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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act2 四月、鮎川君と北原さんとバスケ
9/105

2-4

「……あなた、あまり見ない顔だけど」

 寮長はしごくもっともな言葉を口にした。

 あまりどころじゃなく、まったく見ない顔であるはずだ、わたしは。しかしそんな真実は口にできないわたしにできることはただひとつ。

 愛想笑い。

「え、そんなことないですよう」

 一に笑顔、という梓の言葉の引用が間違っている自覚はあるが、あえて今使おう。

 とりあえず、笑っとけ日本人。その笑顔が不気味だというわびさびのわからぬ外国人は放置。

「でもあなた、何組の誰?」

 そんな質問にもたじろぐことなく微笑んだわたしに彼女は戸惑っている。

「え、わたしですか?」

 にっこり笑い、そしてわたしは次の瞬間寮長の横をすりぬけて走り出した。一気にサロンのドアまで突っ走って駆け抜ける。飛び出した先に居た寮生が、わたしに弾き飛ばされそうになるのをかろうじて避けてから唖然とした表情を向けてきた。

「まちなさい!」

 寮長の鋭い声があたりに響き渡る。けれど振り返ることもなくわたしは寮の入り口まで来ると、わたしの勢いに驚いている学生を弾き飛ばすように外に出た。ごめん、止まれない!

 美麗な中庭をつっぱしるわたしに背後から声が追いかえる。

「門を閉めて!」

 わたしは結局正面突破になってしまったらしい。いや、突破できればだが。

 重たそうな門の前に居た寮の管理人が一瞬ぎょっとしたあと、慌てて門を押し始めた。これはかなりまずい、門がしまったら入った時のように乗り越えるなんてゆとりなことをしている暇はない。閉じ込められるのはかなりまずい。

 そのときわたしが思ったのは、梓のことだった。

 わたしがこんな馬鹿なことに巻きこまれて、騒動になったら、梓は悲しむ。


 なんて殊勝なことではない、断じて。


「ここでつかまったら、梓に殺される……!」

 という非常に切実かつ臨場感溢れる思いだ。その辺のサイコサスペンスなどひっこんでろ。

 門は閉ざされようとしていた。ぎぃぎぃ重たい音を立ててしまっていく。その隙間はいまやほんのわずかだ。

「沈められる……!」

 その際のわたしの真摯な呟きはきっと聞いているものはいないだろうし、聞いたとしても意味はわからないだろう。

 でも。

 その自分の言葉は、私を奮い立たせる、ていうか、追い詰める。

 ざあっという音を立てて、どれほどの野球のスライディングもかくやという勢いでわたしは間一髪外に滑り出た。

 それから一瞬おいて、背後で重い音を立てて門が閉まった。


 閉ざされた門の力は、逆に中の人間に対して行使される。閉じ込められる形になった寮長がなにか叫んでいるけど、わたしはふりかえることなく逃げ出した。

 よかった、ぎりぎりだったよう!

 それにしても、あのやろう……。

 わたしが奥歯をぎりっと噛み閉めるのと、そのアホが路地から顔を出すのは同時だった。

「梅乃ちゃん!」

 道路の隅からこそこそと一成君がわたしを呼んだ。

 そのままの勢いで、いやむしろさらに加速をかけて一成君にとび蹴りを喰らわせようとしたわたしだが、その目の前で一成君はわたしに手を合わせた。

「ごめん!」

 一成君はそう言った。横では蓮君も申し訳なさそうに立っている。

 なんていうか……先に謝られると、そこから怒りを爆発させるのって難しい。

「ごめんって!」

 怒鳴りはしたものに、勢いは目減りして、ついわたしは立ち止まってしまった。大急ぎで走ってきたので、息が切れて、耳元では心臓の脈打つ音がした。

「ごめんって、何!このバカー!」

「悪気はなかったんだ。でも梅乃ちゃんだけじゃ心細いかと思って、俺たちも中に入ろうと、近所の家からかすめて来たはしごかけたところで見つかっちゃって」

「余計なことを……!」

 わたしは口の中で呟く。

 そんな能天気なことを言ってるこいつらはバカ。インプット完了。

 その前で、一成君は笑った。忍耐と友情と言う二つの力を振り絞って怒りをこらえて罵倒をやめているわたしが、許してくれたものと思っての無防備な笑顔。

 ていうか。

 ああ一成君は育ちがいいんだなあと思った。もちろんいい意味で。他人から怒りとか、理不尽な対応とか、されたことないんだろうなって気がする。きっとここ聖モニカ女学院にもいるだろう本物の育ちのよさがある人しか持てない、他者に対しての余裕。

 それが傲慢にならない限り、一成君のいいところだと思う。

 だが、しかし。

「クレープ、奢ってもらうからね!」

 ようやく呼吸を落ち着けたわたしは、それだけ言う。

「もちろん。本当にごめんね」

 一成君はそこでちょっと笑顔をひそめて申し訳なさそうに言う。一成君て、かなり整った顔立ちをしているんだなあ、とこんな時だというのにわたしはしみじみと思った。なのに、表情は中学校の時同じクラスにいた男子と同じ子どもっぽさをまだ残していて。


 うん、この人モテそーだわ。まあ、あまりわたしにはそういう色恋沙汰で関わる感じじゃないけど。だって、もしわたしのことが気に入ってたら、こんな危険なことに係わり合いを持たせるわけないし。

 まあいいや。わたしもそんな高望みなんてしませんよう。


「なあ、ちょっとここから離れようぜ」

 蓮君がしごく冷静にそんなことを言う。

「多分はしごの一件で、寮の関係者が不審な人間いないか見回っていると思うし」

「……ていうか、どうしてそんなバカなことしたわけ?」

 わたしは蓮君をにらみつける。一成君に行きそびれた怒りはとりあえず蓮君にぶつけてみることにした。

「え、だって、考えたのは一成だぜ?」

「そう言うときは、友達が止めてよ」

「ええ、俺のせい?」

 あ、蓮君だと怒りをぶつけやすい。なんていうかその飄々とした態度がいい感じなんだよねえ。もさもさ髪の下に表情が隠れているせいもあるかな。

「そうよ。何のための友達なの。お互いを補って、片方がバカしようとしていたら、とめてよね」

「ていうか、ウメちゃん。あんた一成に文句言いにくいから俺に言ってるんだろ」

「そうよ」

 もういいや、さっき勢いあまって、バカっていっちゃったし。

「うわ、超可愛くない。一度でも可愛いっていったことを後悔するレベル」

「はあ?一度言ったことをさらっと覆すとか潔くなーい」

「梅乃ちゃんと蓮はいつのまにそんなに仲良くなってんだよ」

「なってない!」

 一成君の相変わらずな能天気な言葉に言い返した。

「これが仲良く見えるなら、一成君は仲良しの意味を誤解している!もーほんとに、王理にはあれだけ男子がいるのにどうして素敵な王子様はいない?」

「ウメちゃんが素敵なお姫様じゃないからだろ。破鍋綴蓋」

 きー、ああいえばこういうで、ほんっとに蓮と来たら!もう呼び捨ててやる。

「ていうか、見た目で人を判断するのは良くないだろ」

「そんなきれいごと、小学校の道徳の時間で終了!」

 だいたい男の人だって、十分見た目で判断しているじゃない。もしわたしが梓に改造される前のさえなくて地味な子だったら、二人とも話しかけてくれたんかよ。お昼とか、わたしが独りにならないように気を使ってくれたのかよう。

 あ、なんか、ちょっと中学の頃を思い出して切なくなってきた。


「人は見た目じゃない」

「それって、顔がいい人に言われると腹が立つし、蓮にいわれると理不尽だよね」

「なあ、暗にそれは俺がイケテナイって言ってる?」

「そう聞こえなきゃわたしの話しているのは、日本語じゃないかもね。ごめんねー、英語も得意だから」

「今知った。ウメちゃん、あんたすっげえ猫かぶってたんだな!」

「わたしのお古でよければ蓮に猫の被り物を譲ってやってもいいけど」

「梅乃ちゃん、梅乃ちゃん。蓮も」

 怒鳴りあって、人間のダメなところを一山いくらで大売出し中のわたし達をとめたのは一成君だ。

 しまっ……!そうだここにいるのは蓮だけじゃないんだった。一成君もいるんだったよ。うわあ、いちおうわたしも自分のイメージは大切にしていたんですけど。

 けれど、一成君はのほほんと笑っていった。

「梅乃ちゃんはすごく元気な人だったんだねえ」

「一成、その感想は罵倒された俺に対してどうよ」

 蓮君が肩を落として、わたしがもう我慢できなくて爆笑して。

「でもさあ、同じ友達でも、やっぱり俺は女の子に味方するよなあ」

 しみじみと一成君が言う。そりゃ俺もそうだけどよ基本的には、なんていう蓮の言葉がそのバカ会話の総括で。

 それで、三人で歩き出した。



 まるでバスケットボールのように濃い色の満月の夕方の話。

 なんとかわたしにも友達ができましたよ、お父さま。

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