表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

殺したい少女と友達

「お会計、406円になります」

 普通にお会計を済ませながら、少し不思議だとも思った。

 殺人を犯した人間にも、日常生活があるのは当然なのだけれど、しかしこうして目の前で実例を見るとなんだか拍子抜けというか、こんな様子からあんな血塗れの姿は、とてもじゃないが想像出来ない。

「ねえ、この前はなんかごめんなさい」

「なんであなたが謝るんですか」

「い、いや、いきなり変な事口走ったから」

「話し掛けたの、僕の方ですし」

「そうだけど…」

 なんだかやりずらい。僕も人と話すのは苦手な方だし、彼女もこちら側の人間なのだろう。でも──

「あのね、私、あなたみたいな人、本当に初めて会ったから」

 そりゃそうだろう。

「あなたと何か縁を感じたのも嘘じゃないからさ…」

 えっ?

「あなたと友達になれたらな、とか考えたりして」

 縁を感じた。それには僕も同感出来る、かもしれない。

 僕も昨晩のように、道端でいきなり人に声を掛けるなんていう行動、生まれて初めてしようと思ったし、それを縁と言えなくもない。いや言えないな。

 まあでも、昨日の彼女の告白(?)を断った理由は、そもそも女子と付き合うつもりが無かったという事で、別に彼女が嫌いだったワケではない。

 彼女と友達になる理由は無いが、彼女と友達にならない理由も無いと言えば無い。

「良いですよ」

「えっ」

「だから、友達になっても良いって言ってるんです」

「そっかぁ、嬉しい。初めてのお友達だ」

 初めては流石に大袈裟ではないだろうか。僕ですら友達と言えるかもしれない人間の一人か二人はいる。最も、相手がどう思っているかは知らないが…。

「誰かと友達になりたいって、思ったのは君が初めて。だから本当の意味で、君は私の初めてのお友達なんだ」

 なるほど、友達が初めてというのはそういう事か。

 僕と違い、終始殆どニコニコしながら話をしている彼女だが、案外、根っこの部分は僕と近い人種なのかもしれない。

「そういえば、私達、まだ名前知らないね」


「私、咲等(さくら) (あやめ)。よろしくね」

「僕は、真白(ましろ) 昼夢(ひるむ)、です。よろしく」

 こうして、僕と彼女の奇妙な友人関係が始まった。


 バイトがもうすぐ終わるから、と言って彼を外に待たせた。

 今思えば迷惑だったかもしれないが、彼は何も言わず三十分弱待ってくれていた。

「お待たせ」

「ああ、いや、大丈夫です」

 なんだかぎこちない。彼も私も、人間関係はかなり薄い部類の人間だとは思うけど、それにしてもぎこちない。私が堂々とし過ぎなのだろうか。

「同い年なんだから、タメで話そうよ」

「それもそうです…そうだね、咲等さん」

「殺って呼んで。私も昼夢くんって呼ぶから」

「でも、そういうの苦手だから」

 友達ってなんだか難しい。

 最初話し掛けてきたのは彼なのに、これでは最初と立場と逆転してしまっている。図々しいかもしれないな。

「なんか、ごめん」

「あ、いや、そんなつもりじゃなくて…こっちこそごめん、殺さん」

 家族とは三年程会ってないせいか、物凄く久しぶりに、懐かしく感じる名前呼び。他人に呼ばれた事なんて、それこそ遠い昔にあったか無かったというレベルだ。自分から言い出しておいて、少し顔が熱くなる。

「殺さん?」

「ううん、なんでもないなんでもない」

 不思議そうな顔をされた。当たり前か。

 話を反らさないと…、

「ところで殺さん、僕達、何処に向かっているの?」

「あ、ううん、何も考えてなかった。いつも適当に寄り道して帰るから、その気分で適当に歩いてた。もしかしてお家と逆方向だったりする?」

「いや、家は大丈夫だけど」

 そうなんだ、と少し感慨深そうな表情をして彼は言った。

「なんか似てるね、僕達」

 初めて見せてくれた、彼の唯々優しい笑顔とその言葉に、なんだか胸が苦しくなって──

「泣いてるの?」

「い、いや、これは違う…」

「ごめん、いやあの、僕もしょっちゅうそこら辺うろちょろしてるから、そういうところが似てるなとかそういう意味で」

「解ってるよ。けど、なんだか嬉しくて。初めて、近くに人がいる気がして」

 そっか、と彼は言う。

「僕も嬉しい。こうして人と一緒に話せて」

 彼にとっても、私にとっても、きっと『初めて』の人なのだと、この時確信した。


 彼女と話していると、不思議と落ち着く。こんな人は初めてだし、こんな感情も初めてだった。

 その後彼女とは、何気ない雑談をした。好きな食べ物は何だとか趣味は何だとか、そういう他愛のない会話をしてから、彼女と別れた。

 大した話はしてないのに、彼女を見ていると不思議と笑みが零れる。彼女の笑顔につられてなのか、それ以外にも理由があるのかは解らないが。

 ともかく僕は、「死にたい」と思うようになってから初めて、その感情を忘れられたような錯覚をしたのだった。


「コレで良し。いつでも連絡してね。私もいつでも連絡するから」

「いつでもはわからないけど、うんわかった。僕もなるべく連絡するよ」

 帰り際、生まれて初めて、家族以外の連絡先が僕の携帯に登録された。

 浮かれたような気持ちになりもしたが、そうか、友達ならこれが普通なのか。

 友達が何をするものなのか、まだ理解が追い付かないうちに

「じゃあね、また今度」

 と彼女は手を振った。

「うん、また今度」


 彼女()の後ろ姿を見ながら、早く『また今度』がこないかなと思ったのは、()だけの秘密だ。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ