2.2話 イブの頼みだからだよ
冷たいベットの上、後ろの熱に触れないように身を縮める。
なんでこうなってしまったのか。
黒い鎧は山を降りた。イブの話を信じて俺達は山を降りることにした。もうすっかり暗くなっていたが神殿のあるハクリ宮殿を見上げる町、ハクリは夜も賑わっていた。
昔ながらの石で作られた町並みを灯火が照らしそれを目印に建物の中、外で楽しそうに飲み食いする人々が集まっていた。少しでも黒い鎧の情報がないかとイブと共に聞き込みをしてまわった。だが目星い情報はなく行き詰まってしまった。
そして明かりが少なくなりはじめた頃、一歩引いてついて来ていたティアナから今日はもう終わりにしようと半ば無理やり引きづられ宿を探しをはじめた。だが運悪く二部屋空いている宿が無かった。夕方、交通機関に乱れが生じこの町から出られなかった者達でどこも空きがないそうだ。
ホテルに入ってはすぐに出て、別のホテルを見つけ入っては出て、入っては出てを繰り返して五件目のホテルにてティアナはげっそりとした顔でフロントに言った。
「もう三人一部屋でかまいません。その部屋でお願いします」
ベットが二つしかない狭い部屋に足を踏み入れる。口論の末、ティアナが俺と同じベットで眠ることで決着がついた。
そして現在、本当に同じベットに入っている。
理由はベットは一つイブが使うから。これはティアナのわがまま。きっちり休ませるため。そしてカーペットなだけマシと床で寝ようとしたティアナをイブが引き留めた結果がこうだ。
てっきり女二人でベットに入るか俺が床で寝るかだと思っていたが、予想外だ。
お互い背を向けて顔が見えないとはいえ挙動が監視されている気がしてならない。布団の位置をずらしたいがそれすらも反応が返ってきそうで動けない。完全に閉められたカーテンから光はこぼれてこない。ほんの僅かつけられた照明の明かりを使い部屋のなかを観察して暇をつぶす。
「ホテリ、眠れないの?」
「ふぇっ!?……あー、起きてたんですかティアナさん」
「声が大きい。イブが起きちゃう。……こんな状況で眠れるわけないよ」
寝てるとは考えにくかったがまさか声かけられるなんて。思わず乙女みたいな声が出てしまった。ちょっと恥ずかしい。
「まあ、そうですね。あんたは寝ないんですか?」
「そりゃあ知り合ったばかりの奴を警戒しないわけにはいかないでしょ」
それもそうだが、
「でもイブさんから寝るよう言われてましたよね、あんた」
「……それでもだよ」
イブによるとティアナはどうもここ数日寝てないらしい。心配してか部屋に着いた途端イブはティアナに眠るよう指示していた。指示というよりお願いだったが。
なんだかイブとティアナ、二人の関係がイマイチよく分からない。
戦ったり山と町の道案内をしたり宿を探そうと提案したのはティアナだ。というかほとんどの事をやったのは彼女だ。率先して行動はするがイブの発言には顔色を変えて要望を受け入れている。
もしかしてティアナはイブに逆らえない?でも主従関係を結んでいるようにはみえない。
「ねえ、ホテリは親友の記憶を無くした原因に心当たりはあるの?」
また急に声をかけられ驚いたが今度は喉の奥に悲鳴を隠せた。
「ないです。だからこうして短剣を探しているんです」
「そっか。……あと話変わるけどさ」
急に布団が動き背中に冷たい風が流れこんできた。突然の寒さに振り返るとティアナは起き上がって俺の顔を覗き込むようにみていた。
「私としてはホテリには眠ってもらったほうがありがたいのだけれど。なんなら寝かしつけてあげようか?」
「いらないですよ!子供じゃないんです俺は」
「はいはい、すみませんでしたー。そっぽ向くような子にはやりませんよ。
……まあ、本当に睡眠はとって欲しいな。私はイブを守るので精一杯。イブの頼みで仲間になったけど貴方を守れる保証はない。
自分の身は自分で守って。ーーなら出来るから」
「俺はそんなに柔じゃないですよ。てか、守ってくれんですか?」
「イブの頼みだからだよ」
守る手助けなら出来るから、か。剣を向けてきた奴が態度を変えて大人しくなったのは別の意味で背筋が凍る。
「そうですか」
「そうだよ。こっちから話しかけたけど静かにしないとイブが起きちゃうから終わりね」
そう言うと俺の腹までしかかかっていなかった布団を肩の高さまでかけなおしてくれた。そのあと彼女は高さがずれないように布団の中に戻っていった。おかげでさっきよりも暖かくはなった。
「おやすみなさい。……それと、ーー」
ぼそっとティアナが呟いたのが聞こえた。わざと、なんて?と返してみたが返事はなかった。部屋は再び静かになった。
どのくらい寝たのか。寝ぼけた頭で結局は自分はぐっすり眠ってしまったことに気がついた。さすが俺の寝相の良さ。布団も乱すことなく朝を迎えられた。少し明るくなった部屋と隣から聞こえてくる寝息は更に眠気を誘う。もう起き上がりたくない。
ん?誰が寝てんだ?
振り返ると隣のベットに腰掛けるイブの姿が見えた。背中を曲げて下を向いていた彼女はこちらに気が付いたのか顔を上げた。
「おはようございますホテリさん」
「おはよう、ございます」
「よく眠れましたか?」
「まあそれなりには」
「良かったです。ホテリさんもこのベットの柔らかさに抗っていると思っていましたがしっかりと休んでいて安心しました」
視線を下に向けると俺の隣にはティアナがいた。こんなに穏やかな顔は初めてみた。胎児のように丸くなって眠っている。
こうしてみるとやっぱり美人――、美少女だなティアナも。
長い亜麻色の髪は彼女の顔も部分的に隠している。だがかえってもっと近くで顔を見たくなる仕掛けとなっていた。
まあ、そんなことして起こしたら睨まれそうだからやらないが。小さな唇、ぱっちりとした瞳、ドールのように艶やかな肌、バランスのとれたスタイルで形成されている。暗闇でガン飛ばしてこなければくすんだ赤色の瞳も鮮やかなルビーに思えたかもしれない。
ティアナはどう見ても少女というより大人の女性と呼ぶべき姿をしている。イブと並べればイブは美女、ティアナは美少女と格付けされるかもしれない。だが誰も彼女を子供とは言わないはずだ。神話に出てくる女神喰い一族とは言えない。だとしたら、おそらくはティアナは噂に聞く女神喰いの子孫なのだろうか?
一方でイブは美女。彼女を表すには十分過ぎる言葉だった。
表情を作るのは苦手なのか見る限りポーカーフェイスを保っている。だがそれがクールな大人の女性を演出していた。切れ長で迫力のある目元、無造作な髪でも魅せる顔立ち、シンプルな服を生かしきったスタイルで羨ましい。桃色の髪を耳にかける姿だけで色気を醸し出しているのは心臓に悪い。
「ティアナさん、ずっと寝てなかったんですか?」
「はい。わたしが目覚めたときも起きていました。ベットに横になってはいましたがクマが酷かったので寝ていないのが分かりました。それに話し方がいつもと少し違いましたしね」
「よく寝かせられましたね」
「ええ、なんとか。わたしが心配で眠れなかったそうです。……このくらいで寝てくれるなら言ってくれればやりましたのに」
彼女はその青い瞳を伏せた。視線を辿るとイブの手はティアナの手に捕まっていた。だが決して逃がさないという感じではなくこれじゃあ逃げ出せるだろと思えてしまうほど指は触れる程度だけ絡ませて柔らかく握っている。
夜中に考えていた二人の関係はさらに不可解なものになった。こうしてみるとまるで、親子だ。表情があまり変わらないイブ。いまはなんだか顔が柔らかくなっているように見える。さらにイブはティアナの頭を優しく撫でた。昨日の洞窟での緊迫した出来事とは逆の和やかさがある。
いまなら聞けるかもしれない。
「イブさん、ちょっと聞いてもいいですか?」
「なんでしょうかホテリさん」
「イブさん達の目的はなんなんですか?」
昨日は短剣を探していると聞いた。一緒に行動するのだからもっと詳しい内容が聞きたかった。俺を仲間にいれた理由も判明するかもしれない。
「記憶の短剣を探し出してわたしの記憶を取り戻すことです」
ハクリの短剣の一つである記憶の短剣。記憶を司る羊の姿をした神様。
取り戻す?それじゃあ、この人はもしかして、
「わたしがホテリさんを仲間に引き込んだ理由はわたしと同じだからです。
わたしは旅人……、異世界から迷い込んだ者のようですがその記憶はありません。気がついたらティアナがわたしの手をとっていて――」
「うんん……」
その小さなひとりごとは内緒話の認識でいた俺だけでなくイブも驚かせていた。
「起こしてしまいましたかティアナ」
「うん。……手、ちょっと痛かったから」
「すみません。大丈夫でしたか?」
「平気、ありがとうイブ。寝たらすっきりしたよ」
「たった一時間くらいしか寝てないでしょう。こんなにやつれた顔では安心できません。もっと休んでください」
「大丈夫、もう大丈夫だから」
イブは突き放された手をもう一度伸ばすことなく洗面台に向かっていくティアナを見送った。