魔王が萌えた日(その1)
全ての魔物を統べる魔神王より魔王軍四神将が一人として『無双闘神』の二つ名を授かったオーク。
その名をケリー・リーン。
彼は今、かつてないほどの緊張を堪えながら、目の前の扉を開こうとしていた。
金の装飾が大仰に施されたたその扉は、魔神王の私室の物である。
玉座の間ではなく私室への呼び出しなど、いかに魔王軍最上位階級である四神将であっても、そんなことは今までただの一度としてなかった事だ。
「いつまで扉の前でそうしているつもりだ?入るがよい無双闘神よ」
扉の向こうから全てを見透かしていた魔神王が、いつまでも扉を開こうとしないケリーに痺れを切らし声をかけた。
「はーー失礼致します」
意を決してケリーは扉を開きその足を室内へと進めた。
暗がりの部屋ーーその中心の天井近くには青白い光を放つ鬼火が宙に揺らめいている。
その鬼火の光を受ける一つの影ーー茨を彷彿とさせる金の刺繍をあしらった黒のローブを身に纏い、そのフードの奥からは血のように紅い瞳が鬼火よりも強い光をはなっている。
彼こそが魔物の王ーー魔神王である。
入室し、跪こうとしたケリーは途中でその動きを止めた。
その視線の先、ケリーの足元には小さな木箱が置かれていた。
「一々跪かずともよい。その箱を開けてみよ」
「はっ」
言われるままにケリーが木箱を開くと、その中には数冊の薄い本が入っていた。
「はぁーー?」
ケリーはそれを見て、魔神王の前にも関わらず思わず間の抜けた声を漏らした。