殺したい少女と友達
「お会計、406円になります」
普通にお会計を済ませながら、少し不思議だとも思った。
殺人を犯した人間にも、日常生活があるのは当然なのだけれど、しかしこうして目の前で実例を見るとなんだか拍子抜けというか、こんな様子からあんな血塗れの姿は、とてもじゃないが想像出来ない。
「ねえ、この前はなんかごめんなさい」
「なんであなたが謝るんですか」
「い、いや、いきなり変な事口走ったから」
「話し掛けたの、僕の方ですし」
「そうだけど…」
なんだかやりずらい。僕も人と話すのは苦手な方だし、彼女もこちら側の人間なのだろう。でも──
「あのね、私、あなたみたいな人、本当に初めて会ったから」
そりゃそうだろう。
「あなたと何か縁を感じたのも嘘じゃないからさ…」
えっ?
「あなたと友達になれたらな、とか考えたりして」
縁を感じた。それには僕も同感出来る、かもしれない。
僕も昨晩のように、道端でいきなり人に声を掛けるなんていう行動、生まれて初めてしようと思ったし、それを縁と言えなくもない。いや言えないな。
まあでも、昨日の彼女の告白(?)を断った理由は、そもそも女子と付き合うつもりが無かったという事で、別に彼女が嫌いだったワケではない。
彼女と友達になる理由は無いが、彼女と友達にならない理由も無いと言えば無い。
「良いですよ」
「えっ」
「だから、友達になっても良いって言ってるんです」
「そっかぁ、嬉しい。初めてのお友達だ」
初めては流石に大袈裟ではないだろうか。僕ですら友達と言えるかもしれない人間の一人か二人はいる。最も、相手がどう思っているかは知らないが…。
「誰かと友達になりたいって、思ったのは君が初めて。だから本当の意味で、君は私の初めてのお友達なんだ」
なるほど、友達が初めてというのはそういう事か。
僕と違い、終始殆どニコニコしながら話をしている彼女だが、案外、根っこの部分は僕と近い人種なのかもしれない。
「そういえば、私達、まだ名前知らないね」
「私、咲等 殺。よろしくね」
「僕は、真白 昼夢、です。よろしく」
こうして、僕と彼女の奇妙な友人関係が始まった。
バイトがもうすぐ終わるから、と言って彼を外に待たせた。
今思えば迷惑だったかもしれないが、彼は何も言わず三十分弱待ってくれていた。
「お待たせ」
「ああ、いや、大丈夫です」
なんだかぎこちない。彼も私も、人間関係はかなり薄い部類の人間だとは思うけど、それにしてもぎこちない。私が堂々とし過ぎなのだろうか。
「同い年なんだから、タメで話そうよ」
「それもそうです…そうだね、咲等さん」
「殺って呼んで。私も昼夢くんって呼ぶから」
「でも、そういうの苦手だから」
友達ってなんだか難しい。
最初話し掛けてきたのは彼なのに、これでは最初と立場と逆転してしまっている。図々しいかもしれないな。
「なんか、ごめん」
「あ、いや、そんなつもりじゃなくて…こっちこそごめん、殺さん」
家族とは三年程会ってないせいか、物凄く久しぶりに、懐かしく感じる名前呼び。他人に呼ばれた事なんて、それこそ遠い昔にあったか無かったというレベルだ。自分から言い出しておいて、少し顔が熱くなる。
「殺さん?」
「ううん、なんでもないなんでもない」
不思議そうな顔をされた。当たり前か。
話を反らさないと…、
「ところで殺さん、僕達、何処に向かっているの?」
「あ、ううん、何も考えてなかった。いつも適当に寄り道して帰るから、その気分で適当に歩いてた。もしかしてお家と逆方向だったりする?」
「いや、家は大丈夫だけど」
そうなんだ、と少し感慨深そうな表情をして彼は言った。
「なんか似てるね、僕達」
初めて見せてくれた、彼の唯々優しい笑顔とその言葉に、なんだか胸が苦しくなって──
「泣いてるの?」
「い、いや、これは違う…」
「ごめん、いやあの、僕もしょっちゅうそこら辺うろちょろしてるから、そういうところが似てるなとかそういう意味で」
「解ってるよ。けど、なんだか嬉しくて。初めて、近くに人がいる気がして」
そっか、と彼は言う。
「僕も嬉しい。こうして人と一緒に話せて」
彼にとっても、私にとっても、きっと『初めて』の人なのだと、この時確信した。
彼女と話していると、不思議と落ち着く。こんな人は初めてだし、こんな感情も初めてだった。
その後彼女とは、何気ない雑談をした。好きな食べ物は何だとか趣味は何だとか、そういう他愛のない会話をしてから、彼女と別れた。
大した話はしてないのに、彼女を見ていると不思議と笑みが零れる。彼女の笑顔につられてなのか、それ以外にも理由があるのかは解らないが。
ともかく僕は、「死にたい」と思うようになってから初めて、その感情を忘れられたような錯覚をしたのだった。
「コレで良し。いつでも連絡してね。私もいつでも連絡するから」
「いつでもはわからないけど、うんわかった。僕もなるべく連絡するよ」
帰り際、生まれて初めて、家族以外の連絡先が僕の携帯に登録された。
浮かれたような気持ちになりもしたが、そうか、友達ならこれが普通なのか。
友達が何をするものなのか、まだ理解が追い付かないうちに
「じゃあね、また今度」
と彼女は手を振った。
「うん、また今度」
彼女の後ろ姿を見ながら、早く『また今度』がこないかなと思ったのは、僕だけの秘密だ。