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北原さんの進学先はすぐにわかった。
わたしの中学の時の友達に電話をして聞いてみたら、あっさりと教えてもらったのだ。あんた今どこにいるの?という友人の質問は説明が面倒だったので適当にごまかして切ったが、あまりの簡単さに拍子抜けするほどだった。
そしてわたしのぼんくら加減が露呈する結果となったのだけど。
「えーと、聖モニカだって。なんか寮に入っているみたい……」
「どうした、ウメちゃん」
昼休みの学食、がっくりしているわたしに一成君が声をかける。
「なにか力尽きてるみたいだけど」
わたしは同じ高校に行く予定だった人のことも知らなかったか……という敗北感ですよ。うわあ。中学の時のわたしって、ほんとに交友関係狭かったんだなあ。自分に自信が無かったから男女問わず積極的に話しかけるなんてことも無かったんだっけ。
梓の言動には許し難い部分はあるけれど、でも梓が変えたのはわたしの外見だけじゃないんだ。社交性、なんてものも与えたんだなあ。いや彼は相当問題あるので、感謝とかそういう気持ちにはさっぱりなれないのだが。
「……王理一成君」
「なんでいまさらフルネーム。久賀院梅乃さん」
「……ありがと」
わたしは顔をあげた。一成君がよくわからない、とばかりにわたしを見る。
「ちゃんと顔を上げて、誰かを見ていられるのは嬉しいなって」
「なんじゃそりゃ」
「一成君みたいに気さくで、ハンサムな人にはきっとわからないだろうけど。でも一成君はそれでいいんだよ」
「ウメちゃんもかわいいじゃん」
本気でわたしの言っていることがわからないという顔をしている一成君に、わたしは話を変えた。
「それはともかく、鮎川君に結果を教えてあげないとね」
「でも、鮎川には悪い話だよなあ」
一成君が別のグループと食事している鮎川君にちらりと目をやった。
「なんで」
「だって、モニカの寮は、男性からの電話取り付いてくれないぜ」
「……嘘!」
唖然。なんたる時代錯誤。
「鮎川君が掛けても、携帯電話には出てくれないらしいし、実家に掛けても本人はいない。寮は取次ぎ禁止だったらどーするのよ!」
「だから悪い話だって」
一成君は、菓子パンの袋を開けた。ちょっと待て、一成君、さっきカツどん食べてたよね?どうしてこれで太らず男前……。そしてどうしてあんなに冴えない蓮君と友達なんだろう。友達にはなったけど、なんだか謎が残る人だ。
「……なんだよ。はっきり言っていいよ?」
一成君がばくばく食べていた口を止めた。
「え?」
いや、だってそんなに気さくに聞けないじゃん。一成君は王理グループの人間なの?よっこの超ぼんぼん!おっとー、ひだりうちわな人生ですなあ!とか聞けたら無敵だ。
「俺、わりと気が回るほうだという自信あるからさ。だからはっきり言ってもらったほうが俺も気楽。俺が読めていること、どこまでさらしていいかわからないし」
「え、じゃあ、わたしが今思っていることもわかるの?」
「梅乃ちゃんわかりやすいよ?」
にいっと、一成君は人の悪い笑みを浮かべた。うーん頑張って悪くつくってみましたって感じ。
「なんか見た目から推察される性格とは違う気がする。けっこう自分に自信ないだろ。遠慮がちで臆病ぽい。それだけ頭良くて美人だったら、そんなコンプレックスないと思うんだけどなあ。不思議」
それは、先月まで超地味に生きていたからだよ、一成君。
成績が良くても、クラスの中では目立たなかったのだ。自発性がなかったからさ。梓に一ヶ月間で性格矯正までされたんですよ。罵倒とよいしょの二重攻撃で混乱したよ、あの人単独で「良い警官悪い警官」できる器用さがあるからね。梓といい、一成君といい、男子校なのに乙女心がわかる男子なんてなんだか嫌だな。
あ、でも本人たちのほうが、ここでのその能力の使えなさにうんざりしているか。
「というわけで、はっきり言えばいいのに」
一成君は菓子パンを半分に割ってわたしに差し出した。
「半分食いたいんだろ?」
かけらも思ってない。
全然乙女心なんてわかってないじゃん。
「……いらない……」
「だって昼、月見うどんだけだったじゃんか」
「あれでいいんだって」
そうなのか?などとのほほんとして一成君は菓子パンをほおばった。でもそのほうがいいや。あまり人の気持ちに聡い人は回りも本人も疲れそう。菓子パンをもふもふ食べている一成君は可愛い。きっと共学だったらこの人もてるだろうなあ。なんでこんな山の中の全寮制、しかも実質男子校にきてしまったのか。宝の持ち腐れ。まあ自分の家のグループなら仕方ないのか。私みたいに借金のかた、と言うことはなさそうだ。
「よう、鮎川」
気がつけば、鮎川君が食事を終えてわたしたちのテーブルの横に立っていた。
「どうかな、北原さんの居場所、わかった?」
わたしは一成君と顔を見合わせた。
「いちおうわかったことはわかったんだけど」
わたしは、話し始めた。やはり一成君の予想通り、鮎川君の表情はどんどん暗くなっていく。
「そうか、じゃあ、北原さんと連絡手段を取る方法はないんだ」
深くため息をついて鮎川君はわたし達の横に座る。それはまるで脱力しきってしまったような切ない肩だった。
わたしが電話をして出てくれるなら掛けてあげたいけど、でもほとんど喋ったことのないほかのクラスの女子から電話が来たら怪しいし、電話じゃ事情をはなしたとたんに切られそう。それでなくても鮎川君と変わったとたん電話を切られてしまいそうだし。
「諦めるしかないか……」
なんだか本当に切ない。
わたしはまだそんなふうに誰かに恋をしたことはない、すいません……。
だってほとんどクラスでも顔をあげない生活だったしさ。ちょっといいなって思う男子がいても、どうせだめだと思って何もしなかった。なにもしないと、どうでもよくなった。
だから鮎川君のまっすぐな思いがとてもうらやましい。
「げ、元気だそうよ、鮎川君。あのさ、鮎川君は彼女に連絡無しで受験先を変えちゃったかも知れないけど、仕方なかったんでしょ?鮎川君のせいじゃない」
「……俺の父親がここ出身でさ。どうしても行かせたかったみたい。あまりバスケの強豪高校に行かせて、バスケばっかり夢中になられるのも嫌だったんだろうなあ」
鮎川君はポツリと吐き出す。そっか、この人の家にもいろんな事情がありそう。でも良家の子弟が集まるって言うことは、わたしみたいな落ちぶれ貴族には思い浮かびもしない確執とかありそうだ。
「でもさ」
鮎川君は気丈に笑う。
「俺はただ謝りたかっただけなんだ。結局俺は嘘をついてしまったから……それだけはごめんっていわないといけなかったんだよな」
「それは」
わたしが頑張ってなんとかなるものならなんとかして上げたいけど。
「でも仕方ないよ。あのさ、わたしに出来ることがあったら言ってね。あまり力にはなれないかもしれないけど……」
「優しいな、久賀院さんは」
と、鮎川くんがきてから黙りこくっていた一成君が口を開いた。
「ウメちゃんは優しいから言わないけど、鮎川、おまえもっとしっかりしろよな」
そんな冷たい言葉を口にした。
「い、一成君」
「ここに入学する前にお前がちゃんとしなきゃいけなかったんだよ。ウメちゃんを巻き込むな」
「……そうだな」
さらにしょんぼりしてしまった鮎川君に居たたまれずにわたしは思わず声を掛けてしまう。
「ごめん、力になれなくて。わたしに出来ることがあったら言って?」
「そんな優しいこと、たまには俺にも言ってよ。遠慮なく伏字じゃなきゃいえないことを頼むから」
唐突にまたバカな言葉が上から降ってきた。
「ウメちゃんに何を頼む気だ」
わたしの代わりにうんざりしながら言ったのは、一成君だった。その視線が向かうのは、先ほどまでいなかった蓮君の顔。
「聖モニカの制服、貸してくれる人がみつかったんだよー」
のほほんと言って蓮君は横に座る。しかし彼の言葉の意味が判らない。
「なにそれ?」
「外に呼び出すのが無理なら、俺たちが寮の中にはいればいいじゃん」
けろりとして言うのは何故?
「でも男子じゃ寮の入り口で……」
「誰が鮎川に貸すって。こんな馬鹿でかくてごつい顔の女はいないだろ」
そうだよねえ、そこまで思っているのなら、モニカの制服あっても無駄だし。とわたしはぼんやり考えていたんだけど。
「そうか」と、一成君がわたしを見た。
「あ、なるほど」と呟いて鮎川君が言った。
……どういうこと?とわたしは内心で呟く。
「ウメちゃんがモニカの制服を着て入ればいいんだよ」
……ひゅー、斬新~!