第四節
翌日、私は信のお母さんから某プロデューサーの名刺を貸して貰い、その事務所に1人乗り込んだ。
無謀な賭だと分かっていても行動せずにはいられない。受付嬢に、プロデューサーの名前と所属を伝えると、どうやら受付嬢は私のことをスカウトされた新人アイドルだと思ってくれたらしく、すぐに連絡を付けてくれた。
数分後、ロビーに現れたのは、二十代後半か三十代前半くらいの無精髭を生やした男性だった。肌が黒く、くしゃりとアイロンの掛かっていないヨレヨレのワイシャツに、擦り切れたジーンズ、極めつけはサンダルだ。
彼は私を見て呆然としていたが、ハッと我に返ると急に背筋を伸ばした。
「ここじゃ、何だから話しは会議室を使おう」
確かに行き交う人からの視線があり、ここでは話し難かったので、彼の提案にはホッと胸を撫で下ろした。
彼が案内してくれたのは二階の複数ある会議室の一つだ。中は六畳ほどの狭さで、椅子が四つと長テーブルが2つに、壁に掛けられたホワイトボードしかない。
中に入ると、彼は鍵を閉めてから椅子の一つに座った。テーブルに肘を付き億劫気に不審な眼差しを私に向ける。
「んで、あんた誰よ? イケメンくん」
私は彼の前の席に座り、まっすぐ彼を見据えた。
「東 信の幼なじみ、長峰 皐と言います。私もアイドルにして下さい、お願いします」
深々と頭を下げる私に、彼はポカンと口を半開きにして、「信じられない」と呟いた。
「あのねぇ、あんたみたいな綺麗な顔の子なら、普通にオーディション受けた方がよっぽど実になるよ? こんな訳の分からないキテレツ企画に乗っかったって、時代の流れと共にあっという間に廃れちゃうのは勿体ないと思うんだけどなぁ?」
「それじゃあ、意味がないんです」
「ほう?」
「だって、私がアイドルになりたいのは、信と対等の立場でいたいからです」
「……はい?」
「信はあなたの企画に乗っかった。私は彼に置いて行かれるのが嫌なんです。別にアイドルを目指したい訳じゃなくて、彼の見る世界を一緒に見られたら面白そうだなぁと思ったから、この企画に乗っかりたいと思ったんです。不謹慎ですみません」
かなり不純な動機を伝えると、彼は悩むように頭を掻いた。
「……まぁ、こっちとしては最後の1人が見つからなくて頭悩ませてた所だから、あんたの申し出は嬉しいけどさぁ、本当に良いの?」
「はい!」
「……そう」
彼はガタンと立ち上がり、私に背を向けた。
「じゃあ、ちょっと手続きの書類を持ってくるから待ってて」
「! はい、ありがとうございます」
「お礼はこっちの台詞。いいから、待ってなさい。後、俺の名前は南原 和治。かずじぃでいいよ」
「え、いえ、南原さんと呼ばせてください」
「……あんたみたいな天使が俺のアイドルユニットとか、マジで泣くわ。あんまりお兄さんを泣かせないでね」
パタンと扉の向こうへ行ってしまうと、私はどっと緊張から冷や汗が流れた。
(良かったぁ、まだメンバーが見つかっていなくて)
万が一、すでに主要メンバーが決まっていたら、後の祭りだ。
けど、メンバーは揃っていなかった。これで信と同じ場所で立っていられるし、同じ景色を見ていられる。
いずれ、私と信は違う未来に進んでいくのは分かっているけど、今だけは、子供の間だけはずっと一緒にいたいと思っている。
(きっと、私のこんな醜い感情を見せたら、きっと信はドン引きするんだろうなぁ)
知られたいような知られたくないような不思議な感覚に浸りながら、私は南原さんが戻ってくるのをひたすら待った。
そして、誓約書を書き終えた後で、南原さんに私が女性であることを明かした時の顔は、後にも先にもこの一回しか見ることができないくらいに酷い顔だったと思う。




