表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

scene2

scene2


他人様の家に上がる時、大抵は生活様式の違いから新鮮さを覚えて、まるで別世界にいるかのような緊張を感じるものだ。まぁ、何回か足を運ぶような機会があれば次第と勝手が分かるようになって順応するのが普通なんだろうが、ここ、夕凪邸に限ってはいくら通いつめたところで慣れを覚えることはないのだろう。

人間の居住領域が電脳空間に拡張され始めている現在においてなお、首都圏における大地主の影響力は根強い。政財界から裏社会まであらゆる分野において幅を利かせている夕凪一族がその一例だ。


平安貴族の住居を現代まで保存した建築物、と言われても疑わないほどの荘厳な屋敷は、棟ごとにその管理者が異なっている。俺たちが向かうのは、雇い主である一族の末女、夕凪 響のところだ。


門をくぐってからしばらくの間 中庭や回廊を通り続けて、ようやく目的の場所に辿り着く。襲撃を仕掛けられ、その後ラグの応急の修繕を行ったことから、本来訪ねる予定であった時刻はとうに過ぎていた。開けたままになっている、客間へと通じる襖の前に正座し、奥で迎える主人に対して来訪を伝える。


「風丘、ただ今参りました」

「ん、斗月くんはいつも来る時間が掴めないね……。もてなす側のことも考えて行動して欲しいものだよ」


遅刻に対して怒っていることを隠す様子もなく、皮肉っ気たっぷりに迎えてくれた朱色の和装に身を包む童女に、やや困ったような笑顔を返す。……いや、外見こそ10歳前後の少女のものだが、これは上流階級が軒並み行なっている老化の抑制措置によるものであり、実際の年齢はその見た目より一回りは上である。現代の科学をもってしても時間経過による老いを止めることは不可能だが、定期的な施術によって少なくとも肉体面における成長や衰退が進行する速度を遅らせることは可能ということらしい。


「お待たせしてしまい大変申し訳ございません。ここに向かう道中に……」

「襲われたんでしょ?知っているよ。まぁラグちゃんのリミッターを解除したのはまだいいけれど、戦闘ヘリはなぁ」


痛いところを突かれ冷や汗がつたう。ただ、本気で諌めたい訳ではなさそうなのは、まるでお気に入りの玩具を見つけたかのような意地の悪い笑みからなんとなく察せられた。肩口ほどで切り揃えられた黒く輝く跳ねっ毛は、育ちの良いお嬢様というよりはいたずら好きのおてんば娘といった印象を相手に与える。


「それで、その件は……」

「揉み消しておいたよ?これで貸し何個目だっけ。いい加減感謝の気持ちって物を見せてこういう手間をかけさせないで欲しいなー」

「いつも後処理に手を回していただきありがとうございます。また、屋敷をお訪ねして一番最初にここに顔を出さなかった無礼を……」


仰々しく謝罪の弁を述べる俺に対して彼女は片手でそれを制して、


「いいよ、ラグちゃんの修理でしょ?治療活動を報告より前に行っても別に責めたりなんかしないよ。それより、さ。前々から言っているけどそんな堅苦しく接してくれる必要ないからね?私たちは姉弟みたいなものなんだしもう少し楽にしてくれた方がこっちも疲れないっていうかさ」


と、声をかけた。確かに俺と響姉は従姉弟の関係性にあり、小さい頃、諸事情からこの屋敷に身を置いていた時には、血筋の違う住み込み小僧として肩身の狭い思いをしていた俺に対して面倒見良く気をかけてもらったのを覚えている。……あの頃はてっきり同い年くらいなのかと思っていたため、6歳も歳が離れていると知った時の衝撃たるや忘れられるものじゃなかったが。


「昔は、斗月くんはもっと素直だったよね。いつの間にどんどん捻くれた子になっちゃってさー。なんて言うか……回りくどく?なったかな。思っていることとか伝えたいことがあるのなら、もっと正直になった方がいいよ」

「あはは……肝に命じておきます」


古くからの知人に性格面を諌められては反論のしようもない。手痛い指摘を笑って誤魔化すと、促された通りに若干態度を軟化させて、本題に入ることにした。


「それで、今回の依頼については……」

「ん。オッケーだよ。依頼達成はこっちで確認したし、足もついていなさそうだから万事問題なしかな。……不測の事態にもこのくらいきちんと対応してよー」

「いや、そんな無茶な。第一ああいう過激派を押さえつけるのは響姉に任せているんだから、今回の一件は俺だけの責任じゃないと思うんですけど」


恩義はあるものの、批判に少ししつこさを感じて言い返す。予想外の反応だったのか響姉は一瞬目を見開いたが、すぐに元の態度に戻った。


「それもそっか。依頼料についてはいつもの口座に全額。補修費用については必要経費のうちってことで補填してあげるから」

「ありがたく頂いておきます。……それで、次の依頼が来ていたりは?」


響姉が俺とラグに対して請け負ってくれている役割は、俺たちの便利屋稼業の仲介人及び仕事の後処理である。また、響姉が俺たちの身柄を庇護していると宣言することで、半端な集団が手を出してこないよう制御している。夕凪の血筋を敵に回すという選択肢は冷静な判断能力を持つものであればまず取らないものだ。


「たまには休んだ方がいいんじゃないの?最近、斗月くんもラグちゃんも余裕ないように見えるし。なんだったらしばらくの間家賃を肩代わりしてあげても……」

「いや、大丈夫です。その心配には及ばない。俺たちは"終わるわけにはいかない"ですから」


先刻のラグの台詞を引用して意思を告げると、響姉は、あんまり頑張りすぎても限界とかあると思うけど、と一言忠告をした後に、俺たちへの次の依頼についての情報を伝えてくれた。





邸宅の一室、普段は使われていない空き部屋を、俺たちは借り受けて物を置かせてもらったりラグの修繕を行う場所として活用させてもらっている。

先ほど響姉の元に顔を出す前に、ラグのメンテナンスを……応急的な処置であり当然完璧なものとは言えないものだが、この場所で行なっておいたのだ。


具合のほどを確認しようと静かに襖を開けると、そこには縁側に座ってぼーっと中庭を眺めているラグがいた。接合が不安定な部分に包帯を巻いて、念のために冷却用の氷袋を持っている様子はまさに満身創痍といった感じだ。痛々しさの拭えない姿に少し罪悪感が芽生えて、堪らず声をかけようとする。しかし、その前にラグは俺が入って来たことに気づいて振り向くと、満面の笑みを湛えながら


「遅い!」


と元気満点な、なんとも勝手な叱責をぶつけてくれた。いや、契約書類の確認とか、事務的な手続きが色々あったんだぞ?と反論をする暇も与えられず


「 それで?あたしたちを襲った奴らを仕向けたのはどこの誰か、っていうのは分かったわけ?」


と、矢継ぎ早にまくしたてられた。なんだ、全然本調子じゃねぇか。心配して損した気分だ。


「いや。そっちについては手がかりなしだ。襲撃部隊は俺たちが去った後に負傷した者も含めて素早く撤退したようで、響姉の出した掃除屋が到着した時には既に誰もいなかったらしい」

「えー!何それ、戦ったかい全くないじゃん。あたしたちを襲わせておいて正体も掴めないんじゃ、方々から舐められて更に襲われる羽目になるよ?」

「うるせえなぁ。お前がもう少し無双っぷりを見せて人質の1人でも捕まえてくれば色々と情報を引き出すことも出来たんじゃねぇの?人に責任を押し付けんな」

「あたしのせいじゃないですしー。ていうか、戦闘プログラムに関しては組んでいるのは斗月の方だと思うんですけどその辺についてはどうお思いになられているんでしょうかね?」

「はぁ?プログラムのアップデートが他のデータ領域に与える影響を計算しながら、積載するソフトウェアの量を調節することにこっちがどれだけ苦心していると思って……」


ほとんど言い終わった後に冷静になって気づいたが、俺たちの協力関係において、戦闘プログラムの構築はお互いの利益となるようにしている行為だ。だからその責任がどちらにあるわけでもないし、調節について俺が恩着せがましく言うのは不公平だろう。少し頭に血が上ってしまっていたな。自戒。自戒。

いきなり発言を止めた俺を怪訝に思っているラグに、わざとらしく咳払いをした後に質問を投げかける。


「第一、襲撃を仕掛けた奴がどこの誰か調べて、どうすんだよ」

「報復」

「随分とバイオレンスな表現だな……。お前な、そんなんだからよく分からない宗教団体にまで狙われることになるんだぞ」


落ちぶれた科学者崩れが教祖をやっている宗教団体曰く、ラグの存在が人類滅亡の引き金になるらしい。

人間に危害を与えてはならない、とは有名なSF作家が記したAIの行動原則の一つとして知られているが、ラグは、世界で唯一その思考能力に対し一切の制限をつけられていないAIをその身に搭載したアンドロイドとして知れ渡っている。当然、先ほどの戦闘のように人間に対して攻撃を行うこともできる。

だから、彼らが多分言いたいこととしては、自分たちの上位種となり得るアンドロイドが自由意志を持つことで、現在の人類との関係性を崩壊することとなり、いずれ人類は淘汰されることになる、ということなのだろう。俺から言わせてもらえればこの理論は飛躍に溢れている。確かに人類はコンピュータ全般との接し方を見直すことになるだろうが、AIが理性とそれに伴う感情を持っている以上、よほどのことがなければ人類をAIが蹂躙する、という事態は発生しないと俺は思っている。それに、響姉のように、科学技術の発展によって人類もまた急速に種としての進化を遂げているため、劣悪な思考AIを量産……みたいな愚かな行為をしなければ問題はないはずだ。


「いや……。だって、攻撃を停止させる一番手っ取り早い方法は、火元を1つ潰して示威行為をすることでしょ。手を出すメリットを感じなくなれば、すなわち攻撃をしようと考えることもなくなる」

「合理的なんだかそうじゃないんだか……。お前の思っている以上に人間の感情っていうのは根強いぞ。無闇な報復行為は必ず不要な禍根を生む。やるんだったら、最低限のことを確実に……ってこったな」

「よく分からないんだけど……」

「お前だって師匠の仇を討つためにわざわざ無理して戦っているんだろ?」


そう言って俺は自分の右腕を指差す。その言葉を受けてラグは包帯の巻かれた腕を見つめると、


「……別にあたしはお父さんの仇が取りたいわけじゃない。ただ、あたしに危害を加える敵を排除したい。それだけだから……」

「自分の行動理念にくらい、もっと正直になった方がいいと思うけどな」


と、そこまで言って、さっき俺自身も響姉に同じような事言われたっけな、と思い出す。結局のところ、俺とこいつは似た者同士なのだろう。自分の気持ちに嘘をついて誤魔化して、何をしたいのか結局分からなくなる。だからこそ、俺はこいつと行動を共にして、自分自身を見つめ直す機会を度々得ているわけだが。


「取り敢えず、闇雲に報復を仕掛けに行くのはダメだ。俺たちがまずやるべきなのは、本当に打倒するべき脅威の核心を突き止めることだ。そのためにも、しばらくは襲撃を迎え撃ってそこから情報を探るべきだろう」


俺の提案に納得がいったかどうかは定かではないが、ラグはしぶしぶといった感じで小さく頷いた。当面の活動方針について承諾を得られたところで話を本題に進める。


「さて、じゃあ仕事の話に移ろうか」


トラブルシューター。それが、俺と相棒が選んだ当面の稼業だ。

幼い外見のヒロインが序盤に固まっただけです(重要)。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ