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scene1



現在を生きるために未来を諦める。トモダチを大事にするために新しい繋がりを否定する。人生っていうのは結局のところそういう選択の連続なわけだから、その本質は "逃避"なんじゃないかって俺は考えている。誰だって、保証がついていない将来への投資よりも既に自分が掴んでいる分の幸福を守りたいと考えてしまうのは当たり前のことで、だから人間は常に自分の現状を維持し、今手にしているだけの世界を裏切らないように思考を巡らせている。つまりそれって、予測できない未来から逃げようともがき続けているってことじゃねーかな。

「…それがどうしたの?」

傍らで走る少女は俺の発言に興味がなさそうに返事をした。おそらく耳に入れてはいるが自分の中で反芻するだとかの工程には至っていないのだろうなということが伝わってくる。そしてそれを隠す気も毛頭ないらしい。まぁ、この事に関してラグ…たった今通路を塞いでいた灯油缶の山を豪快に蹴り崩した俺の相棒を責めるつもりはない。…いやいや待てよ、確かに狭い道を埋めるように物を積み上げるのは何かしらの条例に違反しているんだろうけど何も躊躇うことなく壊すことはないだろ。中身漏れているし。絶対元に戻すの大変…というか無理だろ。時既に遅しって感じがビンビンに伝わってくるぞ。

「いや、あたしがしなくてもどうせあいつらがやっただろうし…。それにこうしておけば足場が滑りやすくなるから時間稼ぎになるし合理的判断だと思うんだけど」

火とかつけないだけだいぶ良心的だよねーとか何とか言っているラグの翡翠色の目は微塵も笑っていない。こわ。…たった今俺たちは、いつものように依頼をこなして夕凪邸に報告しに行く道中に突如襲いかかってきた武装集団たちから逃げている真っ最中で、そんな時にいきなり人生がどうとか語って来る奴を適当にあしらうなっていう方が無理がある。だからと言って話を止めることはしないんだけど。

「だが、手の届かないところで常に変化し続けている世界の中で、自分の目につく範囲だけは変わらないように保つなんてことは不可能に近い。必ずどこかで綻びが生まれ、安全な道なんてものが与えられない行き止まりにぶつかることになるだろう。その時、人は初めて本当の意味で自分の生き方を選択することになる。自分の過去を見つめ直し真に価値あるものを見出して、その上でどんな現在を放棄して、どんな未来を獲得するかってことをさ」

「だから…何が言いたいわけ?」

ラグは言葉の真意を掴みあぐねて苛立っているようで、若干語気を強めた。外見的には13〜14歳くらいで俺より3年は年の少ない、それも女子であるわけだからいかに発言が怒気を含んでいたところで脅威など感じないのが正常であるはずだが、付き合いが長いゆえか若干抑えられたその声に妙な寒気を覚えるのは気のせいではないのだろう。手元のタブレット型PCの画面に目を落とすとそこには辺り一帯の地図が表示されており、自分たち、そして追っ手の現在位置を表示するポインターがいくつか明滅していた。右上端にはカウントダウンが表示されており、ちょうど残り3分を切ったところ。ここには衛星画像や行動解析によって算出された"現在"が映し出されている。そこから導き出される状況を判断・分析し最善の行動を予測することが俺に課せられた役割なわけなのだが。

「つまりな…この突き当たりを曲がったところが行き止まりだ」

ザッ、と立ち止まりラグは追っ手の向かって来る方向を振り返った。後ろで結ばれたやたらと長いポニーテールが大きく靡く。マカライトブルーの着色はあまりにも目立つからどうなんだろうと思わなくもないが、そこは師匠の趣味のようなので俺からは何も言うまい。

「そういう事はもっと端的に言おうよ⁉︎」

「いや、最後の曲がり角が見えていないうちから言う意味もないかなって」

「ないかな、じゃないんだよ!逃げ続けるっていうのも結構労力かかるんだから、待ち伏せとかそういう綿密なプランを立てているんだったら普通前もって伝えておくでしょ。こっちだって急に襲われてけっこう消耗しているんだから!」

迷路のように入り組んだ廃ビル街の中核に当たるこの場所はやや開けた場所になっており、人気も少ない。コンクリートが雑音を吸った静寂の中、ラグの抗議の声が辺り一帯に響き渡った。まぁもっともなご意見なわけだが、片手でそれを制して俺は問いを発する。

「さて、選択の時間だ。どうする?おそらく捕まったとしても命までは取られないと思うぞ?」

発言をスルーしたためか一瞬ジト目で睨まれたが、すぐに意識を切り替えて回答を考え始めてくれた。こういう割り切りの良い所は、人と正直ベースで話すのが苦手だったりいつも一言多かったりする俺にとっては助かっている点だ。ラグはしばらくの間無言で先程俺たちが辿ってきた道を見つめていた。微かに聞こえてくる複数の足音が追っ手の接近を伝えてくる。

「命、か…」

ため息とともに自嘲気味な呟きが漏れて聞こえてくる。慰めではなく、本当に抹殺が追っ手の目的ではないと思うのだが、本人が気にしているのはそういうことではないようだ。しばらく思案したあとラグは何かを決心したように俺に向き合い、

「…戦うよ。あたしにはまだやらなきゃいけないことがあるから。こんなところで終わるわけにはいかないんだ」

と告げて、手を差し出してきた。正直言ってラグが戦う決意を固めてくれなかった場合、俺1人ではどうやっても時間稼ぎすら出来ないためともに捕まるしか道がなかったわけで内心ホッとする。別に無理やり言うことを聞かせられなくもないが、本人の意思を無視した行動をとらせるのでは奴らに捕縛されるのと何も違いやしないだろう。そんなことをさせるために師匠はラグを俺に任せたわけではないだろうし、何よりも俺自身がそうしたくなかった。

「そっちは何分くらいで呼べそう?」

「2分もかからないだろうな」

上着の内ポケットから取り出した小型のケースを開けて、並んでいる3色のUSBメモリの中から赤を取り出して渡す。受け取ったラグが見つめる先では、一本道からぞろぞろと出てきた戦闘兵並の装備に身を包んだ集団が銃口をこちらに向けて横に並び始めていた。先制攻撃を仕掛けて来ずに無言でじりじりと間合いを詰めてきていることを見るに、やはり目的は抹殺ではなく身柄の拘束と見て良い。…少なくとも、ラグに関しては。

じゃあ後は任せたぞと言い残して俺は一人その場を離れ物陰に身をひそめる。ラグは目線で返事をすると、再び襲撃者たちの方へ意識を集中させた。刹那、風の音が空間を支配する。

「…あたしが世界に対してどういう可能性を持っているかなんてことは全くわからない。でも、だからこそ、あたしは戦う。あたしの未来を勝手に決めつけられたくなんかないから…」

自分に対して言い聞かせるような独り言を呟きながらジップアップパーカーの首筋を露出させると、覆い隠されていた人間には存在しないUSBメス型コネクタが露わになった。

「あたしが、あたしであり続けるために!」

そして、高らかな宣言とともに右手に掲げたUSBメモリを接続すると、俺の手元のPCにアクセスを承認するかどうか、とメッセージが表示される。本人の意思を先刻聞き、俺も問題を感じなかったため、ソフトのインストール開始を承認した。

突如、ラグの体が視認できるほどの電流を帯び始める。それと同時にタブレットの画面には大量のウィンドウが展開されていく。

《導入開始》

《視覚領域拡張》《駆動制限解除》《過電流装備》《痛覚領域遮断》

《出力制限解除》《自動修復機能起動》《高速解析機能起動》《バックアップ機能確保》

《改訂完了》

まるで仁王が如く眼を見開くラグを中心とした空間には裂けるような電撃が縦横無尽に走っており、他者の介入を許さない。そして、アップデートの報告とともに、電撃によって閉ざされていた視界が開けるとそこには電光に身を包んだラグが一人立っていた。襲撃者たちを見据えるその瞳は赤く変色しており、表情もやや虚ろなものと化している。

直後、視界が十分に確保できたことから攻撃が開始され雨あられのような銃撃がラグのもとに降り注いだ。しかし、右手を軽く振りかざしただけで無数の銃弾が虚空に縫い付けられるようにその動きを停止する。何発かの弾丸は身体に到達しているものの、ラグが流血を起こすこともなければ被弾に対して気にするようなそぶりも見せない。

動揺が広がり戦意を削がれた兵士たちの中に、ラグが地面を蹴り勢いをつけて飛びかかる。至近射撃に望みを託す者、撤退を決め込み逃げようとする者たちの元に駆け寄っては電光を帯びた拳や蹴りを食らわせていく。人間の領域を大きく超えた筋力によって放たれる一撃によって吹き飛ばされて無事のままでいるということはあり得まい。

しかし、やはり多勢に無勢、いかに一騎当千の力を保有していたとて数十人の装甲兵を一人で相手することは相応のダメージを伴う。ラグは痛覚という形では被害を享受していないが、身体への損傷という点においては確実に限界に近づいている。体のいたるところに銃撃による傷がついており、視認による分析、そしてPCに表示される損傷レベルからも考察するにあと持って1分。時間は十分に稼げたため、この場を離れる段階に移行したと判断した。

「ラグ!時間だ。撤退を開始するから一旦こっちに戻ってこい」

遠くの相棒に聞こえるように張り上げて声をかけると、狂ったように続けていた攻撃をピタリと止めて、こちらに視線を向けてきた。真紅の眼には生気が宿っておらず、容姿のグロテスクさと相まっておぞましい雰囲気を演出している。そして、自分に対する指令の内容を把握し、

「…うん」

と小さく頷き走り寄ってくる。しかし、やり取りによって発生した隙の間に後方ですぐさま体勢を持ち直した装甲兵がラグに対戦車銃の照準を定め、今にも銃口を引こうとしていた。その一撃を食らえば今までに受けたダメージの蓄積と重なって行動不能に陥ってしまう。

「もらったっ…!」

人の手に余る怪物を討ち取ったかのような高揚感から思わず叫んだ勝利の宣言。しかし、その栄光は突如として飛来してきた軍用ヘリコプターによる対地射撃によって実現されることはなかった。

「悪いな。元から撤退ルートは確保してあるんだ。…まぁ、拝借するまでに時間が必要だったわけだけど」

そう言ってPCを掲げると、ヘリコプターが高度を下げた。ホバリングが起こす強い突風に吹かれながら装甲兵たちとの距離を作り、そのまま絶え間無く続く銃撃をラグに防御に専念してもらって防ぎながら乗り込んでその場を後にした。


地上を離れてから数分後、ヘリコプターの中には襲撃者に対する警戒を解いた俺と、寄りかかる形で意識を失っているラグがいた。既に戦闘用プログラムの影響下からは外れているが、ハードに負荷をかけすぎた影響で許容限度を超えた発熱を起こしており、今は冷却が完了するまであらゆる活動を停止しているのだ。つまり、今のラグの状況は物言わぬ骸に近く、また、身体中の裂傷もその印象を際立たせている。

誰かを傷つけ、傷つけられたこいつを見る度に俺の中には自らに課されている責任の重圧と罪悪感が溜まっていく。だが、自分が選択する未来のために戦うことは間違っていない。少なくとも俺にはその決意を否定して妨害することなど出来ないんだ。だから、俺はこいつが抱える幾多の疵を共に分け合うと決めた。これは師匠の遺志を引き継ぐとかそういう類のものじゃなく、確かに俺の中に存在する行動指針だ…と、思う。

駆動性を確保するために軽量化を重ねたボディは、背負っても見た目以上に重さを感じない。ボロボロな小さな身体に意識を向けながら、俺はヘリから離脱するためのパラシュート器具を装着し、昼下がりの東京の空を見下ろした。

第2話はもう少し軽く読めるようにする。

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