恋
いよいよ、響也に絵を描いてもらう事になり、2人はファミレスを出て、響也の作業場へと向かう。彼は私の事を田舎出身者だと思っているのか、行くまでの間に東京の事を色々と教えてくれた。やはり、江戸や明治の頃とは違い、私が知っていた姿はもうどこにもない。
「つきました。ここです。」
何の変哲もないマンション。彼はマンションの1室を借りて、作業場兼自宅として使っているようだ。
中へ入ると、生活をしていると思われる部屋の扉は占められていたが、奥にある部屋は開いていた。そこは絵の具の臭いが充満し、床には使い切った絵の具やこぼれた水や絵の具の後が大量にあった。
「ごめんなさい。汚くて、、。少し片付けたんですけど、間に合わなくて。」
そうか。バイトをしながらと言っていたし、当然か。
「いえ、気にしてないですよ。それでどうすればいいですか?」
部屋の中をキョロキョロしながら、私は言った。
「じゃあ、この綺麗な椅子に座って下さい。えーと、何かビシッとした感じで。」
要するに姿勢は正せという事か。
「わかりました。じゃあお願いします。」
椅子はかなり綺麗にされていたが、ところどころ絵の具が付いていた。
私はその椅子に座り、私は姿勢を正した。彼が筆を取り、静かに描き始めた。描いてる姿は凛々しく、こんな顔もするのかと違った視点を楽しんだり、壁に貼り付けてあった彼が過去に描いた思われる絵を見ていた。その中にすみれさんの寝転んでいる絵もあり、1度モデルをやった事があるようだ。
他には人物が描かれていない風景画や、何だかよく分からない模様のようなものがひたすら描かれている絵もあった。
そして、描き始めてから恐らく2時間くらいで彼は筆を置いた。
「出来ました。」
さっきまで、凛々しい顔をしていたが、今度は清々しい顔をしていた。
「良かった。見てもいいですか?」
「もちろん。どうぞ。」
私は絵を見た瞬間、それに見入ってしまった。絵の中の自分は、まるで何も悩みがなく、人生というものを楽しんでいるようで、少し微笑んでいる。
「私、こんな顔してました?」
彼は不思議そうに、
「え?してましたよ?ずっと。」
知らなかった。この数時間、確かに私は楽しんでいた。でもまさか、自分がこんな風に人間のような美しい顔をするとは思わなかった。私はいつも死ねない絶望や、誰かを恨んでばかりいたが、それは寂しい事だとようやく理解した。500年がかりで気づいた幸せ。人魚が伝えたかった事はこういう事なのだろうか。
そんな事をあれこれ考えていると彼が横から顔を覗かせ
「あの、気に入らなかったですか?」
「いえ、物凄く気に入りました。この絵凄く好きです。」
絵を見つめながら、ぼそっと私は答えた。
すると彼が笑顔で私にこう言う。
「気に入ってもらえて良かった。僕もまさかこんな風な絵が出来るとは思ってなかったです。何というか蘭さんがこんな顔をするなんて、、」
驚いた。初めから観察力が鋭いとは思っていたが、この男は私の全てを知っていると言わんばかりに私の心情を当ててくる。
「あ、いえ、決して悪口とかではなくて、前に会った時は何か人生を諦めているような、何もかも嫌になっているような顔をしてたんで、、」
私は何故かそれを聞いた時、涙が出てきた。
「え?え、え?嘘!ごめんなさい。そんなつもりじゃ、、」
「いえ、怒ってないです。嬉しいです。すみれさん以外に理解してくれる人がいるなんて。私、ずっと苦しくて、、」
私がそう言いながら、俯いた時に彼が絵の具の付いてない方の手で私の頭をそっと撫でた。
その瞬間、私は彼に恋をした。




