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親愛なる未練  作者: 紅ト
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3.5 私達は分かり合えないね

 

 屋上を素早く駆け抜けていく。が、それは俺ではなくティアナなのだが。建物と建物の距離など気にせずひょいひょいと軽やかに走っていく。

 俺はというと振り落とされないようティアナにしがみついている。背中と足をそっと抱えられて、まるでファンタジー物語に出てくる王子様がお姫様にするあのお姫様だっこをされてしまった。ちょいと恥ずかしい。まあ、そんな気にしている場合ではないな。

 それよりも今は再び地面にたどり着く前に情報を伝えなければ。


「イブと対峙している敵はゲンと名乗っていました。水色髪の青年で武器は手斧です。手斧は幾つも取り出せるみたいです。あの広場にはゲン一人でしたがさっき奴らの他にも増援があるかもしれないです」


「了解。着地したらイブを保護して後方で待ってて」


「それと、もしかしたら広場にいた敵は偽名の可能性があります」


 さっきのやり取りから得た情報を補足するとティアナは『だろうね』と返事をした。


「ゲンというとおそらく宗教団体の信仰対象の子だね。あの記事に名前載っていたから少しなら調べた事ある。けどたしかゲンはまだ小さい子供だったはず。それに信者の特徴も違うような――」


「宗教団体ですか?」


「そう。女神喰い一族の真似を子供に強要している団体だよ」


 吐き捨てるように言うとティアナは黙ってしまった。晴れわたる空のせいか緊迫感のせいか服に張りつく汗が気持ち悪い。

 最後の建物に踏み込んだところでティアナの手に力が込められた。


「着地するからこのままつかまってて」


 すぐさま急降下しはじめた。地に足をつけたと気づいたのは音でなくずっしりとした重みが体を揺らしたからだった。

 それ程に青空を軽快に飛び降りたのだ。身体能力の差を様々と体験させられた様な気がする。


 地面についた瞬間、俺は解放された――というより投げ出された。


 すぐに態勢を立て直すと既にティアナは剣を握っていた。

 相手の斧を物ともせずイブとゲンの間に割り入っていった。無理矢理に二人の間の間隔をあけイブを遠ざけあっという間に状況を逆転させた。後ろにいるイブに気遣う声をかける暇なくティアナは剣を振るう。


「イブさん大丈夫ですか?」


「なんとか……」


 俺はすぐにイブの元へ駆け寄った。イブも戦闘から離れようと重たい足取りでこちらにきていた。途中で傷だらけになり警告灯のように赤く光っていた盾の召喚をやめた。イブには切り傷などはあまり見られなかったが、酷く疲れているのか側によると俺の胸の中に倒れ込んだ。


 戦闘に巻き込まれないようさっきティアナが俺にやった横抱きをしその場から急いで離れた。


 落とさないように走るとどうしても足だけに集中するのは難しい。その間も背後を守ってくれていたのか刃がぶつかる音が絶え間なく続いていた。

 ティアナ達が確認できてかつ、離れた所の屋台の後ろに隠れ彼女をそっと地面に下ろす。とりあえずここでいいだろう。額の汗を拭うと息苦しそうな声が聞こえた。


「ホテリさん、そんな不安そうな顔……しなくても、大丈夫で……す。これ……は武器使用の……反動です……。彼女が言うには……数時間……で元通り、……元気になりますから……」


 途切れ途切れにイブは言葉を吐き出す。


「分かりましたから今は無理して話さないでください」


 イブはゆっくりと頷くと気を失ってしまった。その姿があまりにも息絶えているみたいで慌てて彼女の心臓の音を聞く。――よかった、ただ眠っているだけのようだ。


 ワゴンから顔を出すと戦いは続いていた。


 ティアナは間合いを詰めゲンの懐に入ると握っていた剣の召喚をやめて自由になった両手で思いっきりゲンを遠くに投げ飛ばした。その先は果物屋のワゴン。背中からぶつかったように見えた。あれは絶対痛いだろ。衝撃で売り物は彼の斧と同じように辺りに散らばった。


 ティアナはゲンの元へ歩み寄っていった。近づくまでに再び剣を召喚した。威嚇なのか剣を大きく振りながら側のそばまで行った。

 ゲンは這い寄りながら近くに落ちた斧を取ろうとした。しかしそれは叶わなかった。青紫色の汁が付いた斧はティアナに蹴り飛ばされそこにあったという痕跡だけを残していた。新たに手斧を取り出すがそれすらもティアナは蹴り飛ばす。蹴り飛ばした足で相手の右手を踏んだ。


「貴方、ゲンと名乗ったみたいだけど、違うでしょ?主人の名前を使うだなんて。手下を遣わせてご主人は子供みたいに待ってるだけなのね」


 青年の手首を掴むと観念したのか苦笑をみせた。ティアナはスカートのポケットからロープを出し青年の手をすばやく縛りつけた。洞窟で使ったやつだ。持ってたのかよ。


「……ふふっ、実際にゲン様はまだ幼いですよ」


「幼い子供を女神喰い(ヨロナブノン)だと信じ込ませて囲うのはどうかと思うよ」


「世間は事件の犯人を女神喰い一族と思ってらっしゃいますが、神話を学んでいないのですね。女神喰い一族であるコヨミ族は不死である子供の集まり。あんな大きい鎧を着た者ではないのですよ。

 本物のあの方はこの地に生き続けていらっしゃる。そして、ゲン様……いえ、ヨロナブノン様は私達に約束して下さいました。私達に幸福を授けると……!

 だからこそ私達はあの方(ヨロナブノン)の為に偽物の悪行を消し去り今度こそミレンディアを統べる神になっていただく!」


「……そう。私達は分かり合えないね」


「そのようです。永遠にわかりあえないでしょう!!」


 青年の声に応えたかのように地面に刺さっていた一つの斧が凄まじい勢いでティアナの背後に飛んでいった。


「ティアナさん後ろ!!」


 叫んだ、届いているはずだ!!


 なのに彼女は動かなかった。


 動かなかったのに彼女にあと一歩届きそうだった斧が空中で真っ二つに割れて地面に落ちた。


 ティアナは何事もなかったかのように剣の矛先をゲンの眉間へと持っていった。


「貴方たちの短剣、私に頂戴。といっても、おそらく貴方は短剣を持ち歩いていないよね?所詮、ただの回収係でしょう?」


「さあ、どうでしょうか?貴方様のような方にお教えする訳にはいきません。お互い理解し得ないでしょうね。偽物を肯定し利益のみを毟り取ろうとする。神を蔑ろにする奴等に……神話を否定する奴等に短剣は渡さない」


 酷く睨みつける様子を見たティアナはゆっくりと剣を下ろした。


「神話を作ったのは後世に生きる私達だよ。死人に口は無し、神話は否定しようがないの。だって神話は今に繋がる基礎だけど、幾らでも後付け出来るからね。


 それに貴方達も利益を求めてるじゃない。短剣の奪い合いに加担してる時点で同類だよ」


「動くな!!警察だ!!」


 奇妙な現場に怒鳴りつける様な声が響いた。


「君たちも大人しくしていてくださいね」


 知らぬ間に隣に陣取っていた警官たち。騒ぎを聞きつけて来たのか。大声をあげた警官はティアナと青年、二人を交互に見ると厳つい顔から眉をひそめた。


「はあ、警察です。事の経緯をお話しして頂きたく同行をお願い致します。特にそちらの青年には一緒に警察署に来て頂きたいのですが……、待ちなさい!」


 即座に青年はティアナの拘束を振り切り断ち切って逃げて行った。警官の半分は青年を追いかけてどこかへ消えていってしまった。


「君たちも話を聞かせてもらっていいかな?」


 屈強な男に再度話しかけられた。何から話したらいいか分からず考えているとこちらに来たティアナは物怖じせず警官と向き合った。


「私たちの話は後日、記録係から書類にて報告します」


 それだけいうとイブをおぶってここから離れようとした。とうぜん警官は事情聴取をしようと引き止めた。『急いでいる』というのは通じないだろ。ティアナは立ち止まり同時に俺にお願いをしてきた。


「ホテリ、私のジャケットの内ポケットからバッチ出して。剣と王冠のバッチがあるから」


「剣と王冠のバッチってまさか」


 剣と王冠のバッチ?この国ではバッチが自身の証明となってるのは知っている。描かれているもので職業、所属が分かる。どこのだっただろうか。どうやら警官はどんな証明か知っている様だ。……内ポケットって当然胸の近くにあるよな。


「照合確認してもらった方が早いですよね。ほらホテリ早くして。……ってなんで顔赤いの」


「し、失礼しますからね!」


 ジャケットの内側に手を入れ目的のモノ以外には触れない様慎重に探す。ポケットの中で丸みを帯びたモノにふれた。そっと取り出すと裏返すと指示通りの絵柄があった。それに加えて羊が描かれていた。羊が入っているのは記録係に勤めている証だ。それを警官に渡すとすぐに照合をはじめた。


 ティアナのジャケットは俺が少し触っただけでは着崩れはしなかったが、ひらひらフリルが付いた胸飾りが元気よく曲がっていた。直していると名前を呼ばれた。


「そんなに気にしなくていいのに」


 ティアナは小さく笑った。それを見て何だか恥ずかしくなった。


「い、いくら戦った直後だからって身嗜みは大切ですからね」


 普段なら言わない言葉は更に自身を恥ずかしめる。


「そうだね、ありがと。気をつけるよ」


 そんなことをしていたら照合が終わったらしくバッチは返された。ティアナはまた笑うと『元に戻して』と催促してきた。終わるとようやくかというかのように警官は咳払いをした。


「本人確認とれました。今回のことは後の報告で許しますが次はないと思ってください。ハクリ宮殿の麓町ハクリではそのバッチを付けてくださいね、いいですか?」


「はい、もう訳ございません。では私達はこれで失礼しますね」


 別れの挨拶をし、また歩き出したティアナの後ろを俺は付いていく。大人一人背負いながら。


「代わりますか?」


「いい、イブは私が運ぶ。さっき運んでいたとき今にも落としそうだったじゃない。ヒヤヒヤしたよ」


「あれは突然だったからですよ」


「これぐらい気にしなくていいから。イブは私が守るの」


 少し歩くのが早くなった。


「俺たちはどこに向かっているんですか?」


「まずはさっきホテリとあった場所まで行くわ。念のため短剣持っているか確認する。そのあとは列車に乗って別の町に行くよ」


「な、なんでですか!まだアイツの情報全然集まってないですよ!」


 ティアナは立ち止まって振り返った。


「ここにいてもしょうがないからさ。今日の成果はあったの?」


「買い出し時間なんてほんのちょっとだったじゃないですか。すぐに見つかったりしません」


「このご時世に事件の犯人と同じ鎧を着た奴がいればどっかで噂になっているはずでしょ。ならないとすれば鎧を脱いで潜んでいるのでしょうね。聞くけど、中の奴の特徴は分かるの?」


 わかる訳ない。心臓辺りに拳くらいの穴が空いていたぐらいじゃ中の人物は特定できない。


「分からないでしょ?」


「でも山の中とか探していません!」


「ホテリは運が良かったから知らないかもしれないけど山の中にも警備兵はいるんだよ。

 洞窟で警備兵に捕まった貴方を助けたのは誰だった?」


「あんた……でしたけど。あっ――」


『私が預かる』あの時、僅かに聞こえたティアナが兵に向けた言葉。仲間同士の会話だったのか。どうしてすぐ思い出せなかったんだ。


「そゆこと。情報が入ったら知らせるからそれまで私たちに協力してもらうからね」


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