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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act1 三月、久賀院家の家庭の事情
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「どうして女子がいないの!」

「どうして女子がいるんだ?」

 

 うららかな、眠たくなるような春の光が、その校門を照らしていた。


 午前九時。

 入学式にはたっぷり余裕で間に合う時間に、わたしはその学校に辿り着いた。

 手には自分の名前「久賀院梅乃」の記載有りの入学式通知。

 本当は、今日は、聖モニカ女学院の高等部の入学式で、わたしは新一年生代表で入学の言葉を読む予定だった。モニカの外部受験組でその主席だったから。

 ところが諸事情により、モニカへの進学が無理になってしまったのだ。それについては、おいおい話す……。

 代わりに進学することになったのが、この高校だった。

 わたしは校門の横に刻印されている文字を読む。


 私立王理高校。


「……間違いない、よね」

 雨風に晒されて、若干古びている門の横で、その名を刻んだ金属のプレートだけは、新品の輝きで光を跳ね返していた。

 わたしが通うのはここだ。間違いない。

 しかし、どうしてこんな違和感があるのか。

 わたしは、プレートから顔を上げた。

 校門の向こうには、校舎への入り口がある。下駄箱で大在の生徒が靴を履き替えている様が良く見えた。少々山の中で、ほとんどが寮生活を送らなければ通学は難しいような環境だとは思うが、その分景色はいいし、見る限り校内設備も充実してそうだ。

 聞きかじった限りでは、偏差値は馬鹿高い。恐ろしく高い。T大にも年間何人も合格しているという噂だ。さすがこのわたしに目をつけるだけある。お目が高い。

 そして偏差値に比例して、学費も目をむく高さだ。よくわたし、ここに通えることになったなあ。

「お、女子だ……女子…??」

 ぼそぼそと囁いていく生徒がいた。多分二年生だろう。けれど明らかに女の子と話しなれていない事実をむき出しで、彼らは目をそらす。けれどその言葉の続きは聞こえた。

「すげ!ちょーかわいい」


 ……かわいい……


 わたしは彼らを見つめてしまった。

 かわいい……そっか……かわいい。

 わたしは今すぐ彼らのところに駆けていって、その肩を抱き、空に向かって歌い、共に酒を酌み交わしたい気分をぐっとこらえた。なんていいヤツらなんだ……!友よ……いや、名前も知らないけど。

 ええと。

 クラスで一人や二人影の薄い人っていると思われるのだが……。なんていうか女子に限って言えば、華がないタイプ。

 それがわたしだ、てか、であった(過去形)。

 多分中学校のクラスでわたしの名前を知っている男子は片手で足りるだろうし、多分十年後、同級会であったとき、その人数は一人いるかいないかだと思う。こういうと何だけど、わたしはかなり成績よかったし、スポーツもそこそこできた。それだけに、自分の華のなさが身に染み入る。今更両親に文句を言う気はないけれど、蘭子とか薔薇美とかそういう名前だったらもうちょっとよかったんじゃないかと思う。

 いや、名前にまで負けたら、惨めさは一層募るか……。

 だから、女子高に行って男子の視線抜きで気ままに高校生活を送りたかったんだ。けど、もろもろの事情でそれは流れて、ここ共学の王理高校に来ることになってしまったけど。

 でもそれならそれで頑張る。

 ……そうじゃなきゃ、あの地獄の教官にお仕置きされる。絶対ヤツならわたしになにかやらせる。

 実は、この春休み中にわたしは、自分を磨いたのだ。いや磨かされた。磨り減って折れるかと思った。


 わたしは思い出し恐怖に震えながらも、とりあえず、先ほどから感じている違和感を考えた。

 王理高校の女子の制服は、セーラー服ベースだ。深い紺色は男子の詰襟と同じ。男子は誉れの金ボタン、女子は清楚な白スカーフがそれを飾る。なかなかセンスはよいと思う。

 ただ先ほどから気になってならないのが……。


 この女子の制服を着ている学生を一人も見ないということ。


 いや男子が着ていたらそれはそれで、この学校のジェンダーフリーっぷりに感心するのだけど。

 とにかく事実を端的に述べる。

 女子生徒がいない。どこをみてもいない。確かこの学校は一クラス32人×3、さらに掛けること三学年。288人は生徒がいるはずだけど、今現在、この予測される男女比はきっと287対1 。

 見渡す限り、むっさい男子生徒ばかり。

 女子はどこ?

「君?」

 声をかけられたのはそのときだった。

 念入りにブローされたさらさらの髪を揺らせてわたしは振り返った。そこにいたのは、さっきから通り過ぎていく生徒とは違って、大人の男の人だった。三十代前半くらいだろうか、きちんとしたスーツ姿だったが、非常に胡散臭い。

 なんというか……人相が悪いのだ。

 一応グレーのスーツだが、つけているネクタイは黄色の地に紫色のドットだ。それも、ピンドットならまだしも、十円玉はありそうな大きさのドットが不ぞろいに並んでいる。気持ち悪い柄としか言いようがない。癌の細胞分裂のイメージ映像に使ったらいいと思う。むしろこんなイカレたデザイン、どこに売っているのか。

 紫ドットに目を奪われてしまったが、他にもわたしの美的センスからは乖離した人だった。いまどきどうしてオールバックなんですか、と慇懃無礼に聞いてみたい。また、背が高くて体格がいいから圧迫感はひとしおだ。

 しかも目つきが悪い。

 いうなれば、ネクタイの趣味が悪い893。

「な、なんでしょう」

 わたしはそれでも微笑んで男を見た。

 一、どんな時でも笑顔を忘れるな。が、あの地獄のビューティーアドバイザーの教えだからだ。今、この瞬間にもヤツが見ているかもしれない。うかつな顔をしていたら、また罵倒される。

 駅前の実践で、一応わたしもナンパというものを体験できるほどにはそれなりになっているはずなんだ。多分。だってあの地獄の教官が「すこしはましになった」って言ったし……。

「……えっと君は」

 でも男は眉をひそめただけだった。彼は、わたしの笑顔にもまったく頓着せず聞きかえす。だめじゃんかよう!うそつき!

「君はどこの生徒さんかな」

 この制服はコスプレとでも思われているのかな。

「王理高校のものです」

 わたしはきっぱり答えた。

 一瞬虚をつかれたような顔をした後、彼は言った。

「……どうしてここに女子がいるんだ!」

 だからわたしも聞き返した。

「どうして女子がいないんですか!」と。

 ひるむことのないわたしの態度に、彼も慌てながら断言した。

「どうしても何も、王理高校は、一昨年創立百年を迎えた名門男子高校だ!」

「は?」

 わたしがこんな間の抜けた顔をしたのは、久しぶりだ。

「だ、男子校?」

「そこのプレートに書いてあるだろう。『私立王理男子高校』と……て、書いてない!」

 男は叫んだ。

「誰だ、プレートの男子を抜いて書き換えたのは!」

「いや現にわたしがいる以上、男子校はないでしょう」

「君は、女装癖のある生徒か?わかった、その程度なら個性を尊重するのもやぶさかでない。自由な校風が王理の校風だ」

「はあ、なるほど名門校」

 わたし以上に混乱している彼を見ていたら、若干わたしのほうが落ち着いてきた。

「じゃあ、どうしてわたしが」

 他の生徒たちにじろじろ見られながらもわたしと彼のかみ合わない会話は続く。

「……確かに」

 苦虫を噛み潰した顔で彼は、不満そうに言った。

「……王理高校は確かに、今年度から共学になった」

「なら!」

「でも女子の合格者は出なかったはずなんだ」

「じゃあわたしは一体なにものですか!」

 確かに他の人とは違う日程だったけど確かにここに来て、わたしは試験を受けました。多分、すごく優秀な成績だったと思います!だって新入生挨拶頼まれたし!

「でもそれは確かに、デザインするだけして製縫まで至らなかったあの伝説の制服……」

 日常の権化「学校制服」が、伝説って……。制服って、エクスカリバーとか聖杯とかと同等のものだっけ?

「ちょっとまて……そういえば、確か三日前、校長が……」

 男はこめかみを押さえた。

「ああ、ここにいたんだ」

 突然割り込んできたその声は、聞き覚えのあるものだった。

 とっさにわたしの背中に緊張が走る。来た、来た来た。マイプライベートハートマン軍曹。

 男と同じくらいの年だ。髪はすっきりと切られ、特徴らしい特徴はない清潔感ある好青年だけど、その顔立ち自体は端正といっていい。つまりはイケメン。この人の名はわたしも知っている。

 梓鷹雄。

 彼はこの学校の化学教師らしいのだが、わたしにとっては鬼ビューティーアドバイザー以外の何者でもない。

 それでもまあ、莫大な緊張感と引き換えに若干安心もした。わたしがここに至るわけは、この人が一番詳しいはずなのだ。

「久賀院さんに会ったんだね。ちょうどいい」

 にこにこしながら梓は言った。しかし、その男の動揺は収まらない。

「いや、鷹雄、ちょうどいいって。だって……」

「今年の新入生挨拶は彼女だよ」

「って彼女は女じゃないか!」

 梓はなーにをいってるんですか、とばかりに笑う。いつもどおり笑顔が邪悪だ。

「そんな些細なこと。彼女は補欠試験とはいえ、満点取ったんだよ。王理君だってできなかったのに。染色体の一本にこだわるなんてお前も器の小さい男だなあ」

 いや、染色体の一本はかなり大きな問題かと……。

「でも、入学式の式次第に、彼女の名前はなかったぞ!」

 男は胸ポケットからくしゃくしゃになった紙を取り出した。それは今日の式の予定表のようだった。

「ほら、ここに!」

 新入生代表挨拶:久賀院 梅男………………うめお。

「ははあ」

 神妙にうなずいてから梓は言った。


「こりゃ、入力ミスだな」


 いやあ、確か校長が作ったはずだけど、年を取るとぱそこんいじりはキツイとか言ってたよなあ。まったくもって年寄りは老眼だから、と言い放った。その前で、男は唖然としているが、その気持ちはわからなくもないです。

 自分の嘘に対する良心の呵責の死亡っぷりがすごいよ梓サマ。

 とりあえず、梓が女子の入学をこの男に隠していたかったという事態は承知しました。あと多分、梓のことだから、わたしがビビルと思ってわたしにも。

「じゃ、行きましょうか。そろそろ入学式が始まりますよ。久賀院さん、それに轟理事長」

 ……理事長?


 わたしは横の、人相の悪い男を見た。

 この人理事長なのか……。


 そしてわたしは先ほどからわたしを待っていた校門を抜けた。


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