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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act11 一月、インフルエンザについて理事長かく語りき
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11-5

「で。いつから性犯罪者になったんだ?」

 初老と思われる男の人の声がした。猛反発したのは理事長の声だ。

「なってません!」

「……まあ轟君がそうだとは思わないが、世の中の多くの人間は、三十路男が十代のお嬢さんといたら、いろいろ問題にすると思うよー?」

「いろいろ事情が……いや私はまだ三十代じゃありませんよ?」

「ま、気をつけたまえ。それより君、いつからうちの病院に帰ってくるの?人手足りないから明日からでもいいんだけど。人事課長にも言っておいたのになあ。轟君が面接に来たら、逃がさないよう監禁しておいてって」

「それこそ犯罪です。いくら売り手市場って言っても。一応私も理事長なんてやっていたので引継ぎ事項が山ほどあるんです。それでも四月一日からは行きます」

「えー、あと三ヶ月もあるじゃないか。せっかく最高に忙しい病棟を用意してあげているのに」

 初老の男性は笑った。

「楽しみにしているよ」

「ありがとうございます。いろいろご迷惑をおかけしました」

「……ふーん」

「なんですか?」

「なんか轟君、印象変わったね。人が丸くなった気がする。理事長なんてお偉いさんになった割には、前よりむしろ人当たりが柔らかくなった」

「……そうですか?」

「それは君がロリコンになったことと関係があるのかな?」

「だからそれは違います!」





 目が覚めたら悪寒が少し薄れていて、なんだか暖かかった。その暖かさが気持ちよくてもう一度眠り込みそうになり、そして見たことない風景に気がついた。

 畳に敷かれた布団で寝ていた。そして目の前にあるのは座っている理事長の大きな背中だ。飛び起きようと思って、それができない重くだるい体に気が付く。声をかけようと思ったけど、喉から出た言葉はかすれていた。

「理事長?」

「……起きたか」

 音を小さくしてテレビをみていたらしい理事長は振り返った。

「あっ」

 わたしは記憶を辿った。

 とんかつ屋をでたところで、我慢できない具合の悪さにわたしは動けなくなってしまったのだ。仰天した理事長はタクシーを止めて、病院まで連れて行ってくれた。そこで診察してもらったけど、いまいちその辺からもう記憶がおぼろだ。

 そういえば、理事長が知り合いらしい病院の人と話をしていたっけ。何を話していたかは覚えていないけど。嫌な事だけ覚えている。

 病院のお手洗いに駆け込んで、昼ごはん全部吐いてしまったり、手が震えて問診票もうまく書けず、全部理事長が手続きしてくれたり。

 人生で消し去りたい思い出、殿堂入り決定!

「ここ、どこですか?」

「……俺の家」

 渋い顔で理事長は言った。

「よくよく考えたらお前の家を知らないんだ。電話をしても誰もでないし。久賀院は診察終ったら寝ているし……しかもあのスタッフどもは久賀院に興味津々だからおちおち病院にもいられないし」

 理事長のうち!そんな、素敵!いきなりラストダンジョン突入です!でも今、何もできない!

「ありがと、理事長」

「少しは具合はいいのか」

「はい」

 喉が痛くてちょっとしか話せないわたしに理事長はかすかに微笑み、そしていきなり表情をひきしめた。


「このバカ!あんなに具合が悪いのに出かけるな!」


 ものすっごい勢いで怒鳴られて、わたしは布団の中でびくってなった。

「だ、だって……」

「だってもへったくれもない!どこに出しても恥ずかしくないくらい立派なインフルエンザの患者だ!」

「でも……平気だと思ったんだもん」

「お前のことが問題じゃない!この感染源が!インフルエンザがうろうろすれば周り中に感染させるっていう自覚を持て。この時期受験生は山ほどいるし、他にも大事な用を抱えている人間や妊婦がいるんだぞ。その人達に迷惑かけることになりかねないだろう。だいたいなんでそんなミニスカートなんだ!お前、それ治るまで絶対寮に帰ってくるなよ。三年生に殺されるからな。三年生が許しても俺が許さないからな!」

 ……問題じゃないんだ……。

 その一言でしょぼくれたけど、続けざまに責められて本格的に落ち込んできた。理事長の言っていることがあまりにもごもっともで。

 本当は、家を出るときに、もしかしてこれが噂のインフルエンザかなって気はしていた。でもどうしても出かけたくって、町にでてしまったのは確かにわたしのわがままだ。そっか、やっぱりそうだったんだ……。

「……ごめんなさい……」

 自分でも消え入るようだと思うような小さな声で謝った。でも理事長は本当に怒っているらしくって、それには返事しないで立ち上がった。そのまま部屋をでていってしまう。


 ごめんって言ったのに……。

 わたしは布団の中でもぞもぞ動いて向きを変えた。理事長のいたほうに背を向けて壁を見る。怒っているのかな。そうだよね、理事長は本当は看護師さんだもんね。バカ患者見るといらいらするのかな。どうしよう。

 ふぇって喉が変な風に鳴る。あ、泣きそうだって思って我慢した。だって自分のせいなんだからそんなことで泣いちゃいけない。世の中の受験生と忙しい人と妊婦さんごめんなさい。もうしません。

 でも、どうしても理事長に会いたかったんだ。

 泣かないように目をつぶってわたしは布団の中にもぐりこむ。もうやだ、どうして理事長がからむといろんなことがうまくいかないのか。

 ごとごと音がして、理事長が部屋に戻ってきた。

「久賀院、寝たのか?」

 寝てませんようって返事の変わりに布団の中で動いてみる。でも自分のバカ加減に顔が出せない。

「少し落ち着いたら家に電話したほうがいい。そろそろ五時だから親御さんも心配するかもしれない。立てるようになったら家に送ってやるからな」

 はあい、って動いてみた。これもボディランゲージかな。

「……なあ、どうしてそんなに具合悪いのに出かけたんだ」

 ……この人どこまで無神経なんだろ。

 わたしは我慢できなくて布団から顔をだして理事長を見た。

「理事長に会いたかったからに決まっているじゃんかよう」

 なんでそんなこともわかんないのかな。それともわたしに興味が無いから思いもよらないのかな。かすれた声で恨みがましく言ってみた。


「冬休みになって全然会えなかったんだよ」

「あ……」

 理事長は、ぽかんとしていた。自分の質問のくだらなさにまったく気が付いていなかった顔。

「理事長のいじわる」

 やっぱり理事長わたしのことなんて本当はどうでもいいのかもしれない。わたしがうるさいからなんとなく付き合ってしまったけど、本当は趣味じゃないのかも。

 前だって、大人の女が好みだっていっていたもんね。わたしばっかり一方的に好きなんだ。ああなんか一人で舞い上がって馬鹿みたいだなあ。

 具合が悪いせいなのか悲しいせいなのかよくわからないけれど、考えていたらどんどん胸が苦しくなってきた。理事長を見ているのも切なくなってきたので、わたしはまた布団にもぐりこむ。せっかく理事長の家に来たのに全然楽しくない。

 しばらくひそめられたテレビの音しかしない。また眠くなってきた。


「……すまん」

 理事長がぼそぼそと言った。

「ちょっとびっくりしすぎて俺も気が動転していた」

 でも心配していないんだよね。

 悲しい通り越して腹を立てていたわたしは、顔を出さない。

「寝たのか?」

 でも一応ごそごそ動いては見た。もういい、今日のわたしはグレゴール・ザムザ。

「……あまりにも久賀院が静かなので、つまらないのかと思って困惑していたところで倒れたから、今の今まで動転していたんだ。道路で倒れたから、あとどうしていいのか分からなくてとりあえずなんとかするので精一杯だった。安心したら急に腹が立ってきて、ひどいことを言ったかもしれない、許してくれ」

 その言葉にようやくわたしは顔をだす。

「だって理事長わたしのこと問題にしてないし」

「すまん、それは言葉のあやだ」

 でも思っていないことは言葉にでないよね。

「理事長わたしのこと、本当に好き?」

 う、むむむとか言って理事長はすぐに返事をしない。

「好きって言ってくれなきゃさみしい」

「言わなくてもいいんだ、そんなことは。軽々と口にしたら安っぽくなる」

「安っぽくてもいいから言って欲しいよ」

「そんな言葉はどうだっていいんだよ」

 だって。

 だって、言葉もなくて、触れてもくれないなら、なにがどうでもよくない事なのかなんてわからないよ。

「こんなことを話しているなら少しでも寝ていろ」

 こんなこと、じゃないのに。


「……ああ、そうだ、少しなにか食べるか?水分もとったほうがいい」

 理事長はさっきとってきたらしい桃缶を開けていた。

「ほら」

 桃缶片手ににじり寄ってきた理事長が、小さく切った桃をフォークに突き刺して出した。白桃だあ。

 つるつるしている姿とかすかな甘い香りにわたしはそれを素直に食べる。

 あれ?

 これって、「ハニー、あーん」ってことじゃないの?

 それは恋人ランキング甘々部門五位くらいには入る、いや場合によってはベストスリー圏内も夢ではないラブラブ度じゃないの!?まさか理事長がこんな行動できるなんて!

 と思ったわたしだけど、理事長の顔を見てがっくり。

 それ、看護師の顔じゃん。

 次の瞬間には「やはりキザミ食のほうが良いかもしれませんね」とか言いそうなつまらん顔ですよ。あ、うそうそ理事長は男前なんだけどさ。

 でも桃は冷えていておいしい。

「おいしい」

「そうか」

 ほらほらと理事長は次々に差し出す。加減を知れ。

「……ごめんね、理事長」

「なんだ」

「理事長にもうつったらごめんね」

「大丈夫だ。教職員はワクチンをほぼ強制で打ったから。まあ百パーセントの予防は無理だがそれでうつったら仕方ない。来年は生徒も考えた方がいいのかもなあ…」

 よかった。ちょっと安心……。


「……悪かった」

 桃の乗ったお皿を脇に置いて、理事長は真面目な顔で言った。

「いろいろつき合わせて悪かった」

「そんなの平気だよ。元気だったらボーリングもかつ丼も好きだもん」

「うん……」

 本心をつかめない曖昧な返事を困惑した顔で言って、理事長はわたしの額に手を伸ばした。少し汗ばんで張り付いていた髪を払ってくれる。その手はそのまま頭に乗せられて、子供相手みたいに撫でた。

 ああ、でも気持ちいいな。

 うとうとしそうになったわたしに、理事長は、寝ろなんて追い討ちかける。

 ……理事長って、本当は凄く面倒見がいいのかな。だったら。

 わたしは背中につめたいものを感じた。

 だったら理事長がわたしに対して感じているものって、恋とかじゃなくて保護本能とかなのだろうか。

 そんなことに気が付いてぞっとした。

 元男子校に一人の女子で最初はうっとおしかったけど、なんとなく気になって好きになった。理事長が認知しているのはそんな自分の気持ち。でも好きの意味が、小さな生き物を守るような保護本能だったら、わたしが理事長に対して感じている恋愛感情とは違うんだよ。

 理事長がそれに気が付いていないだけで。

 もしそうだったらどうしよう。

 寂しい。寂しいけど、そんなこと正直に話したら理事長はどこかに行ってしまうかもしれない。誤解したままでもいいからそばにいて欲しい。でも勘違いなんて。

 それは悲しい。




 理事長の手は穏やかに頭を撫でてくれたけど、その優しさにわたしは怖くなった。


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