諦め
真剣に私を描いてるその姿。
私はソファで寝転がって、その姿をぼーっと見つめている。胸が妙に高鳴り、少し顔が赤面している気がした。
普通、こういうものは時間がダラダラと過ぎるものなのだろう。でもなぜか私にとってはかけがえのない時間で、すぐに消えてなくなってしまうように感じられた。
そう、彼は今を生きている。私は生きているとは言えない。永遠に死ぬ事すら出来ない。彼を好きなってもしょうがない。時間とは無常に過ぎ去るもので、大切な人は次々と死んでいく。妖とは違い、限りある命なのだ。そんな考えがふつふつと湧き上がり、胸がざわついた。
500年ぶりに人間の温かみを感じ、男性に好意を抱いた。だけど、触れてはいけない。愛してはいけない。私は死ねない。見送る事しかできない。20代のまだまだ若い彼の未来を紡いではいけない。
それに幸い、彼にとっても、まだ私は友達程度の感覚だろう。期待せずに諦められるかもしれない。相談を聞いてくれたすみれさんには悪いが、彼とはこのような友達のような関係であろう。そんな事を考えていた時、彼が筆を止めて私に質問をしてきた。
「どうしたんですか?」
「え?」
「凄くいい顔をしていたのに、突然顔が暗くなって、全てを諦めたような顔になった。何か悩み事でもあるのかなと思って、、」
私は驚いた。なぜ会って数回の人間の心情をそこまで読み取れるのか。そして、それが全て的確なのが恐ろしい。
「いや、大した事じゃないですよ。人間誰しも悩み事の1つや2つはあるでしょう。でも、せっかく描いて頂いてるので、今は忘れます。続けて下さい。」
心の中はざわついていたが、私は冷静に返事をした。
「そうですか、、、何かあれば相談にのるんで、いつでも言ってくださいね。」
彼は少し不安そうにしていたが、自分を納得させたのかまた真剣な表情で絵を描き始めた。
私は笑顔を作り、ソファに寝転がる。
それからしばらくして、彼が筆を置き、笑顔で完成を知らせてくれた。
絵を見ると、複雑な表情をしている私。
この人には叶わないなと思った。
「今の蘭さんはこっちの方が美しいです。ありのままのほうがいいですよ。笑顔は作るものじゃなくて、自然としている方が描きやすいので、、、」
諦めの決意とは裏腹に私はまた彼に心を奪われるのだった。