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第1章 その3


「え? じゃない! キース、おまえ助けろ! いや、助けて! 苦しいから!」


 黒髪の少女は十歳くらい。フィオンのほうは二十歳にはなっていないが色の薄さもあって年齢不詳のような雰囲気である。

 抱きしめられている少女の頭はフィオンのお腹あたりに押しつけられていた。

 フィオンが強く抱きしめたまま離そうとしないので少女は困惑し、苦しげに叫んだ。

 途中、少しばかり乱暴な口調になったりしたが、たぶん気が動転したためだろう。

「ねえお願いだから離してよ。苦しいよ」

 少女の懇願に、フィオンはかぶりを振り、拒絶する。

「いやだ! おかあさま、おかあさま、もうどこにも行かないで! 約束して!」

 キースは目を疑った。

 いつものフィオンの様子とはまったく違う。

 必死になって黒髪の少女を抱きしめながら、泣いているのだった。

「おかあさま……」

 ぼたぼたとフィオンの頬に涙がこぼれ落ち、抱きしめている黒髪の少女の柔らかい頬をとめどなく濡らす。

 少女は焦ったようにもがいた。

「いや違うから! 違いますから! 人違いです! キースさん、助けてください。自分より年上の女の子に『おかあさま』って呼ばれるなんてあり得ないって!」


 しかし助けを求められたキースは、なぜか困惑しつつも、

「本当に、心当たりはないのか?」

 それでも首をひねり問いかけてくる。


 黒髪の少女はため息をつき、きっぱり言い放った。

「そんなの、考えなくてもわかるでしょ!」


 それを聞いたフィオンは、目を瞬く。

「……え。おかあさま、じゃ、ない、の?」

 まるで幼い子供のような声で、フィオンは問いかけた。


 抱きしめていた腕を少しだけゆるめると、首もとから、銀の細い鎖を引き出した。その鎖の先には、古びた銀色のロケットがついている。

 ふるえる指で、フィオンがそのロケットの蓋をあけると、中には、緻密な筆づかいで描かれた細密画ミニアチュールが納められていた。よく王侯貴族たちが画家に肖像画を依頼したりするものである。

 それは、ほんのりとバラ色の頬をした黒髪の少女の絵姿だった。優しそうな微笑みを浮かべている。

 あらためてその肖像画を見つめ、フィオンは涙ながらにとつとつと語る。

「おかあさま! おとうさまが言ったことなんて信じてなかったんです。おかあさまが亡くなったなんて。やっぱり、生きていらしたんですね。もう絶対に離しません!」

 少女は困惑を深める。

「いやいやいや。なに言ってんのかな? ……でしょうか?」

 ときどき言葉遣いが怪しくなっている。


「おれにも見せてくれないか」

 キースの頼みに、フィオンはうなずいた。

「はい、これだよ。ずっと持っていたんだ!」

 誇らしげにフィオンがかかげた、細密画の少女をのぞきこみ、ほう、と感嘆する。

「たしかに似てる。そっくりだ」

「でしょう! キースもわかってくれるんだね!」

「うんうん。そうかフィオン、やっとお母さんに会えたんだ、よかったな!」


 笑顔でうなずき合うキースとフィオンに、少女は慌てた。この青年ときたら、フィオンの言うことしか耳に入らないというのだろうか。

「ちょっと待って! フィオンさん? も、キースさんも、落ち着いてよく考えて」

 まだ抱きしめられたままの黒髪の少女は、けんめいに抗議した。

「その肖像画、フィオンさんはいつから持ってたの? 何年くらい、持ってたの」


「え。……ものごころついたころから。だから、15年くらいになるかな……」

 フィオンはだんだん、自信がなくなってきたように声のトーンを落とす。


「だったら」

 少女はフィオンを見上げる。

「そんなに時間がたってるってことは、そこに描かれている人は、今頃はもう少し、年をとっているんじゃないのかな」


「えっ!」

 黒髪の少女の鋭い指摘に、フィオンは、虚を突かれたようだった。

「でも、そんな……だって、おかあさまは! 生きてるってずっと信じてた! こんなに画のそのままなのに、おかあさまじゃないなんて!」

 フィオンは悲鳴をあげそうになった。

 それを押しとどめるようにキースが割って入った。


「待て。ちょっと待ってくれ。ふたりとも落ち着いて」


 このことでフィオンをあまり追い詰めないほうが良さそうだ。

 キースも、黒髪の少女も、同じことを感じた。


「それじゃ、とりあえず、みんなでお茶でも飲まない? フィオンさんが手を離してくれたら、美味しいハーブティーを入れるからね」


 黒髪の少女は、ふわりと笑った。

 奇しくも、その微笑は、細密画の肖像に描かれた少女の笑みと、それはよく似ていたのだった。

 涙をぬぐって、フィオンは静かに、うなずいた。



 なぜ、黒髪の少女はここに、フィエスタ村でただ一軒の雑貨屋を営むキース・マルスのところにいて、台所で一緒に菓子を作っているのか。


 話は、少しばかり前にさかのぼる。

 この界隈では、もっぱら「お祭り村」と呼ばれている、ここ、フィエスタ村に、少女が訪れたことから。

 または、それより更に2年前の夏、フィオン・リーリウムが、フィエスタ村を訪問したことから、物語は動き出していたのかもしれない。




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