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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act2 四月、鮎川君と北原さんとバスケ
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2-3

聖モニカ女学園高等部の女子寮は、実に細部まで掃除と気配りと金が行き届いた素敵な寮だった。一人一室ですよ。

 それはすなわち。

 はい、王理高校の学生であるわたし、招かれてもいないのに、そこに侵入しているということです。

 鮎川君はそこまでしなくてもいいと言ったんだけど、盛り上がってしまったのは、一成君と蓮君だ。翌日には蓮君がモニカの制服をどこからともなく入手してきた。当然のことながら、一体どこから借りたんだという疑問はある。けれど蓮君はあのぼさぼさの髪とださい眼鏡の下でへらへら笑ってごまかすだけだった。

 謎だ。謎の人だ。


 で、その週末、わたし達は放課後下界に降りて、モニカまでやってきたのだった。来週になってしまうと週末はGWにひっかかるので、北原さんの行方がわからなくなってしまう。

 メンバーはわたしと鮎川君は当然のこととしても、一成君と連君は明らかに野次馬だ。

 蓮君はともかく、品行方正優等生の一成君まで首をつっこんでくるとは思わなかった……。

 せっかく町まで降りて来たんだから、こんなことやってないでおいしいものとか食べたいよう、と内心は文句で一杯だったわたしに、一成君は

「まあまあ、これが終わったら、うまいクレープおごってやるから。鮎川が」

 さっくり報酬を人におしつけて笑う。

「あのさ、久賀院さん」

 野次馬二人より、鮎川君のほうが恐縮していた。

「ほんと迷惑だったらやめていいんだ。これで帰ろう。だって他校の寮に入るなんて、見つかったら騒ぎになるし」

 だよねえ……それはわたしも思うよ。しかも別に全然わたしには関係ない話だし。

 でも。

「でも北原さんに会いたいんでしょう?」

 わたしはまだそんなふうに誰かを好きになったことはないからわからないけど、でも会いたい人と会えない気持ちは少しわかる。

 母さんは入院中で、お父さまとは寮生活で離れてしまって。

 お父さまに言って何かわけのわからないことをされても困るので、王理の現状については私は何もいっていない。母さんも心配するとよくないので、説明をしていない。モニカはやめて別の学校に行きました、としか。

 だからさ、大事な人に大事なことを言えないままの鮎川君のしんどさはなんとなくちょっとわかるんだよ。


 わたしは梓から叩き込まれたあの鉄の笑顔を鮎川君に向けた。一番心配なのは鮎川君だろうから、わたしが心配顔なんていけないのだ。

「大丈夫だよ。きっとうまくいくよ」

 そんなこんなでわたしは寮の裏の塀を乗り越えてモニカの寮に入り込んだ。表門だと、寮監により帰宅チェックがあるからいささか具合が悪いのだ。寮にもかかわらずなぜか中庭があって素敵庭園が広がっている。

 塀の外では三人待機。わたしが北原さんを探して連れてこなきゃいけない。しかし結構広そうだなあ、できるのか不安。

 なるべくびくびくしないように玄関から私は入り込んだ。寮はたしかに建築されたのは古そうだけど、床板一枚に至るまで厳選された素材を使っていたらしく、その旧さがまたエレガントだった。天井の明かりもアール・デコ風で、柔らかく日の落ちかけた室内を照らし始めていた。

 すごい、寮の個室の扉は、いまどき真鍮ですよ。

 って、そんな御宅探訪やっている場合か、わたしは渡辺篤か!

 本物だ。本物のお嬢様学校だ。これ、寮っていうんじゃなくて寄宿舎って言ったほうが表現が近い気がする。

 その廊下をさざめきながら歩いていくのは、上品オーラを全身から発しているモニカの乙女。うちの寮じゃ、廊下の隅で馬鹿どもがプロレスの技を掛けていたり、廊下を走って勢いあまって転んだりしているのが日常的な風景だけど、ここではまずそんな風景はないだろう。

 基本的にいいとこのご子息ご令嬢、という前提は変わらないはずなのに、なぜこんなに違うんだ?

 でも王理のそれに毒されつつあるわたしにとっては、ここの空気はなんだか馴染めない。ギクシャク歩いてしまうのは、あきらかに不審者だ。

 それでもわたしは北原さんを探して寮内を歩いた。もうすぐ夕飯時だから、もしかしたら食堂にいけば会えるかもしれない。

 一階の廊下のつきあたりに、食堂はあった。しかしここも食堂と言うよりは、サロンと言った雰囲気。夕飯時にはまだ早いけど、中には数人の生徒が居て、そこで私は北原さんの姿を見つけた。

 あー、どうしようかなあ。

 一応ここに侵入したことがばれて、寮監とかに見つかったらちょっとまずいだろう、と蓮君が貸してくれたものがある。

 眼鏡。

 しかし蓮君にはいえないけれど、すいません、わたくし中学までも、蓮君のダサ眼鏡も顔負けも瓶底眼鏡をかけておりました。これかけるほうが、北原さんにバレます!

 しかし素顔で行くのは勇気がいるなあ……。


「北原さん」

 他の子と離れて、何か雑誌を見ていた北原さんが顔を上げた。それはバスケ関係の雑誌だ。北原さんはわたしを見たけれど……あきらかにぴんとこない顔をしていた。

 あいかわらず背が高くて、シャープな顔をしていた。

 ……そうか、案の定、わたしは影が薄かったんだな……。他のクラスとはいえ、どこかで見たことがある……くらいな怪訝さはあるかと思ったけど……まあばれたらばれたで困るんだけど。

 全然ばれてないや……!

 いいんだ、予想していたことさ。気を取り直していけ、自分。

「ちょっと一緒にきてほしいんですけど」

「何?」

「えーと……」

 しまった。入り込むこと以外、何も考えていなかった!

「……えっと」

 北原さんの表情が険しくなる。

「鮎川君って、知ってます?」

 しまった。つい直球を投げてしまったー!

 北原さんの顔が一気に変わった。目を見開いてわたしを見つめる。

「……し、知らない」

 でもそれは、何らかのこだわりがあることは間違いない表情だった。

「そんなことないでしょ。だって鮎川君はあなたに会いたがっていて」

 わたしは声をひそめた。

「今、寮の裏に来てるんです」

「……嘘」

 北原さんは呆然としてわたしを見た。

「そんなはずない」

「北原さんに会いに来てるんですってば!」

「そんなはずない、だって鮎川君きっと怒ってるはずだもん!」

 つい大声になってしまったわたしと北原さんに、サロン、もとい、食堂にいた生徒がちらりと視線を向けた。いかんいかん、目立っている場合じゃない。

「怒ってる?」

 北原さんの言葉をわたしは聞き返した。

 だって鮎川君は家庭の事情で自分が勝手に志望校を変えてしまったから、北原さんこそが怒っているだろって言っていたのに。


「私が勝手に鮎川君と約束した高校を変えちゃったんだもん。きっと怒ってる」

「……は?」

 そういえば、鮎川君のことはともかくとして、北原さんはどうしてバスケの強豪高校に行かなかったんだろう。

「私、去年の秋に交通事故にあって、日常生活はともかく、バスケの名選手になれるような動きはもうできないの。でも、一緒の高校に行こうねって、楽しみにしていた鮎川君には言えなくって……」

 北原さんの手は震えていた。

「でももう嘘ついて一緒にいるのもつらかった」

 わたしは北原さんを見下ろして唖然とする。

 て、ことはなにかい。鮎川君が言えなかったように、北原さんも言えなくて……じゃあ連絡が途絶えたのは、北原さんこそが後ろめたかったからですか。

「……でも、鮎川君が来ているのは本当だよ」

 わたしが北原さんに言えるのはそれだけだ。

 多分さ、鮎川君だって自分ちの事情で手一杯になっちゃってるから、きっと北原さんのしんどさを引き受けることは出来ないと思う。だから、王子様にはなれない。北原さんの怪我を治せるわけでも、バスケをなくしてしまった北原さんを励ますことも出来るかわかんない。

 でも。

「鮎川君も、家の事情で北原さんと約束していた高校には行けなかったんだ」

 私がそういうと、北原さんはうっすら涙を溜めた目に驚きを込めてわたしを見た。

「でも鮎川君は北原さんを心配していたよ。嘘ついてしまったことを謝りたいって言っているよ」

 助けになるかならないかはわからないけれど、北原さんを心配してくれる人だったんだよ、鮎川君は。そういう気持ちまで、北原さんに届かなかったら、悲しいよ。

「……私が謝らなきゃいけないのに……」

 北原さんの見ていた雑誌が目に入って、わたしはちょっと胸が痛い。まだバスケが好きな北原さんに、鮎川君が出来ることがあるのかはわからないけど。

「じゃ、二人で謝りあってよ」

 わたしは北原さんの手をとった。

「裏庭にいるからさ」

 そっから先はさすがにわたしの関わるべきことじゃない。鮎川君と北原さんの決めること。

 北原さんは立ち上がった。うん、とうなずいて、サロンを出て行こうとした。


「ところで」

 振り返った北原さんはわたしを見た。

「あなた誰?」

「え、あ、鮎川君の友達」

「あんまり見ない顔だけど……」

「えー、いたいた、いるってば」

 えへらえへらとわたしは慌てふためいて笑う。

「いたってば、ほら、モニカの制服だって着てるし」

「そっか……でも確かにどこかで似た人を知っていたような」

 ああ、と北原さんは少し笑った。

「中学の時、隣のクラスに居た、くらーい感じの子に少し似てるんだ。成績はいつも良かったんだけど、なんかおどおどしててさ。あなたみたいに可愛い子じゃなかったけど」

 ……それはおそらくわたしだと思われます。

 サロンを出て行く北原さんに後ろから蹴りを食らわせたい気持ちになったことは否めない。

 まあ、いいや、中学の時のわたしの印象が聞けたということは、収穫だったと思おう。

 率直な意見を受け入れ、将来に生かすことも重要であるぞ梅乃よ。

 さて帰ろう。寮をでてどこか適当なところで塀を乗り越えて……。

 なんて考えていた時だった。

 三年生らしい生徒が血相変えてサロンに入ってきた。おそらく寮長かなにかかと。滑らかな漆黒の髪だけど、優しい印象が強い美人だった。

「みなさん、不審な方を見かけませんでした?塀のところに、梯子がかかっていたそうなんです」

 ……なんですと!?

 ぎゃー、あいつらか。先走って、用意したんかよ!

 わたしが嫌な汗を流し始めた時、サロンの中の子達の視線がわたしに集まってきた。つられて彼女がわたしの顔をながめる。

 そっか、たしかにさっき北原さんと罵りあっていたわたしは怪しい人だ。


 ……ってやばい?


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