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親愛なる未練  作者: 紅ト
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2. どうされたのですか?

 

 洞窟で俺とアイツは入れ替わった。ほんの一瞬だけ。ああ、目の前にいる女は俺のことを調べてから会いに来たのか。だから武器を持たず手足に枷をかけられた俺に油断したのだろう。

 先程までの彼女は目的を果たせないと知り、この状態の俺を見捨てて立ち去ろうとしていた。

 だから俺は能力を使い彼女と精神を取り替え、自分を助けようとした。


 ……してしまった。


 今は後悔している。ほんの数秒で精神は元の俺の体に戻った。その一瞬、彼女の心の声が流れ込んできてしまった。


 そして俺はいけないと分かっているのに口に出してしまった。


「あんた、……女神喰いなのか……?」


 女神喰い。このミレンディア王国に住んでいる者なら、いや、いまやこの世界中に知れ渡っている。


 大昔、この国の神話を終わらせた子供たちの名前。信仰していた女神様を喰らい、他の神々をも喰らおうとした一族の通称。


 そして九十九年前の建国記念日、その族長は公衆の面前で神宿る短剣を複数盗み出し百年後の建国記念日にこの短剣を持っていた者を神にすると言って逃走した。


 この事件が世間に広まったことで神話を終わらせた一族は再び神と国民を恐怖へと陥れた。


 驚きのあまり思わず口にしてしまった。聞こえていたようで彼女はこちらに近づいてきた。目の前に来ると俺の襟元を勢いよく引っ張った。


「今、何をしたの?どうして武器が壊れた貴方が能力を使えるのよ。それに貴方の能力は精神交換のはず。どうして私をそんな酷い名前で呼べたのよ、答えなさいホテリ」


 薄暗い洞窟の中だが彼女の赤い目はよく目立つ。その目は早く言えと責めているようだった。


「そんな事聞いてる場合ですか?あんたも短剣を探してるんなら早く犯人を追いかけたらどうです?」


 少しずつ思い出してきた。


 そうだ、俺は親友の形見である短剣を持ってここの洞窟へとやってきた。目的の場所、ハクリ神殿にたどり着くために。


 厳重警備の神殿を正面突破することは出来ないと考え、神殿のある宮殿に繋がる洞窟から侵入を試みた。洞窟だって警備はいるが入り組んでいて隠れる場所が多い。


 不意をついて先に進めると思ったが結果はこの有り様。失敗した。予想外の最悪の事態に、だ。

 アイツに出会わなければ警備兵にも捕まることなかったしこの女に連れ出されることもなかったのに!

 そんなことより彼女の恐ろしい顔を拝んでいるこの状況から脱却しなくては。


「そうだね。貴方の言う通りだ」


 そう言うと彼女は俺を乱暴に放り投げだした。そして右手に剣を召喚し俺の前へとその刃を見せつける。良く磨かれた美しい刃が情けない顔を映し出した。


「それじゃあね」


 ゆっくりと剣は振り上げられた。まずい、このまま死んでたまるか。だけど彼女の言う通り本来なら能力は使えないのにさっきは発動できた。理由は分からない。


 だが、どうか、せめて、もう一度だけ発動をしてくれ!!


 ガシャンと重たい物が落ちた時の鈍い音と金属が擦れたような短い音。


 視界の情報を把握する前に音が何が起きたかを教えてくれた。振り返れば想像通りだった。彼女が持っていた剣が離れた地面へと投げ出されていた。


「……ホテリ、貴方自身も能力が使えた理由が分からないの?」


 低い男の声、自分の声が聞こえてきた。


「そうですよ。自分でも精神交換が上手くいった理由は分かりません」


 女の声で俺は答えた。まさしく彼女の声そのものだった。何故か上手くいった俺は入れ替わった瞬間に凶器を遠くに投げ飛ばしていた。さっきの入れ替わりは一瞬だったのに今度は話ができる程に発動時間が伸びている。いつ戻るか分からない。立場が逆転した今、すべきことは……。縛られている彼女(俺の体)に近づき服をめくる。


「ちょっ、なにする気なの!?」


 体を捻り逃げようとするせいで邪魔されてしまう。その体制でよく動けるな。服の裾すら掴めない。掴めても逃げられてしまう。


「ああもう、動かないでください!」


 相手の体を左手で押さえ右手で服を捉え勢いよくまくる。


「や、やめろーー!!……ってどこから出したのそれ」


「ずっと尻の下にあったのに痛くなかったのかよ」


 はだけた服の下に隠れていたウエストポーチ。その中に入っていた二つのロープを取り出してみせた。一見普通のロープだ。市販されているロープだがとある加工を施している。だがこれを彼女の目の前で使ってみせると一瞬驚いた顔をしたがすぐに何をされるか理解したのか声を荒げた。


「ちょっと私の体に変なことしないでよね!」


 ブーツの上から二往復し結び目をきつくしめる。そのあと手首を合わせて口を使いロープをかけて結ぶ。慣れない体に少し時間はかかったがなんとか拘束が終わった。


 彼女をみると険しい顔をした自分がこっちを睨んでいた。見慣れた姿に恐怖なんて感じない。


「俺を助けてくれなかったじゃないですか。今から能力解除しますがそのあとは自分でなんとかしてください」


「戻っても貴方も同じ状況でしょう?」


「同じじゃないからこんな事したんですよ。じゃ、解除」


 いつものように意識を集中し能力の解除式を思い浮かべる。


 ゆっくり瞼を開けると、目の前には手首に巻かれたロープを解こうとする彼女。大きく口を開けロープに齧り付いている。彼女も必死なのかこっちを一切気にせず取り組んでいる。なんとか時間稼ぎは出来そうだ。そのロープは耐久性を強化してある。知り合いの魔法使い?に頼んだ代物だ。一般的な人間の力では引きちぎれない。だがあの剣なら切れるはずだ。対人間用の一時的な拘束を目的としたロープだ。


 さて自分の拘束を解かなければ。警備兵にかけられた手錠と足枷。見たところ鍵穴は一つ。さっきポーチとポーチに入っていた針金を地面に置いておいた。それを口でとり鍵穴に入れる。よし、なんとか上手くいった。手錠を地面に捨て自由になった手で足枷も鍵穴をいじる。手が動かせればこれぐらい容易い。思った通りすぐに枷は外れた。


 今すぐアイツを追いかけなければ。サイズの合ってないぶかぶかのパーカーの下に腰ポーチを戻す。準備を整え彼女が去って行こうとした方向へと走り出そうとした。


 しかし次の瞬間、俺は地面へと叩きつけられていた。腹の痛みで起き上がれず、せめてもと顔をあげると彼女はたしかに地面の上に君臨していた。


「戦闘では余所見してはいけない。よく言うでしょ?」


 あり得ないだろ!どんな馬鹿力だよ!


 俺の腹を蹴ったその足で彼女は近づいてきた。そしてまた同じ箇所を踏みつけた。どしんと重みがのっかった。上書きされ新しく出来た擦り傷の痛みなんて忘れさせられた。


「もういいや。貴方は潰す。最後に聞きたいことがあるの」


 腹へのダメージと彼女の表情は同調しているだろう。なんて、怖い顔を見上げている暇はない。


 いま能力を使ってもこちらが不利だ。彼女の手はまだ縛られている。解いて逃げる準備なんて……間に合わない。入れ替わっても俺の体で逃げられないんじゃ意味ないし俺の体に何されるか分かったもんじゃない。現在抵抗する隙もない。何か突破口はないかと考えを巡らせても身体中の痛みが邪魔をする。


「……なんですか」


 ならば、答えをあげれば少しは生かす選択肢を与えてくれるだろうか?


「短剣をどうやって手に入れたの?」


 腹への力が徐々に強まっていく。


「……親友から貰ったんです」


「そう。じゃあ貴方の親友の名前と特徴を教えて」


 親友の名前と特徴……?……ダメだ、どうした?ああ、息が苦しい。ああ、視界がぼやけていく。どうしてだ……?


「……分からない」


「えっ?」


 だめだ。もう、耐えられなかった。


「分からないんだよ!!俺は、、俺は親友の顔も声も名前も知らない……。覚えてることはあの短剣があいつの形見だったっていうことだけ。……なのに鎧の奴といい、あのゴシップ雑誌といい……、あんたもだ!!もう、俺の思い出を汚さないでくれ……」


 拭っても拭っても終わることはない。心の奥底から出てくる涙は止まってくれない。聞きたくもない自分の声はとても不愉快で気持ち悪い。


 ここに辿り着くまでに様々な人々にあった。そいつらは願いを叶えてくれる短剣としてしかあれをみなかった。


 顔見知り程度のかつての同級生は噂に流されちょっとでいいから本物を見せてくれと現れた。


 どこの世界からきたかは分からない綺麗に着飾った金持ちは使用人を侍らせ目の前で一人オークションをはじめた。


 法も秩序も損害も思いも知らないであろうお調子者は英雄に自身を重ねて溺れ窃盗未遂を起こした。


 ハクリの短剣保持者一覧にホテリの名前が載ってからわずか七日。羞恥を感じてしまう程、周りは腐っていた。いや、腐っている奴らが表に出てきただけか。ぐしゃぐしゃの感情を整理する時間もなく思考もなく、親友の手がかりになるかもと向かった先はここ。短剣を使い願いを叶えるスポットと認識されてしまった神聖なハクリの神殿だった。


 あの短剣には神様が宿っている。なら、中に宿る神様なら親友のことを教えてくれると思った。

 しかし神殿に辿り着くことすら出来ずこの洞窟であの事件の犯人と似た黒い鎧を着た奴に大切な形見を奪われた。

 いったい俺は何をやっているんだ。


「ティアナ!!!」


 突然、女の叫び声が洞窟に響いた。それに即座に反応したのは彼女の方だった。腹を苦しめていた足をすぐに下げ、突如現れた人物を見た彼女は明らかに動揺していた。


「イブ、どうしてここに!?隠れててっていたはず――」


 イブと呼ばれた女性はおそらくティアナ(彼女)の横を通り過ぎて俺の目の前へ来てしゃがんだ。


「どうされたのですか?」


 そう言うと俺の手を取りこう言った。


「大丈夫ですよ。涙で吐き出して楽になりましょう」


 思わぬ登場人物で一度は引っ込んだ涙。だがまた顔を濡らしはじめる。


 どうして……。


 こんなに泣いたのはいつぶりだろうか。蘇ってくる嫌悪感満載の記憶を流し出す。


 ごめん……。


 腫れたであろう瞼を更に痛めつけ現実逃避をする。

 絶対取り返すから……。



 誰にも止められず、歳に似合わず泣き続けた、と思う。


 現実に引き戻されたのはイブがうっすらと残る手錠の跡を優しく触り始めたからだった。自分の大きさの違う手は初めだけ冷たかったが摩擦で同じ体温へと移っていった。

 しばらくおそらくイブ(彼女)の好きにさせていたが途中で色々と恥ずかしくなってしまい手を引いてしまった。


「こんなの痛くないんで大丈夫ですよ……。えっとイブさん?」


「痛い時は正直に答えて下さいね。わたしたちが助けになりますから」


 桃色の髪を耳にかける姿はとても色っぽい。厚い唇から放たれる言葉は優しいが表情からは喜怒哀楽のどこにいるか読み取れない。それでも彼女の行動は嬉しかった。


「ありがとうございます。じゃ、じゃあこれで俺は失礼します」


 去るタイミングを見失っていたので今のうちに離れてしまわなければ。正直、二人の記憶を消し去っていきたい。だがすぐにでも短剣を奪った奴を追わなくては。


「貴方も願いが叶う短剣をさがしているのですか?」


 立ち上がる時に聞こえた声に返す。


「親友の形見なんで。だから取り返さなきゃいけないんですよ。俺はこれで失礼させて頂きます」


 座るイブに挨拶をし立ち去ろうとしたが衝撃の言葉が聞こえてきた。


「みんな目的は同じです。一緒に短剣を探しませんか?」


「「えっ?」」


 ティアナも予想外だったのか驚いた顔でイブを見たいる。イブは立ち上がり再び俺の手を取った。

 俺より身長が高い彼女だが威圧感は感じなかった。むしろ彼女は何かに怯えているのか触れる手は震えていた。そして俺にだけ見える角度になるようさらに距離を詰めて口角を上げ、苦しそうに笑った。


「これから宜しくお願い致します、ホテリさん」


「ま、待ってよイブ!いきなり何言ってるの!?」


 俺とイブの間に入り引き剥がしたティアナは取り乱していた。


 目的が一緒?じゃあ俺が、ティアナが女神喰い一族だと知ったから殺そうとしたのは思い違いか?イブは気にすることなく俺に話しかける。


 だがその顔からすでに引きつった笑顔は消えていた。


「ホテリさん、短剣が盗まれたと仰ってましたよね?犯人はこのあたりに穴の空いた黒い鎧をきていませんでしたか?」


 イブは自身の心臓付近に手を置いた。そう、それで間違いない。


「そいつです!でもなんで知ってるんですか」


「わたしは洞窟の出入り口辺りで隠れているよう言われていました。一時間前、洞窟からその方が短剣を持って出ていくのを見かけました」


「ほ、本当ですか!?そいつはどこに――」


「知りたい、ですか?」


 遮って放たれたその言葉は重く感じた。まるで本当にいいのかと問いかけてくるようだった。だが俺はその確認さえどうでもよくなっていた。


「ああ、知りたい!鎧野郎はどっちに行ったんだ!?」


「教えるかわりに犯人を捕まえるまでいいのでわたしたちと共に来てください」


「分かった!それで奴はどっちに……」


「こいつを仲間に入れるのは認めないから!!!」


 覆い被せて遮った声。それには必死さが含まれていた。ティアナは俺を見ることなくイブに真っ直ぐ向かった。お互いの心情を探るかのように見合う。


「ティアナはわたしの望むものを全て揃えてくれると言ってくれましたよね」


「言ったけどこいつを連れて行くなんて認められないの!」


「なぜですか?ティアナのいう敵が現れるからですか?」


「それもそうだし知らない奴を仲間にするなんて危険なの!」


「ホテリさんのことはこれから知っていけばいいではありませんか」


「でも彼には武器がない。今から申請しても時間がかかる。戦力外は連れていけない。かまっている暇はないの……」


「それならわたしが守ります」


「そんなのもっとダメだよ!!……イブは自分の身を守ることだけ考えてよ、お願い」


 利点をあげるイブに対して否定と欠点を述べるティアナ。側から見ていてどちらが追い詰められていったのかすぐに分かった。


 それはティアナの方だった。


 今までの強気な態度はどこへ行ったのか。イブの反論を受けるにつれて視線は下がり、胸の前に置いた手は硬く閉じ、汗が出始め、伸びた背筋は弱々しく曲がっていった。


 イブは深いため息をついた。そして真っ直ぐとティアナを見つめた。そして、


「なら貴方に協力はしません。わたしは異世界人保護施設オアシスへと向かいます」


 最後の言葉は場を静寂と変えた。


「……分かった」


 その言葉は洞窟中に反響することはなかった。小さな声で聞こえた了承。


「ホテリ、さっさと貴方の短剣取り返しに行くからついて来て」


 聞き取れるのがやっとの声でそう言うと彼女は背を向け歩き始めた。


「ありがとうございますティアナ。ではホテリさん、これから宜しくお願い致します」


「は、はい。宜しくお願いします」


 差し出された手は握手を求めていたのかと後で気がついた。その時はそんな発想など無く、得体の知れない緊張感に簡単な答えしか返せなかった。

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