3.4 はよ選べ
手で二の数字を作りふりふりと揺らしている。その意味を理解するのに時間はかからなかった。
「もしかしなくても、広場の奴の仲間だったりします?」
「正解ですー。ヨロナブノン様にお仕えする者ですよ」
ご丁寧に相手は頭をさげる。広場の奴といい、こいつらはずいぶんと余裕がありそうな態度をとっているな。イブに教えなくてはいけない名前が出てきた。どういうことだ?なんで女神喰い一族の族長ヨロナブノンに仕えている?なんで事件の犯人に仕える奴が短剣を狙っているんだよ。
「ヨロナブノン様、いえ、ゲン様はー俺よりちっこいのに頑張ってる姿が素敵な神様ですー。例えば、部下の失態をすぐに把握して増援を送れるところとか?
おや、足を動かすのをやめるのですか?いいのですよ、そのまま引き返してくださっても。俺が捕まえるか他の奴が捕まえるかの違いですー」
「只の地元の人じゃないんですね、しくじりましたよほんとに」
どうもあのゲンがヨロナブノンらしいが目の前の彼より小さい?そんなはずはない、さっきの青年はこいつより身長は高かった。
「お兄さん、早く自由になりたくないですか?ならば俺達に協力してくれませんかー?ハクリの短剣をこちらに渡してくれれば今後、我らはお兄さんを追い詰めたりしません。というか此方も早く片付けたいのでー。……結論をこう言わなきゃ分からないですかね?」
彼はじりじりと歩み寄って来た。せめて敵に背後を取られないようにとしていたせいで壁まで追い詰められてしまった。
「命を差し出すか短剣を差し出すか、はよ選べ」
厳つい顔で迫って来た。一か八か、俺はわざと笑って見せた。
「……なんですか。気に触る笑いですねー」
ホテルの近くまで来たのは間違いない。朝、近くを通った店の看板をさっき見かけた。何とか敵から離れてティアナと会える可能性は十分ある。
ここで時間を食ってしまってはすれ違ってしまうかもしれない。だからこそ、ここで勝負に出るしかない。さっきのゲンの話を聞いたときは焦った。ゲンの行動は能力発動の十分な条件を満たさなかった。だが目の前のこいつは違う。
「いやぁ、あんたの仲間は対策をしていたから上手くいかなかったんですよね」
「ああ、あの真面目ですか。慎重すぎて俺らが尻拭いする羽目になってしまうんですー。だから今回もお兄さんを逃しちゃたんですねー。笑っちゃいますー」
「そうですね、笑っちゃいます。連携もとれず一人で獲物を捕らえている気でいる小者じゃあ慎重な行動なんてとれませんよねー。あはは。
……それにしても凄んでても貴方は可愛い顔をしていますね、坊ちゃん!」
語尾にハートがつくような抑揚を加え、俺史上最大の笑顔を振りまいてみせた。すると男は肩をプルプルと奮わせた。
「お……、俺が可愛いなんてある訳ないだろっ!取り消せ、今すぐ取り消せ!!」
ええ、そっち?それはそれは彼は可愛らしい顔で怒った、作戦は大成功だ。
時間稼ぎと相手の視線をそらせた。だが彼の怒りの拳が迫ってきている。怯んではいけない。怯んでしまえばパンチを受けてしまう、急いで避けないと――!
乾いた音が近くで聞こえた。手がヒリヒリする。俺は俺を殴ったからだ。それはもう思いっきり。自分相手にここまでしないだろうってくらい気合を込めて。
「いっだあっ!?なんで殴るんだよっ!」
「だって勢いとまらなかったしいいかなーって」
「はぁ!?もっと自分を大切にしろよ!」
勢い余って壁に叩きつけてしまった。やっぱり力があるんだな。相当痛かったのか身を屈めた。俺の体は頬をおさえ涙目になりながら怒った。お、もうちょっと強くてもよかったか。
グーで殴る前、笑顔で引きつけた間に右手を後ろに回し腰ポーチにつけていたあれを外していた。
掴んでいたあれを彼の前に見せつけてパッと手から離した。目を見開いた彼を見ながら俺は能力を使った。そして次は、
「……なっ、お兄さん何してるんだよ」
俺は彼と同じ目線に体を縮め目を合わせた。睨んでくる彼を確認したあと自分で落とした手錠を拾い上げ手首にはめた。それをみた彼はこれでもかと目を見開いたかと思うと立ち上がり勢いよく突進してきた。またも怒りの拳が迫ってきた。今度こそ痛いのは嫌なので距離を取るために後ろに下がる。
そして能力を解除した俺は俺の体で彼をおもっきり殴った。吹っ飛ぶ彼を観察する暇などなく再びポーチにかかった枷をとり近づく。地面に倒れた彼の足に足枷をはめた。
「痛いのは嫌って言ったじゃないか」
「言ってないですよ」
「戻る前に心の中で思ってたでしょ……。聞こえてきましたよお兄さんの声」
「まあ思ってましだけど痛みを受けるのは俺じゃないし拳を緩める理由はないじゃないですか」
「こんなの、聞いてないですー……。契約違反で締めてやろうかあいつ。ああもうーー!!武器も召喚できないしムカつく!!」
パンチが効き静かになったかと思えば急に大声を出して手足をばたつかせた。両方とも枷が嵌められて動きが制限されているため魚が陸で暴れているようにしか見えない。
「すみません、じゃあこれで失礼しますね」
「はあぁ!?なんじゃそりゃ!?おい、今すぐお前ら今すぐここに来いっ!!」
「ちょ、大声出すな!!」
「うるせーです!離……はなふぇ!!」
急いで手で口を塞ぐがそれでもまだもがき続ける。狭い路地だから大勢でせめては来れないだろうけど相手が多いのは困る。仕方ないので彼を人質にして早くティアナに会いに行こう。
「とりあえず貴方を連れて大通りまで戻りますから。道中で貴方の仲間に遭遇したら脅させてもらいますからね」
「うるふぇーはなふぇー!!」
ハンカチを細長くし彼の口にあてはめ頭の後ろで結ぶ。長さギリギリだったな。彼を肩に担ぎ足を前の方で抱き歩き始める。すると結びがあまかったのかすぐに後ろから大声が聞こえはじめた。もう通りに出るまでは無視しよう。
「おい、何してる!早くこの不届き者を捕らえろ!どうした、誰か返事しろー!」
しかし彼の言ってることが正しいのならどうして誰も現れないんだ?増援は彼の方には来なかったのか?残り半分くらいで大通りに出られるはずだが。結局誰にも会わずに最後の角まできてしまった。躊躇っててもしょうがないので駆け足で大通りに出ると見知った顔が剣を片手に積み上げられた人の山を眺めていた。するとこっちに気づいたのか振り向いた。けれど、俺を見るなり明らかに奇妙なものを見つめる目をしていた。
まあ、人を拘束して運んでいるところを見られたらそうなるよな。
「この状況を説明して頂戴ホテリ」
「あんたこそ何してるんですかティアナさん」
「なっ……!お前達、そんな所で伸びてる場合ではないですよー!おい、一人ぐらい起きろやっ!」
やはりこの山は彼の仲間らしい。後ろの彼はさっきよりも体を揺さぶり手錠ごと俺の足を攻撃してジタバタと抵抗している。いたい。
「ホテリがその子を追いかけて路地裏に行くのを見かけたから出てくるのを待っていたのだけど、あとからこの子たちが入っていくのを見たから話しかけてみたらこうなったよ」
「あの、『こうなった』の部分が聞きたいんですけど」
「えっ?声掛けたら『お前がティアナだなっ、短剣を渡せって』言って襲って来たから気絶させただけよ。それよりも!どうしてイブがいないの!?一緒に行動してって言ったよね!?どこにいるのよ!」
ティアナは怒りをあらわにしてこちらに迫って来た。
「イブさんは広場でこいつらの仲間と戦っています。俺はティアナさんを呼んで来るように頼まれてここまで来ました」
「えっ、なんでそれを早く言わないの!すぐに助けに行くからイブ!」
走り出そうとするティアナを掴み引き止める。
「ティアナさん、こいつらどうしますか?記事に名前が書かれているゲンって奴の仲間みたいですよ。もしかしたら短剣持っているかもしれないですけど」
「そこらに捨て置きなさい、今はイブが優先。それにその子たちが短剣を持ってる可能性は低いし。なんならあとで調べに来るからいいよ」
人山の側に彼を下ろすと『手錠を外してから行け!』と怒鳴られたが、横から『ほっとけ』と念をさされたのでそのまま放置する。あとから訴えられて逮捕されないだろうか。でも先に攻撃してきたのは相手の仲間だし大丈夫だよな?わめいている彼が教えてくれた最短ルートをティアナに教えるとティアナもそれに賛成した。
「そうだね。じゃあホテリ、私にしっかりと捕まってね」
ティアナがしゃがんだと思えば持ち上げられた。
「早く首に腕をまわして、落とされないよう気をつけてね」
腕をまわすとお互いの顔が更に近づいた。
「さあ大急ぎで行くよ」