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王理高校の中は、広々としていて金がかかっていた。
以上、説明終わり。
もっと聞く?ていうかね、庶民のわたしには縁のない世界過ぎて説明できない。
ていうか、すごいなー、お金ってあるところにはあるのだ。どうして水のように下に流れないのだろう。
一年A組はすぐに見つかった。ざわざわしている教室をそっとのぞく。入学式の時は見知らぬ顔ばかりでもっと静まり返っているものだと思ったけれど、中は普段の顔見知った気安さで満ちていた。そうか、王理高校は中等部からのもちあがりも多いんだ……!うわー、入りにくい……。
しかしいつまでもここにいるわけにはいかない。担任だってもうすぐ来る。
「どうやって入ったらいいんだ……」
ドアの前で悩んでいたわたしだが。
わたしがあけるより先に、ドアが開いた。
「なあ、そろそろ入学式が……」
なにかを教室の中の誰かに話しかけながら、出てきた生徒がいた。
教室を振り向いていたがために、彼とは目が合わない、でも教室の中の生徒がわたしを見つけて徐々に静けさが教室を浸し始めた。
「うん?」
疑問を感じた彼が振り返る。この間多分わずか二、三秒。
やばい、覚悟決める間に扉が開いてしまった。どうしたら好感もってもらえるんだろう。つかみ、つかみは漫才だって大事だ。これで三年間の印象が決まるかもしれないんだぞ梅乃。ていうか失敗したら梓に絞められる。ヤバイ!
死亡直前の走馬燈も驚きの速さでわたしはぐるぐる考えていた。
笑顔、とりあえず笑顔!
「あ……おはよ……」
「女子!?」
笑顔で踏み出して教室に入ろうとした瞬間、悲鳴と共にドアが閉まった。図っても出来ないぐらいのタイミングで、わたしはドアに顔面をぶつける。
星が。
ちかちかする目を押さえてわたしは廊下にしゃがみこんだ。でこを……でこをしたたかにぶつけた……痛い……。
「わあ!」
そういって更に大慌ててでドアを開け、飛び出してきたそいつはしゃがみこんでいたわたしにけつまずいて廊下につっこんだ。
逆を返せば蹴飛ばされる状況になったのはわたし。まさに踏んだりけったりな!二人でみっともない悲鳴を上げて廊下に転がった。
「……って……なんでこんなところの女子が!」
わたしを唖然としてみるのは眼鏡の男の子だった。その地味なやぼったさが、なんだか郷愁を誘うのは何故だろう。誰か似た人を知っている……て、ちょっと前のわたしでした!
「……蓮、お前なにやってんだ」
教室から出てきたのは、眼鏡とは逆に、妙に洗練された感じの人だ。多分、彼は女子にもてるだろう(ここが共学であればだが……)。ていうかすっごくかっこよくないか!なんかアイドルでこういう清潔感があって顔立ち綺麗で笑顔が可愛い人いるよ。
「なあ、蓮、落ち着けよ。一人女子が入学するってのは噂になっていた事じゃないか。君、大丈夫?」
彼はわたしに手を差し出した。
「あ……すいませ……」
「俺、ついてるわ」
彼はにいっと愛嬌ある笑顔を向けた。
「唯一の女子と同じクラスだ」
いいえいいえこちらこそ!
ちょっとわたし浮かれそうだ。だって、中学の時は、男子とろくに話したことも無かったというのに、入学早々こんな爽やかな人と話はおろか、手を……手をつないでもらって……!
いきなりですが、ビバ王理高校!ありがとう王理高校!王理高校よ永遠なれ!
これってもしかして逆ハーというヤツでは!
いやまて自分。
私は彼のその手を見た。
いままで一度もだれかにちやほやされたことのないわたしは、ネガティブなのだ。はしゃいで落とされるのも嫌だし……。落ちつくのだ自分。
「ありがとう」
にっこり笑ってわたしは立ち上がる。平常心だ。禅の修業のように平穏な心であれ。それが仮に目の前にイケメン相手でも。そうだ、かぼちゃだと思おう!
「久賀院さん?」
「はい」
笑顔だ。
梓の教えを念仏のごとく心で呟く。ま、負けないぞ。梓がわたしもそれなりだって言ってくれたんだから。美形相手でも気後れする必要はないんだ。
「俺ね、王理一成」
「おうり?」
「あ、うん。まあ苗字のことはあまり気にしないで。俺のところは一成でいいよ」
マジですか。男の子の名前を呼び捨てなんて、裏の家のポチくらいしか今までにありません。
「あの、じゃあわたしも名前で。あの、梅乃っていいます」
「梅乃ちゃんねー」
よかった……。梓、いまこそあの鬼ビューティーアドバイザーに感謝の祈りを捧げよう……!
かわいくしてくれてありがとう……!
「後ろのは、俺のダチ。鳥海蓮って言うんだ」
一成君はにこにこしながらわたしを二度も痛い目に合わせた野郎を示した。鳥海君はまだ廊下にへたり込んだまま、わたしを見上げていた。
「……なるほど」
うっわ、よく見るとこの人すげえだらしない。
鳥海君は詰襟の前を全部だらしなく広げて、なんとなく羽織ってますくらいの状況だ。一成と比べるとあまりにダサい。いやこの人単にずぼらなのか。
でも体格はすごくいい。一成君だって、背が高いのに、それよりもさらに身長高いし肩幅も広い、なんかもう高校三年生くらいに見える。でも顔はもさもさの髪に隠れてよく見えないけど。
「俺も、蓮でいいよ」
立ち上がって彼は言った。まあこの人はなんとなく名前で呼ぼうがどうでもいい感じだ。もっさりと彼は言う。
「だから、あんたのところはいちごぱんつと呼んでもいいか」
「ダメにきまってるだろーがー!」
さっき座り込んでいた時に、人のどこを見ていたんだ、貴様!
わたしは思い切り平手で彼のもさもさの頭をぶった。見れば横では一成君が大笑いしている。
「ま、じゃあ仕切り直しで」
一成君がわたしの肩に手を回して教室に入れる。
「ようこそ、王理高校に」
教室の黒板には多色使いで一成君の言った言葉と同じことが書いてあった。ちゃんと、下に久賀院梅乃様、と宛名書きで。
「一応、みんな歓迎しているんだけどな」
その瞬間、わたしは今まで自分がすごい緊張していたことにようやく気がついた。
そうだ、去年まで男子校なんてことがなくっても、そもそも新しい場所、しかも私が望んできたわけじゃない場所で。自分が受け入れられるか、そして受け入れてもらえるかとても不安だったんだ。
なんだか安心して私はへなへなと座り込みそうになった。一成君が肩を抱いていてくれるから安心していられるけど。
って肩?
ぎゃっと叫んでわたしは飛びのいた。
「どしたの?」
「い、いや、あまりに距離が近くて驚きました」
王理一成……この人女の人との距離のとり方が絶妙だ。危険だ、なんというかわたしよりかなり上手な気がする。気をつけよう。
でも、わたしのキテレツな行動にも、一成君はにっと笑っただけだった。
「おもしろいなあ梅乃ちゃん」
そう言って。
そんなわけで、もうすぐ入学式が始まるわけだが。
これまたご立派な体育館のステージの袖に居た。こっそりみる体育館の中は壮観だ。
すごい、どこみても男子しかいない。率直に言ってむさい。後ろのほうに父兄のすがたはあるけれど、とにかく男子ばかりだ。よく見れば教師も男ばっか……。
うう、不安になってきた。
わたしは自分の制服のポケットにある新入生挨拶のかんぺをさぐった。何日も考えたのだ。梓もいろいろやかましく言ってきたから内容はこれで大丈夫なはずなのだ。
が。
わたしは青ざめた。
いれたはずのポケットにかんぺが見つからない。あの紙のかさかさした感触がまったくない。
……落とした?