3. わたしは何も知らないのです
噴水広場は大勢の人で行き交っていた。ここ一帯は出店も多く歩き回る者達が多い。石畳みで出来たこのハクリの町は風情があって心地いい。歩き疲れた俺達は空いたベンチに座った。手に持った荷物を脇に置き、背もたれに寄りかかって一息つく。
「沢山買い物しましたね」
「殆ど食糧なんですぐなくなりますよ」
「そうですね、三人分だと少ない位です」
広場にある時計を見るとホテルに戻る時間まであと三十分もある。
今、俺とイブだけで町に来ている。何故なら、ティアナがチェックアウト時刻ギリギリまで寝ている間に必需品を買いに出て来たからだ。
チェックアウトまで休ませたい、イブの計らいだった。
ティアナは三日間眠っていなかったらしい。しかしこれはイブが知っている限りの日数だという。
曰く、俺を見張っていたらしい。初対面の奴といきなり同じ部屋で寝る事になったら誰でも警戒する。俺でもする。もし二部屋とれていてもティアナは眠らなかったと思うとイブは話していた。しかし限界がきていたのか、これからどうするか話あっていたときにティアナは睡魔に負けてしまった。
そんな訳で空いた時間で買い物に行こうとイブが提案し今に至る。
まさかティアナが許可するとは思わなかった。
イブが最終手段であろう”認めてくれないと協力しない”と言ったのが効いたのか、それとも許可を得るために一度起こしてしまい判断がまともにできなかったのか。結局、俺たちだけでの外出が許可された。人が多いところにいること、黒い鎧の情報をみつけても今は追わないこと、イブに何かあったら絶対助けることあとは――、その他もろもろを条件に、だ。
あまり時間がなかったが買い物先で鎧野郎の情報を集めてみた。だが有力な話はなかった。
広場の空いたベンチに二人並んで座る。イブは膝まであるロングコートにシワをつけないようにする為かゆっくりと座った。俺は紙袋の中をあさりパンを取り出しイブに渡すと、お礼を言い受け取った。
次に紙袋から長方形のケースを取り出し中を開ける。中には先程買った眼鏡が入っていた。この眼鏡は店頭に並んでいた中でもズレにくく落ちない品物らしい。
これなら戦闘中も落ちる心配はほぼしなくて良いだろう。どこで眼鏡を無くしたのか覚えていないのはなんでだろう。取れたことさえ気にならないくらいに夢中になっていたんだろう。前のが無くなっても特に問題はない。だが眼鏡は必須だ。眼鏡を掛けると隣から視線を感じた。
「眼鏡屋に入って行った時は驚きました。ホテリさんは眼鏡を掛けられるのですね。とてもお似合いです」
「ありがとうございます。視力が悪いんでしょうがないんですよ。ああ、度数を設定しなきゃなのか。すみませんイブさん、説明書読んでくれません?」
裸眼よりもぼやける視界の中、同封されてた説明書を渡すと任せてくださいと聞こえた。
「度数調整のやり方……。これですね、初めに右側にあるスイッチを押します」
「右側のスイッチ、これか。……おお、一気に見やすくなった。路店に出てる本のタイトルが見える」
「自動的に掛けた人の視力に合わせくれるのですね。もう一回押すと目の前の空間に数値が現れて微調整できるそうです。二回押すと確定です」
「じゃあこれでいいか、二回押しっと。ありがとうございましたイブさん」
「お役に立てて良かったです。はい、ホテリさんの分です」
サンドイッチを袋から出して渡してくれた。
「ありがとうございます」
「何分ぐらい休憩致しますか?ここからホテルまで十分程かかりますので余裕をもって休憩も十分程でどうでしょうか」
「ずいぶんきっちりしてますね。もしかしてティアナさん、遅刻にうるさいんですか?」
「遅刻にうるさいかはわたしにも分かりません。ただ、どのくらいホテリさんと二人でお話ができるかハッキリしたかったのです」
「どうしましたか俺の顔みて」
ある言葉に引っ掛かり彼女の方を見ると何か言いたそうな感じにこちらを見つめていた。
「ティアナがいないうちに貴方にお聞きしたい事があります」
無意識にとっていた距離を彼女は一気に縮めてきた。
「ティアナさんがいない今のうちにですか」
しっかりとうなづかれてしまう。
「はい。短剣の事、ヨロな……?事件のこと、次期神候補が載る雑誌のこと。ティアナはわたしがこの話題に触れようとすると知らなくていいといって口を閉じるんです。
お願いします。世間の一般認識でいいので、わたしは何も知らないのです、自分が何者か、ティアナがわたしを守る理由も知らないの」
記憶を失っているとは聞いたが本当に何も知らないのか。だけど、
「すみません、ティアナさんが教えないなら俺からは教えられないです」
勝手に教えたとなれば何をされるか分からない。
いや、最悪ティアナに殺されるかもしれない。拒否をするとイブは俯いてしまった。そして信じられないことを口走った。
「……ならばティアナに貴方から襲われたと話します。彼女、なぜかわたしに過保護ですから。昨日みたいに剣を向けられるでしょう。
わたしはいつまでも恐怖を感じていたくないんです!お願い致します、ホテリさん!」
意外だった。イブに脅されるとは思わなかったからだ。確かに己に何が起きているのか分からないのは恐ろしい。
イブが聞きたがっている事の大半は現在、国中で話題になっている。既に僅かなキーワードを彼女は拾っている。ティアナの目を盗んで知ったんだろう。
ならば、知るのが早いか遅いかの違いだ。
「……分かりましたよ。でもティアナさんの前では知らないフリして下さい」
そう言うとイブのポーカーフェイスが少し崩れ笑った。
「ありがとうございますホテリさん。……良かったです、貴方と出会えて」
パーカーをまくって腰ポーチを取り外し中に入っていた紙を二枚取り出す。最小限になるよう折りたためられた紙を破けないよう丁寧に広げる。二枚とも線のしわがひどく読みづらい。
「すみません、読みづらいですよね」
半分を彼女に渡すとすぐさま凝視しはじめた。手元に残った俺の名前が載った方をくまなく探す。何度も見た紙だ。確認作業二週目が終わったところで彼女が声を上げた。
「ありました。ここにティアナの名前が」
彼女が指さしたところには確かにティアナの名前があった。そして名前の隣には職業が書かれている。“記録係”と。
どうりで彼女は戦闘が得意なのか。戦闘が出来なければこの仕事には就けない。例え記録経過観察が主な仕事として取り上げられる記録係でも対象物に傷を付けないよう守り抜く力がなければいけない。
「表題で分かりました。この記事が二人を苦しめているのですね」
この煽りがなければマシな建国記念日を迎えられたと思う。
この“次期神候補”と一部の者達が喜びそうなタイトル付けされたものさえ作られなければ。これが発売されてすぐに皆の話題はこれに移り変わった。影響力は痛いほど感じた。テレビには記事を鵜呑みにした者によっていまだに被害者が続出しているそうだ。
彼女は更に迫ってきて俺が持っている紙も見始めた。お互いの肩がぶつかっているが全く気にしている様子はない。
「そちらの紙にはホテリさんの名前も載っていますね。それに職業も、凱旋砦?つまりここに載られている方々はわたしたちが探している短剣をお持ちで、次の建国記念日に神に選ばれる。解釈は合っているでしょうか」
「まあ合ってますよ。でも本当に全員が短剣を持ってるか分からないし。そもそもヨロナブノン事件だって悪戯だと言われてますからね。勝手に名前を書かれた身としてはいい迷惑です」
「なるほど。では次に短剣について――」
「麗しいお嬢さん、私に聞いてくださればお教え致しますよ。その代わり、この男とティアナという女性が持つ短剣を下さいませんか?」
第三者の声は、賑やかな広場を沈める事なく聞こえた。そして俺の首には冷たい手が添えられた。
「抵抗すれば男の首は飛びますねぇ。早めの決断をお勧めしますよ、お熱いお二人さん」