしまった。だが、


「知る訳ないじゃないですか、昨日初めて会ったばかりなのに。短剣探しだって長引く可能性は高い。最低限の情報も伝えないで連れまわしてるって……。イブさんは都合のいい道具じゃないんですよ」


「………………」


 俯き唇を噛み締めるティアナに俺はとある提案をしてみようと思う。だがこれは既に削除された選択肢なのかもしれない。


「記憶の短剣を見つけたらイブさんの記憶の一部、消して貰えばいいんじゃないですか?出来そうですよね?」


記憶を司るなら可能のはずだ。願いを叶えられるのは一つだけと言う訳ではないのは俺でも知っている。かつて短剣を使い願いを叶えた事件があった。犯人は一つの短剣に思いつく限りの願いを叫び、全てを叶えられていた。


「なるほど、ホテリさんの言う通りですね。それでどうですかティアナ」


「恐らく、出来る。けど、……違うの、本当は記録の神に頼るのも嫌だ。でもこうするしかないから……。イブにはこの世界の事は触れて欲しくないの」


 まるでこの世界を否定している言い方だ。実際にそうなのかもしれないが。女神喰い一族ならば神話を終わらせたみたいに歴史に存在感を残す機会は幾らでもありそうなのに。子孫まで来てしまうと女神喰いは余計な肩書になるのだろうか。


「もう遅いですティアナ。この世界に来てしまった以上に、貴方に助けられた時からもう関わってしまっています。お願いです。もう、これ以上不安にさせないで」


 イブはティアナの顔を両手で包み、目線を合わせた。ティアナの顔にはまだ涙が残っている。


「……分かった。でも条件がある。いいの?イブ」


 顔を擦り整えられたその姿は何故だか神秘的に感じられた。これが美少女の特権なのかよ。羨ましい。


「はい、条件は飲みますよ」


「そっか。


じゃあ、イブが記憶を取り戻したらこの世界のこと、この国で過ごした事は全て忘れてもらうから」


「全てですか?」


「全てだよ。何があっても全部忘れて貰うよ」


 ティアナがここまでこの世界での記憶を消させたい理由が分からない。俺はこの世界で生まれ暮らしているからそう思うのか?ティアナが受けてきた仕打ちは知らないがあの肩書きが付き回るこの世界は生きづらいのかもしれない。


 イブは『分かりました』といい了承した。


「ではわたしは席を外しますね」


「えっ、この状態でどこ行くんですか!?」


 驚いて思わず大きな声を出してしまった。列車が止まりいつでも外に出れる状態だ。逃げ出せる格好のチャンスじゃないか!


「お手洗いです。逃げたりしませんから安心してください」


 イブはそう言うと掴まれた手をゆっくりと剥がした。そしてお手洗いのある方へと消えて行った。個室のドアは隙間無く閉じられている。


「何処を間違えたのかな……」


 消え入りそうな声が下から聞こえた。未だに床に座り込むティアナに気の利いた言葉はかけらない。するとこの場の空気など知る筈もない車内アナウンスが頭上から淡々と流れはじめた。

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