1.ボクが君の未練だ
「チェンジで」
この言葉に驚きはしなかった。
「ワガママ言うなよ。最後の学食くらい自分でとってこいよな」
肉、魚、野菜と栄養満点のメニューが揃うプレートの上。少し肉をおおめにしてボリュームのあるメニューにしてきたのに。親友は不貞腐れた態度をとりながらデザートに手をつけた。
「美味しいぞ」
「なら良かった」
俺達は明日、卒業式を迎える。が、こいつとは会えなくなる訳じゃない。
夏の日差しが照りつけるこのガーデンテラスは暑さのせいか俺達二人しかいない。すぐ隣の食堂が涼しそうで羨ましい。俺たちの他愛ないいつも通りの会話は誰にも聞かれていないのかもしれない。
「嫌ってくれ、頼む。親友を辞めよう」
唐突の切り出しに俺は焦る。
「またかよ、やだね」
「………………」
否定した後、向こうから何もなかった。怖くなった俺は食事を辞め顔を恐る恐るあげた。
「ようやく目があったなホテリ」
目の前の微笑む顔は無邪気なそれではなかった。影を伴っているようで見ているだけで息苦しい。
「キミに迷惑をかけたくないんだよ。短剣を捨てる事はできない。これからずっと追われるんだぞ?いいのかよ」
「俺は親友を辞めるつもりはない。何の為にここに通ってるか分かるか?力をつける為だ」
「王子様だなー!じゃあ守ってくれるか?」
「まずは自分で自分を守れよな……。どうした?」
「ねえ、悔しいと思わない?大切な物を奪われたらさ。ホテリだったら大切なものを奪われたらどうする?奪還?復讐?……、それとも諦める?」
「そりゃ取り返すよ、大事な物だったら」
「じゃあさ、この短剣が知らん奴に取られたらどうする?」
乱雑にテーブルに置かれる短剣。刃が光に当たり眩しく神々しい。錆を知らないそれは場違いな輝きを放っていた。刃には文字が掘られていた。テレビで見たことがある。あの事件に出てくる神聖な短剣と同じだ。そんなもの、ただの学生が学校に持ってくるような代物ではない。
「取り返す。同じ事言わせるなよな」
俺はパンをちぎって口に入れた。その間も親友は何も言わない。ジャムをつけるため手を伸ばしたついでにあいつを見る。こちらをじっと眺め微笑んでいた。体がむず痒くなる。それ以上の動きを見せない親友を無視して一人で食事を進めた。そして最後に残していたケーキに手をつける。乗せられた王冠の飾りをどかすと名前を呼ばれた。
「……ボクも覚悟を決めなきゃだな。ズッと一緒だから、泣かないでねホテリ?
愛は偉大だよね。神だって人間だって他種族だって愛は最大の娯楽だ。だけどね、いつまでも愛が続くとは限らない。愛を支えるモノは何だと思う?
未練だよ、一度得た感情は心残りにより再生、培われる。ボクが君の未練だ」
両手をこちらに向け最後の言葉を誇張した。
「お前はなにを言ってるんだ……」
「なにって君の心に残りたいって言ってるの!もう、ホテリってばほっとくとボクの事忘れそうで困っちゃう!そうだっ」
親友は悪巧みでも思い付いたのか顔をニヤニヤさせた。そのまま立ち上がると空を見上げた。
「生まれ変わるんだ!文字通り新たな生命としてこの世に生まれ、ホテリと会ってまた人生を謳歌してやる!」
椅子に片足を乗せフォークを天に向けて宣戦布告した。フォークには丸くて黄色い野菜が刺ささっている。親友の顔は未だに空を向いている。今、どんな顔をしているんだろうか。親友はお構いなしに続ける。
「……だからさ、ボクが転生するまでホテリには生きていて欲しい。昔、この世界の神は死を知らなかった。けれどもう今は誰だって理解している。転生が成功するかは分からない。……だけど、ここには神宿る短剣がある!これがボク達を繋げてくれる。ボクは神に逆らってもキミとの人生を望む!」
まるでプロポーズみたいだ、なんて考えていたから口に出ていたのだろう。親友は椅子から足を退け再び座った。今度はにこやかに、嬉しそうに笑った。
「じゃあじゃあ、また二人会えたら高らかに誓いの言葉を宣言してやろうじゃないか。ボク達は永遠に親友だって、この短剣にさ。だからさ、また逢える日までこれを持っていて欲しいな」
身を乗り出した相手は俺の顔面にスプーンを突き出してた。そのスプーンの上には赤い小さな果実が二つ、仲良くくっついていた。
「ボクはね、絶対君を愛し続けると誓うよ。じゃ、また会おうね。親友のホテリ」
全て夢みたいだ。どういう事だろう?矛盾している。愛してくれるなら親友を辞めようなんて言えるか?
瞬きする度、視界がぼやけていく。暑苦しい日光とガーデンテラスは冷たい洞窟と地面へと映り変わる。
暖かい涙とは違い冷たい雫が体に当たる。
柔らかい椅子は消えた。体は硬い地面に寝むらされている。自由に食事を口に運べない。寄り添う手足は繋がれ動かない。
「ねえ、短剣はどこにあるの?」
背後から女の声が聞こえた。はじめて聞く声だ。
短剣ならそこにあるだろって話しかけた。
繰り出される質問に一つずつ答えていく。すると、視界の中に女が映った。
まてよ、何でそっちに行くんだよ。
歩幅を変えず歩いていく女。
待てよ、置いて行くなよ。もう誰も俺を置いて行くなよ!
心の声は伝わっていた。
女は振り向くとその赤い二つの果実で俺を見下した。