フィオーナと先王の墓
レイミーネ寺院ーー代々、カーラーン王が戴冠式を執り行ってきた、王族達の眠る地である。
「父上、今日はとても大きなご報告に参りました」
礼拝室の中央に位置する誰も座っていない玉座に、フィオーナ・レイ・カーラーンは静かに語りかけた。
「今日、カーラーンは魔族と和平を結びました。
「父上がご存命であれば、きっと許されなかったでしょうね。大臣達も皆反対したのですが、なんとか許してくれました……少し、ズルいことを私が言ってしまいましたけれど、ね。
「でも、どんな事をしてでも、私はこの奇跡のようなチャンスを逃したくはなかったのです。
「実は、私は父上に一つだけ、ずっと秘密にしてきた事があるのです。
「あれは、まだ私が十歳にもなっていなかった頃の事です。乗馬の練習中に、まだ未熟だった私は馬を御しきれず暴走させてしまいました。
「私の乗っていたのが駿馬だったこともあって、従者達を引き離し、馬は私を乗せたまま森の中に駆け込んでしまいました。
「木の枝であちこち傷だらけになりながらも、なんとかしがみついてはいたのですが、私はその時大袈裟でなくこのまま死んでしまうのではないかと、本気で恐怖していました。
「けれど、そんな私に救世主が現れたのです。
「その人は突然木の影から私の馬に飛び乗って、見事に暴走する馬を鎮めてくださったのです。
「私は、素直にほっとしました。
「助けてもらったからというのもあったでしょうが、『もう大丈夫だ』と、その方の掛けてくれた声があまりにも優しげだったので、私は全くその方を恐ろしいとは思いませんでした。
「その方は魔物だったのに、ですよ?
「父上に散々魔物の恐ろしさを聞かされていたのに……私は自分のすぐ後ろに座るそのリザードマンを、怖いとは少しも思えなかったのです。
「そのリザードマンは、自分を見たことは決して誰にも言わないで欲しいとだけ告げて去っていきました。
「まだ幼かった当時の私には、何故領内に魔物がいたのかわかりませんでしたが、彼はきっとスバイだったのでしょうね。あの森には練兵場がありましたから……。
「父上はあの時私がこの話をしていたら、どうされましたか?やはり私が恐れた通り、あのリザードマンを探し出して殺そうとされましたか?
「あのリザードマンは何故、自分の身が危険になることを承知で、人間の子供を助けたのでしょうね……。
「何故そんなリザードマンと人間は、争うのでしょう?
「豊かな土地を奪われたからーー
「仲間を、家族を殺されたからーー
「はるか昔の戦争の始まりの理由を、私達はもう忘れても良いのではないでしょうか?
「歴史に生きる過去の人間と魔物ではなく、今を生きるお互いを、私達は知るべきなのではないでしょうか?
「魔物の王、魔神王殿は、私を理解してくださいました。私に共感し、共に困難に挑むと誓ってくださいました。
「領土問題や、主義思想の違い……。問題は山積みですが、私は頑張ってみようと思います。
「頑張って、みたいんです。
「父上は、やはり応援してはくれませんか?
「……。
「これから私は、連合国のイルリムとリオウに魔物との和平をお願いに向かいます。
「どうか、見守っていてくださいね」
フィオーナは玉座に背を向け歩きだす。
まだ幼い小さな体ーーしかし、その瞳には王たる力強さが、確かに宿っていた。